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第16話
一呼吸置いて、もう一度スマートフォンを取り上げた。
それから流れる動きで昴の連絡先を表示する。
今度こそ・・
そう思って指に力を込めた。
幸と基依に会ったのは三日前。
二人は昨日地元へ戻っていったようだ。最後に新幹線のホームで撮った写真が送られてきた。
どこに遊びに行ったのかは聞いていない。昴に会ったのかどうなのかも・・
これは良い機会だと思った。
幸達と会ったと言う話をするのを口実に、昴に連絡を取ろうと思ったのだ。
それと会う約束もできたら嬉しい。
そう心に決めて一時間ほど前からスマートフォンと睨めっこしているがなかなか決心がつかない。
気がついたら時刻はもう二十一時を過ぎている。
これ以上遅くなったら昴が寝てしまうかもしれない。
いい加減覚悟を決めるのだ。
そう思い、発信のボタンを押そうとした時だった。
スマートフォンが振動し始めた。
「えっ?!わっ」
突然のことに混乱し慌ててスマートフォンを落としそうになる。
なんとかバランスを取り戻して画面を見ると、今まさにかけようとしていた相手の名前が表示されていた。
「もっ!もしもしぃ」
明は切れてしまってはいけないと勢いよく電話に出る。
『・・わっ、ビックリした』
虚をつかれたような昴の声が聞こえた。
「あ・・ごめん。急いで電話でなきゃと思って」
『・・ううん。大丈夫』
懐かしい、優しく穏やかな昴の声だ。
そう思ったらなんだか喉の奥が苦しくなってきた。
声がつっかえそうになるのを我慢して、明はいつも通りのトーンで言った。
「俺も、昴に電話しようと思ってたところだったんだ。だから驚いたよ」
『そうだったんだ・・じゃぁちょうどよかったね』
「うん・・!」
『・・・』
「・・・」
しばしの無言の時間が流れる。
どちらが先に話し始めるか、お互い様子を伺っているのだろう。
「・・あ、あの・・」
明は意を決して自分から声をかけてみる。
「幸と基依がさ、昨日まで来てたんだよ。知ってた?」
『・・あぁ、うん。ちょっとだけ会ったよ』
「あっ、昴も会ったんだ。俺も会ったよ、少しだけだけど」
『そっか・・』
「・・・」
どんな話をした?何か言われた?
それを聞きたかったが、聞いたところで上手い返事は出来ないだろう。
再び気まずい沈黙が流れる。
しかし今度は昴の方からその沈黙が破られた。
『明が・・電話しようとしてくれたのは、それを伝えるため?』
「え・・あ、いや・・えっと、それもあるけど」
『けど・・?』
「あ・・夏休み終わったらさ、ご飯でも食べに行かないって誘おうと思って」
『・・・』
「ほら!昴夏休み中はゼミが忙しいって言ってじゃん。レポートやって、それから合宿もあるんだろ?だから、夏休み終わってからの方が落ち着いて会えるかなぁって・・」
『・・・』
「・・昴?」
電話の向こうから声が聞こえず、明はスマートフォンの画面を確認する。
決して電話が切れたわけではない。
昴が黙り込んでいるのだ。
その沈黙が不安になり、明はわざと明るい声で言った。
「あっ!でも夏休み終わっても忙しいのは変わらないか!ごめんな、俺分かってなくて!じゃぁさ、昴が大丈夫そうになったらー」
『ごめん、明』
明が言い終わらないうちに、昴の謝罪の言葉が聞こえた。
「え・・」
『・・・悪いけど、もう明とは・・会わない』
「・・・ぇ」
今、昴はなんて言った?
あわない。会わない?そう、言ったのか?
