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第4話
「!?」
何が起こったか、とっさに理解できなかったジュセルの身体は固まった。
‥え、知らないヒトだよな?見たことないし多分俺生き別れの上子 とかもいないし、見覚えも全くない。
しかし、マリキシャはぎゅうぎゅうとジュセルの身体を抱きしめジュセルの頭にぐりぐりと顔を押しつけている。
混乱していたジュセルだったが周りがざわざわし始めたのを見て、はっとした。そしてマリキシャの太い腕から抜け出そうともがいた。
「逃げないでくれ」
耳元で囁かれる。少し低くてかすれた声は、腰に響くほどの美声だった。
「へ、えっ?」
「俺から逃げないでくれ」
マリキシャはそう言ってまたぎゅうっと抱きしめる腕に力を込めた。無理だ、このラガーマンみたいなやつに俺が力でかなうわけない、誰か助けてくれ!と思いながらジュセルはバタバタと暴れた。
するとようやく、声をかけてくれる人物が現れた。
「おい、ケイレン、何してるんだ?離してやれ。なんか暴れてるじゃないの」
「断る」
‥‥‥断るな!離せ!
ジュセルはそう思い、自分の身体から離れない腕に苛々したのでがぶ、とマリキシャに噛みついた。マリキシャが思わぬ鋭い痛みに怯んだ隙に、ジュセルはするりとそこから抜け出した。
距離を取ろうとしたときに、またはっしと腕を取られた。痛いほど強くはないが、抜けないほどの力で掴まれる。
「頼むから逃げないでくれ」
「‥‥‥あなたは誰ですか?何でおれに構うんですか?」
「お前が好きだ。離れないでくれ。俺の伴侶になってほしい」
‥‥‥は?
余りに思いがけないことを言われて、ジュセルは頭の中が混乱して身体の動きが止まってしまった。これ幸いとばかりにまたマリキシャはジュセルを抱きしめる。
そして茫然としているジュセルの後頭部を手で押さえると、その精悍な顔を近づけてきた。
「え、あ」
キスされる!と思って避けようとしたのに、がっちりと押さえられた頭と身体では逃れようもなかった。ぼんやりしていたせいで口も開いていたから、マリキシャは唇を軽く吸ってから厚い舌を挿し入れてジュセルの咥内を蹂躙した。
(お、男、男とキスして、る、え、ちょ)
意外に繊細な動きをするマリキシャの舌先が、粘膜を撫でていって思わぬ感覚を流し込んでくる。その唾液はやや苦い。今世初めてのディープキスに、ジュセルはくたくたと身体の力が抜けていくのを感じた。足に力が入らずに倒れる、と思ったらマリキシャはジュセルとキスをしたままぐっと身体を抱えあげた。
横抱きにされながらじゅるじゅると舌を吸われている状況と苦い唾液に耐えられない。弱々しく腕でマリキシャの顔を離そうとする。それを見た誰かがようやく大声を上げた。
「ケイレン、やめろ!」
マリキシャとジュセルの間に、また別の人物のたくましい腕が入って来た。そしてようやくジュセルの身体は解放されたが、免疫のないキスでまだ腰が抜けている。ジュセルを救い出した人物が、「おっと」と言ってその崩れそうな身体を支えてくれた。
「‥‥ヤーレ、邪魔するな』
ヤーレと呼ばれた人物はレイリキシャのようで、豊かな白髪を三つ編みにして後ろに下げている。身体つきはマリキシャといい勝負だった。
「ケイレンどうしたんだ。この子はお前の知り合いじゃないんだろ?嫌がってるものを何無理に引っ付いてんだ」
「‥‥嫌、がってる、のか‥?」
酷く傷ついた、という顔をしてこちらを見てくるマリキシャに、ジュセルは呆れた。身体にはまだ力が入らないが精いっぱいの声で抗議した。
「嫌に決まってんだろ、知りもしないやつにいきなりキスされて嬉しいヤツがどこにいんだよ!」
「きす?」
きすとは何だ?という顔で二人の大人に顔を見られたジュセルは、ああ〜この世界キスって言葉なかったわ〜と思いついて言い直した。
