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53.偽りの自分
タクシーの中、尚輝くんは見て分かるぐらい緊張していた。
マンションの前まで到着して、尚輝くんが料金を払おうとしてたから、俺はそれを止めて自分で払った。
そして自分の部屋へ尚輝くんを入れる。
口数の少ない尚輝くんに、俺まで緊張してしまった。
「何もないとこだけど、適当にくつろいでよ。あ、何か飲むー?コーヒー、紅茶……ビールもあるけど、尚輝くんは飲まないんだよな?」
「あっ紅茶くださいっ」
「了解。ちょっと待ってて~」
お湯を沸かして紅茶のティーバッグを用意する。
普段ルナがたまに来るぐらいだから客用のお洒落なティーカップなんてない。俺が使ってるマグカップを使った。
紅茶を淹れてリビングに持って行くと、尚輝くんはまだ入ってすぐの所に立っていた。
「あはは、座ってて良かったのに」
「緊張してて、すみません」
「そっか。じゃあ一緒に座ろ?」
「……はい」
かちこちに固まる尚輝くんの手を握ってソファへ案内する。先に尚輝くんを座らせた後、俺も隣に座った。
さて、本当の事を話そうか。
「あのさ、さっきの大我くんの話だけど」
「はい、何ですか?」
「さっきは知らないって言ったけど、本当は知ってるかもしれないんだ」
「……そうですか」
「その、実は俺が知ってる大我くんと違う人かもと思ったけど、俺は大我くんの事をタイガーって呼んでるんだ」
「大我くんの好きな人は伊吹さん。そう言う事ですか?」
「そう、かも」
「何となく、そうなんじゃないかと思いました。大我くんの話をしてから伊吹さんの様子がおかしかったので……」
シュンとする尚輝くん。
まさか勘付いていたなんて。
いや、尚輝くんは頭良さそうだし、勘付いててもおかしくはないか。
「俺は客には他の客の話はしないようにしてるんだ。高い金払ってくれてるし、そう言う話を嫌がる人もいるからさ」
「はい。伊吹さんの仕事への姿勢や配慮は正しいと思います」
「そう、でもねぇよ。現に尚輝くんに嘘をついた事になるじゃん。なんかさ、今までは当たり前のように嘘なんてつけたのに、尚輝くんに嘘をつくのは心が痛かったんだ。嘘ついてごめんな?」
「謝らないで下さい!伊吹さんが俺に嘘をつくという事は俺がまだそれまでの男だって事です。俺がその域に達していないだけですから」
「じゃあさ、今嘘ついてた事を打ち明けたのはどうして?家にまで連れて来て、他の客には絶対しないのに……俺はどうして尚輝くんには特別な事をしちゃうんだ?」
俺がそんな質問をすると、尚輝くんは照れてるのか、焦ってるのか、言うなればその中間の顔をしていた。
少しだけ頬を赤めて、視線を泳がせて、姿勢良くしていた体を少しだけ丸めていた。
「あの、俺の勝手な想像ですが、伊吹さんも俺の事を気にしてくれてるって事じゃないですか?違ったらすみません!」
「やっぱそうなんかなぁ?そうだよな~、じゃなきゃおかしいもん。俺」
俺は見た目には自信があるけど、性格は良い方じゃないのは自分でも分かっている。
そのせいで昔トラブった事があって、せっかく入った大学でも上手く行かず結局今のバイトをダラダラと続けている。
この仕事はガッツリ接客業なんだけど、常に良く思われようと意識して自分を作っているから、良い夏川伊吹を保つ事ができるんだ。
それなら他の仕事も出来るんじゃん?って思うだろ?それが違うんだよな~。
学生の頃は俺だってカフェでバイトをした事がある。顔が良いからって面接の段階で採用してもらえたんだけど、いざ働いてみたら仕事は接客だけじゃねぇの。
ドリンクや料理の提供から、開店、閉店後の作業など思っていたよりも力仕事が多く、体力の無い俺はすぐに根を上げて使い物にならないと周りの目がそう言っているのが分かった。
「夏川くんて顔は良いんだけどね~。今月グラス何個割った?こんなに物を壊す子は初めてだよ」
顔は良い。顔は……
俺だって分かってるんだよ。他には何の取り柄も無いって事ぐらい。
だから今のバイトは自分を偽ってニコニコして話を合わせるだけでいいから続けられているんだ。
それ以外は求められないから、顔以外何の取り柄もない俺でも「ありがとう」って言ってもらえる仕事なんだ……
そんな俺が、客に嘘をついて心が痛くなるなんておかしいんだ。
「おかしくなんかありません!伊吹さん、素直になりましょう!」
「尚輝くん……」
俺を真っ直ぐに見て励ますように言う尚輝くん。
さっきまでの緊張していた強張った顔じゃなくて、俺の良く知るキリッとした顔だった。
ああ、なんかホッとするな。
それと、心につっかえてた物が取れたような気分だ。
やっぱり尚輝くんに本当の事を話して正解だったのかも。
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