「な、なんで・・?」
明は唇を震わせながら聞いた。
『・・彩葉さんと、付き合うことになったから』
「・・・」
ズキンと心臓が突かれたように痛んだ。
そうなるだろうと思ってはいたことだが、覚悟していたとしてもショックなことには変わりない。
その痛みで、今もまだ昴への気持ちが残っているという事実に気付かされる。
だからと言って、もう戻ることはできないのに・・
明が何も言わないでいると、昴はそのまま話を続けた。
『・・新しい恋人がいるのに、昔の恋人と会うのは相手に失礼だから・・だから、もう明とは会わない。ごめんね』
「・・ちょ、ちょっと、待って・・」
心臓の鼓動が速い。ジワジワと嫌な汗が手に滲み出てきた。
「あ、あの・・お、俺達はさ、ほら。友達だから!元々の、友達に戻ったんだから・・それなら会ったって、いいんじゃないの?」
焦る気持ちを抑え、なるべく冷静を装いながら言った。
縋るように言っては、それこそ未練たらしい元恋人のようになってしまう気がしたからだ。
『・・・明。俺は・・』
そう言って昴が一呼吸置く。
小さく息を吐く音が聞こえた。
『俺は、明のこと友達だなんて思ったことないから・・』
「・・え」
『今までに、一回でも明のことただの友達だなんて思ったことなかった。だから・・戻りようがないんだよ、友達に・・』
「で、でも!付き合う前は友達だったじゃん!ああいう感じに戻ればいいんじゃ—」
『無理だよ。絶対に、無理だ』
「・・・」
穏やかながらも、強い意志の込められた響きに明は思わず絶句した。
『・・恋人として明と過ごした思い出があるのに・・それでその前のように戻るのはもう、無理だよ。ごめん、明』
「・・じゃ、じゃぁ・・もう、一緒に・・遊んだりご飯食べたりは・・無理ってこと?」
喉の奥が痛い。
上手く呼吸が出来ないまま、なんとか声を絞り出す。
『・・・』
「す、昴・・?」
『・・・明の・・望む関係になれなくて、ごめん』
「・・っ・・」
その言葉を聞いてグッと言葉を飲み込んだ。
嫌だ—
そう叫びそうになってしまったからだ。
ダメだ・・それはやってはいけない。
自分から手を離したのだから・・
甘く考えていた。
いや、違う。昴に甘えようしていた。
よく考えればわかることだったじゃないか。
友達に戻れば新しい恋人が出来ても会えるだなんて、そんな都合のいい話。
そんな不誠実なこと、昴がするはずない。
それなのに、それに付き合わせようとしてしまった。
昴ならそうしてくれると・・内心甘えていた。
こんな・・浅はかで馬鹿な自分。
恥ずかしくて仕方がない・・
「・・ご、ごめん。謝るのは俺の方!」
明は今にも泣きそうな気持ちを抑え、できる限り明るい声で言った。
「俺、すごい自分勝手なこと言ってた!彩葉さんのこともちゃんと考えてなかった。本当、ごめん!」
『・・・』
「あ、あの・・ちゃんと、言ってくれてありがとう、昴」
『・・え』
「はっきり言ってもらえて、ちゃんとわかった。昴の気持ちも自分のダメなところも」
『・・・っ』
電話の向こうで、昴が息を呑むのがわかった。
「色々・・ありがとう。あの・・俺・・」
これが最後になる。
ちゃんと、伝えなくては。
けれど・・もう新しい恋人がいる相手に変なことは言ってはいけない・・
「俺、昴のこと応援してる!昴なら絶対夢叶えられるよ!だから、ゼミも勉強も頑張って!」
『・・明』
「あ、あと・・えっと、それから・・・本当に、ありがとう。たくさん・・色々なものくれて・・」
『・・・』
そう、たくさんのモノをもらった。
それは・・優しさとか愛情とか思い出とか・・そういう、自分一人では絶対に得られないモノ・・
きっと昴じゃなきゃもらえなかったモノ。
だから・・・昴と恋人になれてよかった。
「じゃぁ・・昴も体に気をつけて!ご飯ちゃんと食べろよ!」
明はそう言うと電話から耳を離す。
これ以上は、涙腺がもちそうにない。
喉が鳴る前に電話の終了ボタンを押した。
暗くなったスマートフォンの画面の上に、一粒涙が落ちた。
我慢していたものが溢れてしまったようだ。
一度溢れてしまったら、それは止まることなく次から次へとポタポタと落ちてきた。
頬が濡れる感覚と共に、喉の奥が苦しくなる。
明は瞳をきつく閉じると、流れ落ちていく涙と共に静かに肩を揺らして泣いた。
昴との繋がりが、切れてしまった。
大切な幼馴染を、友人を、そして愛してくれた恋人を・・失ってしまったのだ。
寂しい。心細い。
けれど・・それを必死に繋ぎ止めようとするだけの、強さや自信が自分にはなかった。
だから仕方がないのだ。
いつかは一人になる運命だった。
その時が、きただけのことだ。
明はスマートフォンを手に持ったまま、ベッドにコロンと転がった。
そのまま突っ伏すように枕に顔を埋めると、小さな嗚咽を残したまま目を瞑る。
今はまだ苦しいけれど、自分もいつか新しい道を歩めるように・・
今日だけは、愛されたあの日々を思い出して眠りにつきたい。
愛おしそうに名前を呼んでくれる、あの穏やかな笑顔を夢に見ながら・・
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