「‥口づけ!するなよ!大体誰だよあんた!」
そう言われたマリキシャは、しょぼんとした顔のままジュセルの目を見つめて言った。
「俺はケイレン。二級請負人 で二位退異師だ。年は二十四歳。住んでいるのはここから歩いて三十分くらいの南アラマサ地区だ。‥一緒に住んでくれるか?」
マリキシャ‥ケイレンの自己紹介を聞いて思わずジュセルは目を剝いた。請負人 と退異師両方の資格を持っているとは!しかもそれぞれ二級、二位とは凄まじい。身の回りでそういう人物に会ったことがなかったので、ついまじまじとケイレンを見つめてしまった。すると見つめたことによって目が合い、目が合ったことで喜んだらしいケイレンが、またふらふらと寄ってこようとしたのですぐさま身を引いた。
するとケイレンが、途轍もなく哀しそうな顔をする。
俺、悪くないよな?と思いながら、中に入ってくれたヤーレと呼ばれた人物の方を見た。
ヤーレは片手で頭を抱えながら、ケイレンの肩に手を置いた。
「‥とにかく落ち着け。場所を変えよう。奥の小部屋が今空いてるから、そっちに行こう。‥そこの若者 もついてきてくれるか?」
そう声をかけられて、ジュセルは慌てて返した。
「いや、俺、初級に合格したんで証石もらいたくて‥あと家の斡旋とかも‥」
家の斡旋、と聞いてケイレンの目が鋭く光った。が、ヤーレはケイレンの胸に手をついて動かないよう制したまま、ジュセルに訊いた。
「お前、初級受験者だったのか。名前は?」
「ジュセルです」
「わかった、証石も持ってくるからとにかく来い」
「あの、あなたは‥?」
このレイリキシャの正体がわからなかったジュセルはおずおずと尋ねてみた。ヤーレはニッと笑って応えた。
「俺はヤーレ。ここの協会の副会長をしてるもんだ。心配すんな、ほらこっちだ」
思わぬ身分の人物に驚いて固まっていると、そんなジュセルを急かすようにしてヤーレは背中を押してきた。ジュセルは仕方なくヤーレに導かれるまま建物の奥について行った。
奥の方にいくつかあるらしい小部屋に案内されて立派な長椅子を勧められ、内心ドキドキしながらそこに座った。こんなクッションの柔らかい椅子に座ったのは多分前世ぶりだ。部屋には長椅子が二脚とその間に置かれた長机が一台。奥に小さな箪笥を兼ねた台が置いてあるだけの、シンプルな部屋だった。
長椅子に座ったジュセルの隣に、当然のように座ろうとするケイレンの首根っこをヤーレは引っ掴んで自分の隣に座らせた。ケイレンは非常に不満そうだったが、ジュセルは心の中で手を合わせてヤーレを拝んだ。
別の人物が、お茶と一緒に初級の証石を持ってきてくれた。大きさとしては前世で言うところの百円玉くらいのものだ。これを持ち歩くために、ペンダントにしたり腕輪にしたりするのが一般的である。石の組成によって級がわかるものらしく、ぱっと見には少し銅がかったただの石にしか見えない。
「ほら、これが証石だ。今、お前の力を流せ」
「はい、ありがとうございます」
そう答えてジュセルは証石を握り、自分のキリキを意識して流した。ふわ、と証石が一瞬だけ薄青く光る。これでこの証石は、ジュセルの階級を示すものになった。
「よし、力も入ったな。再発行は難しいし金もかかる。失くすなよ」
「あとでカウンターでペンダント用の器具を買うつもりです」
「それがいい。協会 で売ってるものは洒落てはねえが値段は安いからな。とりあえず買っとけばいいさ。‥に、しても」
ヤーレは目を細めてジュセルを見つめた。
「お前、計算は群を抜いてできてたそうだ。何で請負人 を選んだんだ?どこかの店や隊商会にでも雇ってもらえるだろうに」
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