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第1話
駅から徒歩十分。
三階建てアパートの二階ワンルーム。
築年数は三十五年で家賃は六万円。
地元なら同じ値段でもっと広くて綺麗な部屋に住めただろう。
それでも東京に行くと決めたのだから、文句や愚痴を言うつもりはない。
「明、もうバイト決めちゃって本当に大丈夫?大学の授業もまだ始まったばかりなのに・・」
昴が部屋の中央に置かれたローテーブルの前に腰掛けて言った。
テーブルの上には明の好きなファストフードのフライドチキンのセットが置かれている。
うちに来る前に昴が買ってきてくれたものだ。
「大丈夫大丈夫!土日は基本シフトに入らなきゃだけど平日は融通きくみたいだから」
明はピースサインをしてみせる。
「でも・・もっと他にも色々見てから考えればよかったんじゃ・・」
「いいんだって!せっかく東京に住むんだしいっぱい遊びたいじゃん!そのためには早くお金稼がなきゃ仕送りだけじゃ足りないよ。それにカフェのバイトだよ。なんかオシャレじゃん」
「まぁ、うん。そうだけど・・」
昴は複雑そうな顔で頷く。
明がバイトの面接に行ったのは昨日、土曜日の午前中。
てっきり結果は後日かと思っていたが、その場で採用が決まった。東京も人手不足らしい。
「土日は一日中バイト入るわけじゃないし、平日もバイト終わりにちょっとでも会えたらいいじゃん!」
明は明るい笑顔で言う。
「俺のバイト先、昴の大学に近いから帰りに会いやすいだろ?昴は大学忙しくなりそうだしさ」
「うん・・それは嬉しいよ。ありがとう」
明の手に自身の手を重ねて昴はお礼を言った。
明が決めてきたバイト先は、昴の大学から近い大きなターミナル駅にあるカフェだ。
明の大学からだと四十分ほど電車に乗り、さらに一回乗り換えもしなくてはいけない。
それでもこのカフェにバイトを決めたのは、少しでも昴との時間を作るためだ。
そうやって、出来る限りのことをして新生活でも昴と仲良くやっていきたいと思っている。
明は昴とは別の大学に進学した。
昴と同じ大学に入るのは到底無理だったのもある。
ありがたいことに東京には数多くの選択肢があった。地元とは大違いだ。
その中で、施設や雰囲気に惹かれた大学の経済学部になんとか合格できた。
経済学部にしたのは、就職に有利そうだと思ったからだ。
昴は海洋学が学べる大学に進学した。
昴が海に興味があるなんて、明は高校三年生になるまで知らなかった。
そのことを本人に言うと、昴も「興味を持ち始めたのは最近だよ」と笑った。
「授業で地元の海を綺麗なまま残すにはどうすればいいのかっていう課題があったんだけど、そのために本を借りて読んだらすごく勉強になって楽しかったんだ」
そう語る昴の瞳は輝いていた。
普段あまりテンションの上がらない彼には珍しいことだ。
楽しそうにしているのを見るのは明も嬉しい。
そうして昴がこの春から通うのが、海に興味を持つきっかけとなった本の著者がいる大学だ。
さらに昴はその教授のゼミに入ることを希望している。
一年生でも面接と論文のテストで合格すれば入れるそうだ。
その代わり入ったならば研究や実習が多くなり、バイトなどをする暇がないという忙しいゼミらしい。
学生の本分は勉強なのだからそれは間違ってはいないのだが・・
「それじゃ改めて。明、お誕生日おめでとう」
昴は明の方に身体を向けると、微笑んで言った。
「へへ。ありがとう」
明は少し恥ずかしそうに鼻の横を擦る。
「本当は当日にちゃんとお祝いしたかったんだけど・・ごめんね。面談の日付ずらせないみたいで・・」
そう言って申し訳なさそうに肩を落とす昴の背中を明はポンと叩いた。
「早くお祝いしてもらった方がお得な感じで嬉しいって!気にしないでよ!」
「でも・・やっぱりちょっとでも誕生日の日、明に会いに来ようかな・・」
