2 / 13

第1話

おぼろげな違和感を持ったのは、多分五歳くらいの頃だった、とジュセルは思い返す。 まず、鏡でサックスブルーの自分の目と髪を見たときに言葉に尽くせない違和感を覚えた。 なんだよこの髪色、アニメかよ‥と。 そしてすぐ後に、アニメってなんだ?と自分に問い返した。 そこから湧き上がってきた色々な記憶や知識が自分の中に根付いていって、七歳になろうかという頃にようやく、ジュセルは事態をのみ込み始めた。 俺、異世界転生しちゃってない‥?と。 なぜか元から根付いている自分の中にある価値観や常識と、自分が生きているこの世界のそれとが全く嚙み合わないのだ。はっきりしだした記憶からも、おそらく転生で間違いないんだろう、と考えた。 どれだけ日本と違うかというと、まず、この世界の人は男女の別がない雌雄同体である。なおかつここのヒト達は排泄をしない。排泄という概念がヒトに限ってはないのだ。 七歳を過ぎて、恐る恐る自分の股間を確認した時の大きな衝撃は今でも覚えている。 (わ、れ目が有る‥けど、‥中にちんこっぽいのも、有る‥‥‥孔、も有る‥) 雌雄同体、という概念を自分の目と手で確認したその日の夜、ジュセルは高熱を出して(シンシャ)たちを随分と心配させた。 しかも、子どもは性交(セックス)したからと言って勝手にできない。子果と呼ばれる実を子果清殿というところにもらいに行って、伴侶みんながそれを食べないと生まれないのだ。きちんと認められた伴侶でないと子果はもらえないし、もらうときには結構な金額の子果納め金というものを払わないとならない。めでたく子が胎に実れば、納めた金額の九割が返ってくる仕組みだ。 これは、子どもを育てるだけの収入がありますよ、という証明と子果清殿の運営のために取られているものらしい。 ジュセルは『前世』ではおそらく三十五歳くらいで死んだようだった。大学を卒業してから中小企業の営業をしており、結婚はしておらず独り身ではあった。 ある日、割れるような頭痛に襲われたのを最後に、ふっつり記憶は途切れている。 (脳卒中、とか脳出血とかで死んだんかな‥) とジュセルは推測していた。 そして、この世界の常識と自分の中の価値観との大きな違いに苦しむ日々が始まったのだ。 この世界のヒトには、シンリキ、レイリキ、マリキ、キリキ、ヨーリキという五つの力が備わっている。それぞれ特徴があるが、実際にその力を使って仕事をするのは全体の二割から三割くらいで、ほとんどのヒトは関係ない仕事につく。ジュセルのサックスブルーの目と髪は、キリキシャであることを示していた。 キリキシャで高能力者(コウリキシャ)であれば、天候を左右させたりヨーリキシャと組んでセキセイと呼ばれる機工躯体を動かす者になったりするらしいが、ジュセルはうっすら「雨が降る、かも‥?」と感じるくらいでほとんどキリキはなかった。 ジュセルにとっては、金髪、白髪、黒髪、青髪、赤髪と、カラフルな髪のヒトがいるんだな‥と慣れるまでの違和感がすごいだけだった。たまに、緑や茶色など別の色のヒトを見ることがあり、不審に思っていたら、「ああ、多分それはムリキシャだね」と言われたことがある。 子果清殿で子果樹を世話するヒトだということらしかったが、だんだんジュセルは考えるのが面倒くさくなってきた。とにかくこの世界にはいろんな髪色がいる!とジュセルは心の中で雑にまとめてしまった。 また、この世界の「ヒト」の寿命はおよそ百八十から二百年くらいで、なおかついわゆる「老人」の見た目になるのは本当に死ぬ間際十年くらいなので、街中で「老人」を見かけることが少なかった。見た目で年齢がわからない、ということも意外にジュセルにストレスを与えた。 男女の区別がない、ということはそれに由来する言葉もない、ということである。(シンシャ)に「お母さん」と呼び掛けて不審な顔をされたり、「男らしくないだろ」などと言ってしまって友人から訝しげに見られたりしたこともあった。 雌雄同体のため、いわゆる見た目の「男らしさ」「女らしさ」は性格に反映されない。十三歳くらいの時、淡い恋心を抱いたかわいらしい華奢な女の子のようなシンリキシャに、気持ちを打ち明けたところ、「俺、突っ込む方がいいんだけどそれでもいいか?」