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第22話
「う~ん‥粗く解析してみた感じでは普通のお茶だけどなあ‥」
請負人協会 には専門の解析師の部門がある。持ち込まれた品や依頼品の鑑定、証石の組成や確認などが主な仕事である。無論、そこに所属しているのは解析・分析を得意とするヨーリキシャ達である。
ここ、イェライシェンでは協会の建物の三階に、その解析部門の部屋がある。十人ほどの解析師であるヨーリキシャ達が所属しているが、たいていの場合半分ほどは出張している場合が多いので、ここにいるのは四、五人であることが多い。
解析師の人数分の机はあるのだが、どの机の上にも書類や素材が散乱していて机同士の境界線もわからないほどだ。部屋の壁側には解析に使うらしい機工躯体がいくつか据え付けてあり、今も稼働している音がしている。
この雑多な部屋の中で、ケイレンの目の前に座り首をひねっているのは、ひときわ鮮やかな赤髪が目立っているヨーリキシャのスルジャだ。くるくると波打つ鮮やかな赤髪に澄んだ大きな赤い目、つるりとした肌に厚い唇と肉感的な美しさを持つスルジャは、ヨーリキの通りをよくする赤輝石の腕輪をぐるぐると手持ち無沙汰に回しながら、呟くように言った。その前で腕組みをして、じっと解析器の中の茶葉を見つめているのはケイレンである。
「そんなに甚だしいマリキの増幅を感じたのか?黒剣」
そう問いかけるスルジャに、ケイレンは嫌そうに顔を顰めた。
「黒剣って呼ぶなよ‥うん、そうだな‥回復、というよりは増幅、という方が正しい気がする。飲んですぐに巡りがよくなって、身体の奥の方がぐんっと持ち上がるような‥そんな感じだった」
「ん~~‥」
スルジャは解析表を見ながら唸る。茶葉は、茶葉の状態での解析と煮出した状態での解析をしたのだが、ケイレンが言うような効能を示すものは出てきていない。
「‥他の高能力者 にも飲ませてみて、その情報も取ってみないとわかんないかな~‥ケイレン、そのキリキシャと性交したわけじゃないんでしょ?」
「まだ、だな‥」
やや顔を赤らめて少し俯いたケイレンを、スルジャはじろりと見た。
「‥聞いたよ~まだ子どもみたいなキリキシャに無理やり抱き着いて口づけたって」
「‥‥まあ、そう、だな‥」
は〜とため息をついてスルジャはぐんっと椅子の上で伸びをした。豊かな胸がふるりと揺れる。
自分の机に肘をついて、スルジャはじっとケイレンの顔を見つめる。
「あんた‥ヤーレに無理言ってその子どもを家に連れ込んだって聞いたけど‥」
「つっ、連れ込んだわけじゃない!部屋を貸してるだけだ!それに子どもじゃない、もう成人してる!」
スルジャはすがめた目を戻すことなくじいっとケイレンを見つめ続ける。
「そうはいってもさあ、成人したばっかりの初級請負人 なんでしょ?‥あんたはさ、多少は年上なんだから余裕もって対応しなさいよ?自分の希望ばっかり言ってたら逃げられるよ?」
「う、いや、‥‥うん、わかった‥」
スルジャはしどろもどろに返事をするケイレンを見て、またため息をついた。この様子では心当たりがあるのだろう。それにしても、あの無表情で人に関心を持たないことで有名な『黒剣』が、こんなにへにょへにょになるとはね‥と、目の前の締まりのない顔を見る。
「ま、もう少し詳しく解析して情報を取ってみるよ。何人か上級|請負人《カッスル》に頼んで飲んでみてもらおうかな。もうしばらくこの茶葉預かってていい?ひょっとしたら追加を頼むかもしれないけど」
「ああ、大丈夫だ。‥普通に飲む分には問題のないものだよな?」
念のためにケイレンが尋ねると、スルジャは大げさに両手を上げた。
「問題ないどころか、このまま薬として売り出してもいいくらいの品質だよ。
組み合わせがいいね。自分の感覚でやってるんなら、相当に勘がいいんだな‥本人が希望するなら、薬師への修業斡旋も考えていいくらいだ」
「そうか‥じゃあジュセルにそう言っておくよ」
「ん、頼むわ。個人的にはあたしもこのお茶ほしいかな。二日酔いとか腹痛に効きそうなんだよなあ」
ケイレンはニッと笑った。ジュセルの能力が褒められているのを聞くと、自分まで嬉しい気持ちになる。
「ジュセルに訊いておくよ」