「ダメだって!次の日大切な日だろ!教授のゼミに入るために東京来たようなもんなんだから、これで落ちたら意味なくなっちゃうじゃん!面接と論文の準備頑張れよ!それで受かったらまた改めて一緒にお祝いしよう!」
「・・うん、そうだね。ありがとう」
昴は眉尻を下げて笑った。
本来の明の誕生日は四日後の今週の木曜日だ。
しかし昴にとって大切なゼミの面接が金曜日にある。さらにその日までに論文も仕上げていかなくてはいけない。
そのため、誕生日のお祝いを今日の日曜日にやることになった。
昴はどこか美味しいレストランでも、と提案してくれたがまだお互い仕送りで生活している身だ。
家で食べたい物を食べてゆっくり過ごしたいと明は言った。
そうして買ってきてくれたのがファストフードのフライドチキンだった。
「昴、大学始まって最初の一週間どんな感じだった?」
明がチキンにかぶりつきながら聞く。
大学の入学式が行われたのが一週間前。
先週はお互い初めての大学生活で心身ともに疲れたのもあり、やっとゆっくり会って話しが出来ている。
「うーん。まだよく分からないことも多いけど・・でも同じ学部の人は穏やかそうな人が多いしなんとかやれそうかな」
「そっか!よかった!」
昴ならば自然と周りに人が寄ってくるだろう。それに真面目で優秀だ。きっと大学生活もうまくやれるに違いない。
「明は大学どんな感じ?友達はできた?」
「うん!同じ学部で第二外国語が一緒な人がいてさ。教室迷ってたら案内してくれてそれで友達になった!すごい親切な人だよ」
「・・へぇ。それはよかったね」
どことなく低いキーの声色で昴が言った。
「でもまだちゃんと話せるのはその人くらいかなぁ。すれ違った時に挨拶する人が数人って感じ。やっぱりサークルとか入った方がいいのかなぁ」
「サークルまで入っちゃったら明忙しくなるんじゃない?無理に入らなくてもいいと思うけど」
「う〜ん・・まぁ、そうだよな。ちゃんと授業始まったら顔見知りも増えるだろうし」
「そうだよ」
ホッとしたような顔で昴が小さく頷く。
「あ、そうだ。明に渡したいものがあるんだ」
昴は話題を変えるようにそう言うと食べていた手を綺麗に拭き鞄の中を漁り始めた。
「え・・なになに?」
明もフライドチキンに付いてきたウェットティッシュで手を拭く。
それからジッと昴の手元を見ていると、小さな白い箱が鞄の中から現れた。
縦横十センチほどの正方形の箱だ。
「・・誕生日プレゼント。何しようか迷ったんだけど・・」
そう言って少し遠慮がちに昴はその箱を差し出した。
受け取ると明はマジマジとその箱を見つめる。
箱の中央にブランドのロゴが入っているが、オシャレなことに疎い明にはわからない。
「ありがとう、開けていい?」
そう聞くと昴は「うん」と小さな声で返事をした。
明は重なっている上の箱に手をかけてゆっくりと開ける。
白いスポンジの中央に置かれたシルバー色の小さな輪っかが目に入った。
指輪・・
一瞬そう思ったが、よく見るとそのリングに同じ色のチェーンが付けられている。
「・・ネックレス?」
明がボソリと呟くと、昴は恥ずかしそうに鼻の頭を掻いて言った。
「本当は、指輪として渡そうと思ったんだけど・・明がカフェのバイト受けるって言ったから急いでチェーン付けてもらったんだ」
「え・・」
「ほら、飲食系の店だと指輪とか付けちゃダメって聞くし。でも・・身につけてて欲しいから・・あっ、ネックレスもダメだったかな?」
昴は眉を顰めて首を傾げた。
「いや、多分ネックレスは大丈夫だと思う・・キッチンだとダメかもだけど俺は接客で採用してもらったから」
そう言いながら、明は指輪にそっと触れた。
それからゆっくりと持ち上げる。
チェーンが小さな音を立てて一緒についてきた。
シンプルな細身のリングだが、艶やかな光を放っている。
「・・あ、ありがとう。俺、こんなの貰うの初めてだ・・」