と言われて撃沈したことがある。 ちょうど、ジュセルはそのころ、少しだけ胸がふっくらし始めてそれに忌避感を覚えだした頃だったので、二重の意味で落ち込んだ時期だった。 もうすぐ十六歳になるのだが、あの時少し膨らんだ胸はそのままだ。もっと全体的に筋肉がついていれば「筋肉!」と言い張れたかもしれないが、ジュセルの身体つきはよくて中肉中背。多分身長は170㎝を少し過ぎたくらいしかない。サックスブルーの目と髪に、どちらかと言えば童顔の顔、そして少し膨らんでいる胸。ジュセルはこの胸が本当に嫌で、筋肉に変えようと色々頑張ってみたが今のところ成果は表れていない。 そう、ジュセルはもうすぐ十六歳になる。国や大陸によっても違うようだが、おおむねこの世界での成人は十六歳だ。二年前に(シンシャ)の一人が亡くなり、下子(きょうだい)にまだ幼い一つ実(ふたご)を抱える一人(シンシャ)に、これ以上世話をかけるつもりはない。 とはいえ、キリキシャとしては身を立てられないし、前世の知識は大して何も役に立たない。どうしようかと迷っていたら、住んでいる家の近くに「請負人(カッスル)」をして生計を立てているキリキシャがいたのを思い出した。 「請負人(カッスル)」とは、前世で言うところのいわゆる「何でも屋」だ。探し物や家業の手伝い、喧嘩の仲裁や護衛業務、物の配達など、多岐にわたる仕事を引き受ける。 そういった仕事を振り分けてくれるのは、請負人協会(カッスラーレ)である。このサッカン大陸の請負人協会(カッスラーレ)本部は、隣国のカルカロア王国王都カルロにあるが、ここ、サッカン十二部族国の全族都イェライシェンにも協会はあった。 近所に住むキリキシャは、ビルクという百二十五歳の三級請負人(カッスル)だった。主に、薬草採取や探し物を引き受けていることが多いようだ。ジュセルは十五歳になった年に、ビルクの家事を手伝う代わりにそれらの仕事のやりようを教わることにした。 ビルクは独り者で、家事が壊滅的に苦手のようだった。物がどこにあるかはきちんと記憶しているのだが、整理整頓ができない。キリキはそこまで高くないが、自分なりの工夫で仕事をこなしてきているようだった。 もう無理はしないのさ、と笑うビルクに、なぜ二級請負人(カッスル)の試験を受けないの?と訊いたことがある。級が上がれば成功報酬も高くなるのだ。 請負人(カッスル)は、上から光級、一級、二級、三級、四級、初級と分かれており、それぞれ試験を受けて昇級する。稀に大きな実績があれば試験なしで上がれる場合もあるらしいが、あまり聞いたことはないとビルクから聞いていた。 ジュセルの問いに対して、ビルクは言った。 「わしは独りもんだし、今日を生きていけるだけの収入があればいい。わしが昇級すれば依頼料も上がる。わしを頼りにしてくれるやつらに悪いだろ?」 そう言ってビルクは含み笑いをした。 ビルクは見た目には四十歳くらいに見える、悪人面のキリキシャだった。同じキリキシャでも、ビルクの髪色は藍色に近い青だった。 ビルクの丁寧な教えで、ジュセルは少しずつ薬草や原料の採取、探し物などのコツがつかめるようになってきた。配達などもただ届ければいいと簡単にとらえていたが、なかなか色々配慮せねばならないことがあるとも教えられた。 ビルクは褒めたりはしないが特に腐しもしないという師匠だった。おかげでジュセルは委縮することなく、学ぶことができた。ついでにビルクの家事をやっていたおかげで家事能力も身についたように思う。 十六の生誕日が過ぎたとき、ビルクはもう来なくていい、とジュセルに告げた。ジュセルはビルクがこの後一人で家事をこなせるのか不安になったが、ビルクはふんと鼻を鳴らした。 「おめえがいなくても百年以上生きてるからな。‥これからはおめえはおめえのために働け。伴侶が欲しけりゃ求めて、子どもが欲しけりゃちゃんと稼げ。子どもを授かるときどっちが産むかはちゃんと話し合え。‥わしは一人でも生きていける。心配いらん」 そう言ってルンガンの皮で作った丈夫な背負い袋をくれた。中がいくつかに仕切られていて、原料採取の時などにも使える便利ものだ。餞別だ、と投げるように渡してきたビルクに、ジュセルは危うく涙を零しそうになった。

ともだちにシェアしよう!