ケイレンはそう言って立ち上がり、軽く右手を上げて解析部屋を後にした。スルジャはしばらくの間、茶葉と解析表を眺めていたが、それらを引き出しに投げ入れて別の依頼品の解析に取りかかった。
依頼書を受け取り、手順を考えながら協会の一階ホールに座っていたジュセルのところに、ケイレンがやってきた。それだけで空気がざわりと動くのがわかった。
背も高く容姿端麗なうえに二級請負人 である、というケイレンが、いかにここにいる請負人 達の憧憬の的になっているかを、ジュセルは肌で感じていた。先ほどのコトルや昨日の靴屋に言われたことが、脳裏によみがえってくる。
(俺なんかの後ろをついてくるようなやつじゃないんだよな‥)
ジュセルはそう思うと隠れたくなったが、どういう感覚をしているのかこの広いホールの中でまっすぐにジュセルを見つめながら、こちらに駆け寄ってくる。
「依頼受けたのか?」
「‥うん、今から森に行く、けど‥」
ケイレンはにこりと笑った。まだ座っているジュセルの腕を取る。それを見た人々が、離れたところでまたざわめいたのがわかった。
「うん、一緒に行こう」
そう言ってジュセルの腕を取ったまま、立ち上がらせる。そしてジュセルの肩をさりげない感じで抱き、自分の身体の陰に隠すようにして出口へ向かった。
その後ろ姿に声をかけてくるものがあった。
「あの!ケイレンさん!」
ジュセルが振り向くと、そこにはジュセルが靴屋で会ったレイリキシャの姿があった。鋭い目つきでじっとジュセルのことを睨みつけている。
すると、ジュセルの頭の上から冷えた低い声が聞こえてきた。
「‥‥何?俺忙しいんだけど」
ジュセルへの態度とは一転した人を寄せ付けないような冷たい響きに、レイリキシャは一瞬怯んだ様子を見せたが、ケイレンの腕に抱かれているジュセルを見るとまた顔を歪めて話を続けてきた。
「なぜ、ケイレンさんはその初級にくっついているんですか?初級にずっと二級のヒトがついているなんて聞いたことないし、大体図々しいと思います」
レイリキシャの言葉を聞いたケイレンが、ぴた、とその場に立ち止まった。ジュセルはケイレンは何と答えるのだろうか、または自分も何か言った方がいいのだろうか、と考えながらケイレンを見上げた。
ケイレンは顔を蒼白にして目を見開き、少し震えながらジュセルの顔を見た。そしてざっと床に跪くや否やジュセルの両腕をぎゅっと握りしめると下から見上げ、言った。
「ジュ、ジュセルごめん、やっぱり図々しいと思ってる‥?ジュセルが優しいからそれにつけこ‥いや調子に乗って俺の希望ばっかり言っちゃってるから本当には心の中で呆れてる‥?え、ひょっとしていっぱい依頼を受けて早く出て行きたいとか思って‥?待って待ってお願い、あの、なんか嫌なところあったらできるだけ俺なおすから、出て行かないで、俺の傍にいて?ホントごめん、ジュセルお願い、俺なんでもするから!」
息もつかせずそう言うと、ケイレンは目の前にあるジュセルの腰に腕を回し、その腹にギュッと顔をうずめた。
声をかけたレイリキシャも含め、協会ホールにいた請負人 全員が、必死にジュセルに取りすがるケイレンの姿を見て‥‥‥‥ドン引きしていた。
『黒剣』と二つ名されるケイレンの活躍は、現役の請負人 であれば知らぬ者はいない。腕もよく、退異師も兼ねていることも知られており尊崇、憧憬の対象であった。だが、これまでのケイレンはほとんど人付き合いもせず、不愛想で話すことも稀だったので、請負人 たちの認識の中では、「孤高の腕利き請負人 」という印象でしかなかったのだ。
そんな人並外れて優秀で、ヒトに愛想を振りまかないやつだと思われていた『黒剣』が、まだ成人を迎えたばかりの可愛らしい新人請負人 に、べた惚れでめろめろになってしまっている‥という事実に衝撃を受けた人々は、そっと二人から視線をそらしてそれぞれ自分たちの用向きへと戻っていった。
二人に声をかけたレイリキシャでさえ、「あ、そ、はい‥」などとよくわからないことを呟きながらゆっくりと遠ざかっていく。
ジュセルはその風景を横目に見ながら、あれ、俺がいることってこいつにいいことなんもねえんじゃねえのかな‥と思い、遠くを見つめてしまっていた。
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