「初めてじゃなかったら、俺困っちゃうよ」
昴はクスッと笑う。それからもう一度自身の鞄の中に手を入れると何かを握りしめるようにして取り出した。
その手を開くと明が今持っているリングと同じものが現れた。
「一応・・ペアリングとして買ったからこれは俺の・・」
昴はそう言って頬を赤く染めると、少し気まずそうに目を逸らす。
「俺は、これ指につけようと思うんだけど・・」
「あっ・・いいじゃん!つけてよ!」
明は目を輝かせて言った。
「まって!俺がつける!貸して!」
昴の手のひらから指輪を取ると、明は昴の右手を引っ張り指先に触れた。
「えっと・・どこの指につければいいんだっけ?」
「恋人の場合は、右手の薬指なんだって」
「そうなんだ。じゃぁここか」
明は指輪を昴の右手の薬指に通す。
「あっ、サイズぴったり」
「俺はその場で自分で測ったから。多分明のも大丈夫だと思う。今だけ指につけてもいい?」
「え・・あ、うん」
明は恥ずかしそうに頷くと、チェーン付きの指輪を昴に渡した。
昴はチェーンを外すと、指輪をつまむように持つ。それから明の右手を優しく取ると薬指にそっと指輪を通した。
「ピッタリだ・・」
明は顔の前に右手を掲げ、指輪のはまった薬指をマジマジと見つめた。
「よかった」
昴はほっと小さく息を吐く。
「明の指のサイズ、自信はあったけどやっぱりちょっと不安だったから。安心した」
「すごいよ昴!本当にありがとう!」
「ううん。俺があげたかったものだから。もらってくれてありがとう」
昴はそう言うと、明の右手に自身の手を重ねた。
「・・これから、忙しくなるかもしれないけど・・俺は何があってもずっと明を想ってるから。だからこれからもずっと、よろしくお願いします」
「え、へへ。改めて言われたらなんか照れるな!こっちこそよろしくお願いします」
明が照れ笑いを浮かべると、昴も優しく微笑んだ。
それから緩んだ視線がぶつかり、自然な流れで唇を重ね合わせる。
その口付けは柔らかな触れ合いから徐々に激しさを増していく。
優しく丁寧に始まり、少しずつ感情が抑えられなくなっていくのがいつものパターンだ。
上京してきてから幾度かもうこの新しいベッドで昴とセックスをした。
家族を気にしなくていい一人暮らしの気楽さを実感している。
実家ではなかなかこうはいかない。
「あっ・・・ぅ、ふっ・・ぁっあ」
それでも、声を抑えてしまう癖はなかなか抜けない。
明は昴から与えられる快感を全身で感じながら小さな喘声を上げた。
後ろから攻められているので昴の顔は見えないが、熱い吐息が耳を掠める。その度にブルリと肩が震えた。
「・・めぃ・・いい?」
苦しそうな昴の声が聞こえ明は小さく頷く。
明の中に埋まっている彼の熱が限界を迎えようとしているのだ。
昴は明の反応を確認すると、少しだけ明の上体を起こすように腕を引っ張った。
それから自身の腰を強く打ち付けていく。
「・・ぅあっ!あっ・・ぁあ」
「はぁ・・・めい・・めい・・」
「ぅん、あっ・・あぁ、やぁ・・すば、る・・」
次第にその動きは激しくなっていき、身体が大きく揺さぶられる。
「あっ!あぁ・・!」
「・・っつ・・・」
何も考えらないくらいの快感が頭に広がった瞬間、お腹の中がドクンと痙攣したのを感じた。
熱を持ったそれが奥の方へ流れてくるのがわかる。
ーあ・・ゴムし忘れちゃった・・
ぼんやりとした頭で思い出した。
何事にも慎重な昴だが、セックスにおいては冷静さを欠いてしまいゴムを忘れてしまうことがよくある。
βだから妊娠の心配はないのだけれど・・
後の処理をしてくれる昴はいつも「ごめん・・」と申し訳なさそうな顔で謝ってくる。
自分だって興奮して忘れてしまうのだから昴だけが悪い訳じゃない。
次は謝らせないでいいように、こちらも気をつけなくては・・
そんなことを考えていると、ピリッと首筋に刺激が走った。
「あっ・・」
まだ敏感な身体が反応し、思わず声が出てしまった。
