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第2話
そして十六歳になったジュセルは、初級請負人 の資格を得るため、大族都イェライシェンのアラマサ地区にある請負人協会 にやってきていた。受験者は三十人ほどいるようだ。十代くらいに見えるヒトが一番多かったが、もう少し上に見える者も十人ほどはいるようだった。
試験の内容は、簡単な地理、薬草と毒草の見分け方や毒の作用内容、また計算問題や読み書きの問題などもあった。
サッカン十二部族国では、義務教育の仕組みはまだない。一応、共通学校という仕組みはあり、八歳から十三歳までなら無償で教えてもらえるが、子どもに学問をつけたいと思える余裕のある親 はそこまで多くはない。また子どもを通わせることが義務ではないため、きちんと卒業するものは少なかった。
ジュセルは計算なら前世の知識もあって得意だった。九九を覚えているだけで随分違うもんだな、と実感したことも何度かある。
ただ、日本語の知識ががある分、数量などの単位や文字の習得には時間がかかった。もともと覚えている知識が邪魔になるのだ。
それでも、ジュセルの家は子どもを共通学校に通わせてくれたので、その辺りはきちんと学ぶことができた。
二時間ほどで、筆記と面接の試験が終わった。面接は世間話のようなことしかしなかったので、あれでよかったのかは甚だ不明ではあるが終わってしまったのだからどうしようもない。三時間もすれば、協会に結果が掲示されるというので、ジュセルは一度うちに帰った。
家に帰ると、親 であるアミリが心配そうな顔で待ち構えていた。
「お帰り、どう?試験できた?」
「う〜ん、どうだろう、できたと思うけど‥。薬草や原料の知識も基本的なところだったし」
そう言いながらジュセルは水を汲んでごくりと飲んだ。街中の家なので水道が完備されているところはありがたい、と思ったことがある。水道が壊れたときのために、街の一角には井戸があったが、ジュセル自身が使ったことはほとんどなかった。
アミリは目に見えてほっとした様子を見せた。
「ジュセルは色々頑張っていたから、合格すると嬉しいよ。‥でも、ここから出ていく考えは変わらないのかい?あんまり気を使わなくていいんだよ?お前ひとりくらいいたって何も変わらないんだし」
縫い物を一度下に置いて、アミリはそう言った。
「うん、ありがとう。でも、俺も十六歳だし、独り立ちしてやってみたいんだ。初級に受かれば、協会が安く住まいを斡旋してくれるって聞いてるし心配ないよ。合格してたらその辺も聞いてから帰ってくるから遅くなるかも。‥‥早く帰ってきたら慰めてくれよな」
明るくそう言うジュセルを見ても、アミリは不安そうな様子を崩さなかった。亡くなった親 は、一度倒れてあっという間に身体の様子が悪化し死んでしまったので、アミリは家族から目を離したくないのだろう。その気持ちは嬉しかったが、まだ十歳にしかならない一つ実 を抱えているアミリの負担は、どうしても軽くしてやりたかった。
「受かってたら頑張って働いて、家にもお金を入れるから!ちょっと時間はかかるかもしれないけど‥」
「そんなことは考えなくたっていいよ。私はみんなが健康でいてさえくれればいいんだからさ」
アミリはそう言ってジュセルに優しく微笑みかけると、膝に置いていた縫い物を取り上げた。アミリはシンリキシャだが、シンリキはほぼなく、縫い物をして生計を立てている。個人的に頼まれるものや店や隊商会に頼まれて縫う場合もあった。シンリキシャらしく、美しい金髪と金目の持ち主であるアミリは、子どもであるジュセルから見てもまだ二十代ほどにしか見えない。アミリを伴侶にと望むものは多かったが、伴侶を亡くして二年経っても、まだアミリの心の中には死んでしまったサンジュが住んでいるようだった。
根を詰めて縫い物をしているアミリのために、ジュセルはお茶を淹れた。テーブルに置いてやり、肩をさする。アミリはありがとうと言ってお茶を飲んだ。アミリの肩は連日の縫い物仕事で固く凝っている。ゆっくりと揉んでほぐしてやれば、アミリは嬉しそうにまた礼を言った。
少しアミリの仕事を手伝っていればすぐに時間は過ぎた。合否を確かめるべく、ジュセルは協会へ向かう。ジュセルの家から協会までは乗り合い機工車なら二十分もかからないのだが、ジュセルは歩くことを選んだ。乗り合い機工車賃は、ジュセルにとって安くはない。
そう、この世界に生まれて思ったことの一つに
「移動手段、庶民は基本足!」
ということも含まれる。機工車と呼ばれる自動車のようなものは、個人で所有しているものは少なく、都内を走っている乗り合い機工車も、少し生活の余裕のあるものしか使わない。ジュセルは特別貧しいわけではなかったが、そこにお金をかけるなら別のところに使いたい、というくらいの家だった。
(江戸時代の庶民なんて、平気で歩いて移動してたって言ってたしなあ‥さすがに俺も慣れたな‥)
協会への道をたどりながら、片道一時間から一時間半くらいまでなら平気で歩けるようになった自分を考えて、何のかんの環境に適応してるな、とは思う。
協会までは四十分ほどの道のりだ。そこまで遠いと感じるほどではない。
もし合格して家を借りられるなら、協会があるアラマサ地区辺りがいいな、とぼんやり考えていた。程よくそこそこの金持ちも庶民も入り混じっている地区なのだ。請負人 の仕事もその辺りなら多そうだとアタリをつけていた。
ようやく見えてきた協会は、石造りで三階建ての大きな建物である。サッカン十二部族国では、建材に向いている石材が豊富なので、石造りの建物は多い。
中に入り、一階にある広いロビーの掲示板を見に行く。すでに二十人ほどのヒトがその前に群がって悲喜こもごも色々な声を上げていた。
人波をかき分けつつ掲示板の前に行ってみる。
「あった‥」
三十人ほど受験者がいたと思うが、今回の合格者は六人しかいなかったようだ。あげられた中に自分の名前を確認すると、ようやくジュセルはほっと息をついた。なんだかんだ言って、やはり緊張していたようだ。
掲示板から離れ、カウンターに初級合格の証石をもらいに行こうとしたとき、少し離れたところでゴトッ!と重い物が落ちた音がした。
何が落ちたんだろう?と思って何の気なしにそちらを見やったジュセルの目に、大柄なマリキシャの姿が目に入った。足元には大型の野獣の角が落ちていた。音の発生源はあれだろうか。なかなか見たことのないサイズ感の角である。
そして、
(ラグビーでもやってそう‥)
そうジュセルが思ったほど、そのマリキシャはがっしりとしていて「男らしい」身体つきだった。黒髪に黒い目はマリキシャのあかしだが、その髪は少し波打っていて後ろで軽く束ねられている。
広い額には少しこぼれた髪がかかっているが、切れ長の目元は涼しく、鼻もすっと通っていて高い。やや厚めの唇は色気をも感じさせるものだ。
無論スタイルもよくて、ジュセルは心の中で(うわ~モテそ~)とこっそり呟いた。あんなにつやつやして美しい黒髪はあまり見たことがない。おそらく高能力者 なのだろうな、と思いながらも目を逸らしてカウンターに向かった。
ところが、そのマリキシャは長い脚で大股にこちらに歩み寄ってくると、ジュセルの身体をいきなりぎゅうっと抱きしめた。
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