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54.客心を知る

 尚輝くんと話し込んでいたらスマホで設定したアラームが鳴って、二人でビクッとしてしまった。  そしてお互い顔を見合わせて笑い合う。  尚輝くんとのデート終了を告げるアラームを切って、俺は仕事完了メッセージを送って再び尚輝くんを見る。  すると尚輝くんは立ち上がって帰る支度を始めていた。  え、帰っちゃうの? 「伊吹さん、今日はいろいろありがとうございました。とても思い出深い一日になりました♪勿論伊吹さんの住んでる所はバラしたりしませんので安心して下さいね」 「あ、うん。こちらこそありがとう……」  尚輝くんってば大分清々しい顔してるけど、本当に帰る気なのか?  確かに予約してた時間は終わったけど、まだ大事な話してなくね? 「それじゃあ体に気を付けて♪また来週会えるのを楽しみにしてます」 「あのさ、この後予定あったりすんの?」 「いえ、特には。家で勉強でもします」 「そ、そっか~!勉強好きだもんな~!尚輝くんも頑張れよ」 「伊吹さんに応援してもらえるとより頑張れそうです♪」  ええー、せっかく好きな人の家に来てるのに、勉強の為に帰るのかよー。  こう言う時ってどっかの青い誰かさんみたいにもっといたいとか言ったりするんじゃねぇの?  俺は何だかやりきれない気持ちになったから、せめて少しでも一緒にと思ってマンションの下まで付いて行く事にした。 「あ、下まで送るよ」 「大丈夫ですよ。伊吹さんはこのまま部屋で休んで下さい♪」 「そうですか……」  断られた。  尚輝くんの性格なんだろうけど、たまに突き放す時あるよなぁ。本当に俺の事を好きなのか疑わしくなる。  ふと俺は客の言う事は9割は嘘と言う店長の言葉が頭を過ぎる。  尚輝くんは違うと思ってたけど、まさかそうなのかー!?  だとしたら俺のこの今までに無い気持ちはどうしたらいいんだ!?  モヤモヤしながらも玄関まで付いて行き、靴を履く尚輝くんを見ていた。 「伊吹さん?」 「はい?なんでしょう?」 「そんな顔しないで下さい。帰り辛くなります」 「そんな顔ってどんな顔!?それならまだ帰らなくてもいいんじゃない!?」 「えっ!」  まるで尚輝くんを引き止めるように少し大きな声で言ってしまった。  そんな俺に尚輝くんは驚いた顔をしていた。  だってさ、俺のモヤモヤの事もあるけど、まだ一緒にいたかったんだもん! 「あの、まだ一緒にいてもいいんですか?」 「うん。もう少し話そ?」 「ありがとうございます♪それじゃあ延長お願いします♪」  尚輝くんは笑顔でそう言った。  延長だと?どこまで真面目なんだよこの20歳は!そんなの考えてなかったよ!  てか時間ピッタリに帰ろうとしたり、キッチリ延長扱いにしようとしたり、俺より仕事してるっぽくね?  本当に俺の事好きなのかよ!?  あ、そうか、いつも客はこんな気持ちなのか。  楽しかったり、好きなキャストとはもっと一緒にいたい。それは分かっていたけど、まさかこんなにもどかしい気持ちだったのは知らなかった。  そして一度やり取りされるこの「延長」と言う言葉で現実に戻される。  やっぱりこの人は俺の事を客としてしか見ていない。仕事だから俺といるんだって突き付けられるような気持ち。  ベテランだと思い込んでいたけど、俺もまだ客の事知らなかったんだな。 「延長なんかしない!ここからの時間はオフの伊吹として尚輝くんといたいんだ!」 「えー!それは……えっと……」  俺だってやっと気付いて言えたのに、尚輝くんは喜んでくれるかと思ったら、困ったように目を丸くさせてオドオドしていた。  これ、俺が客だったらどうしても帰りたいのに押しに弱くて困ってると思って絶対に泣いてるぞ。

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