どうやら昴が明の首筋にキスをしたようだ。勢いで歯を立ててしまったのか、柔らかな唇の感触とは違う痛みを感じる。
相手がβでも性行為中に噛み付いてしまうのは、αの持って生まれた性質なのだろうか。
そんなことをぼんやりと考えながら、明は余韻にしたるように昴の腕を抱きしめた。
「じゃぁ、気をつけてね。戸締りちゃんとするんだよ」
玄関先で昴が心配そうな顔で言った。
二人で過ごす時間はあっという間だ。気がつけば終電ギリギリの時間になっていた。
昴の住むマンションはここから電車を乗り継いで一時間ほどかかる。
お互いに通う大学の近くで住む所を探した結果それくらい離れてしまった。
「大丈夫だって!昴も帰り道気をつけろよ!」
明がそう言うと昴は小さく頷いてこちらをじっと見つめてきた。
「次、会えるのは一週間後かな・・」
名残惜しそうな顔で昴が呟く。
「ゼミの面接が終わったら会いに行くよ!だから頑張れ!」
明は力強く昴の肩を叩いた。
「・・うん、ありがとう。頑張るね」
昴はそう言うと、明の頬にそっとキスをして玄関の外へと出て行った。
明は扉を開けたまま、帰って行く昴を見つめる。
あんなに名残惜しそうにされたら、こちらもなんだか寂しくなってしまう。
けれど別々に住むと決めたのは明自身だ。
だから寂しいだなんて自分からは絶対に言ってはいけない。
昴の姿が見えなくなったので玄関の扉を閉めると、まるで見計らったかのようにスマートフォンが揺れた。
画面に表示された名前を確認する。
それを見てすぐに「もしもし!」とスマートフォンに耳に当てた。
『お誕生日おめでとう、明』
少しキーの高い可憐な声が聞こえた。
「ありがとう!幸もお誕生日おめでとう!」
明は声を弾ませて言う。
『もうそろそろ昴が帰った頃かなと思って電話してみたんだけど』
「あはは、さすが幸!ちょうど今帰ったところだよ」
双子の兄にはなんでもお見通しのようだ。
遠く離れたとしてもそれは変わらない。
「幸は?基依一緒じゃないの?」
『いるよ。今日はうち泊まってくって。今お風呂入ってる』
「もうすっかり家族公認の中だなぁ」
『あの子、人の懐に入るの上手いからね』
幸はそう言ってはふっと笑った。
『昴も泊まっていけばいいのに。変なところ真面目なんだから』
「明日も一限から授業あるみたいだから。うちからだと昴の大学ちょっと遠いし」
『あーあ。だから一緒に住めば良かったんだよ。せっかく母さんから勧めてくれたのに断っちゃうなんて勿体ない』
「その話はもう済んだことだろ!」
明は唇を尖らせて言った。
東京に出ると決まった時、母から『昴君と一緒に住めば?』と提案された。
ちょうど昴がうちに遊びに来ていた時だ。
「明一人じゃ不安だよ。昴君ならしっかりしてるし、一緒に住んでくれたら安心なんだけどなぁ」
そう言って、明の隣の昴に目配せする。
母の昴への信頼は厚い。
そんな母も明と昴が恋人同士になったと知った時は複雑な顔をしていた。
理由はわかっている。
母は幸と昴が結ばれることを強く望んでいたからだ。
Ωの幸には昴のような信頼できるαと番になって欲しかったのだろう。
同じΩである母は、その大変さがよくわかっている。なるべく辛い思いをさせたくないと思うのは当たり前だ。
そんな思惑もあり母の中で葛藤はあっただろうが、どうやら今はもう現状に納得してくれているようだ。
「どう、昴君?昴君は明と一緒に住むの嫌?」
「え・・いや、俺は・・」
昴が答えようとするのを止めるように、明は「ちょっと待って!」と大きな声で言った。
「俺は自立のために一人暮らしがしたいと思ってんの。だから母さん勝手に決めないでほしい」
「え、そうなの?」
「そう!せっかく家を出るんだから、この機会にちゃんと独り立ちする練習がしたいんだよ。昴と暮らしたらきっと甘えちゃうから、だから俺は一人暮らしをする!」
それはずっと心に決めていたことだ。
この家はずっと、幸を中心に回っていた。
当たり前だ。幸は華奢でか弱くΩであるため社会的な不利も多い。守られるべき存在なのだ。
それはきっとこれからも変わらない。
だからなるべく自分のことで両親を煩わせたくない。
そのためにちゃんと自立できる人間にになりたいと思っていた。
大学進学で家を出ることになったのは良いきっかけだ。このチャンスを逃したくはない。
「明がそう決めてるならいいけど・・」
母は眉を顰めため息を吐いた。
「本当に大丈夫?料理も家事も何にも出来ないのに」
「大丈夫だって!やらなきゃいけない状況になったらちゃんとやるよ」
「でも・・」
「俺頑張るから!だから心配しないで!」
明は力強く言うとこの話題を切るように終わらせた。
引き伸ばしたらまた面倒くさいことになりそうだと思ったからだった。
『でもさぁ、昴は明と一緒に住みたかったと思うよ』
電話越しで、幸の神妙そうな声が聞こえた。
「え?」
『だって昴だよ?明が東京の大学を考えてるって言ったら迷うことなく自分も東京の大学にしたくらいの子だよ?明とずっと一緒にいたいと思ってるに決まってるじゃない』
「・・それは。昴もちょうど東京にいきたい大学があったからで・・」
『でも、明が地元に残ってたら昴も地元の大学にしてたでしょ。昴は自分のことより明を優先する子だもん』
「・・・」
幸にそう言われ、明は思わず黙り込む。
そんなことはわかっている。
昴が自分をどれだけ大切に思ってくれているかなんて・・
だから・・俺は・・
『・・まぁ、でも一人暮らしを経験するのはいいことかもね。同棲したくなったらその時にまた考えればいいんだし』
明が黙ってしまったので、幸はそれ以上追求するのはやめたようだ。
「うん、そうだね。あ、それより幸はどう?大学楽しい?」
明も切り替えるように別の話題を振る。
『まだ始まったばかりで分からないよ。基依君はさっそくお友達たくさん作ったみたいだけど』
「同じ大学なんだから、幸も一緒に仲良くなればいいじゃん」
『冗談言わないでよ。基依君の学部はなんか軽そうな人多くて俺は無理』
「ふーん。でも幸なら大丈夫だって!俺が保証する!」
幸と明は双子だが二卵性のためあまり似ていない。幸は母譲りの綺麗な顔立ちで昔から人気者だった。
彼自身は人見知りで一見とっつきにくい雰囲気を出しているのだが、それでも人を惹きつける魅力があるのだ。大学でもすぐに彼に好意を寄せる人物は現れるだろう。
恋人である基依が幸と同じ大学に進学したのは、それを心配してのことだと明は思っている。
『まぁ、何かあったら言ってよね。いつでも相談にのるから』
兄らしい幸の言葉に明は口元を緩めて笑った。
「うん!ホームシックになったら電話するよ!」
『なに?なりそうなの?』
「今のところは大丈夫だけどね。でも幸の声聞いたらちょっとだけなりそう」
『ふふ。その時は帰っておいで』
華奢で儚い雰囲気の幸だが、案外その内面はしっかりしている。特に明に対しては兄であろうとしてくれる態度が頼もしくも感じた。
電話を切ると、明はシングルベッドにごろんと転がり改めて指に光るリングを見つめた。
昴と恋人になって二年が過ぎた。
初めの頃は『恋人』という存在に慣れず不自然な態度をとることもあったが、今では自然体で昴と過ごせていると思う。
彼の隣は居心地がいい。
それはいつも彼からの柔らかい愛情を感じられるからだ。
優しくて温かくて安心できる。
そんな想いを自分も返せるように。
それが今の明の目標だ。
その第一歩としてこの東京にやってきた。
大学も家も別々ではあるけれど、きっとこのペアリングが二人の心を繋いでいてくれる。
だからきっと、これからの新しい生活も大丈夫だ。
明はお守りのようなそのペアリングにそっと口付けをして目を閉じた。
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