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第25話

「あ、やっぱりいいものなんだ。便利だし丈夫そうだし、そうかなと思ったんだよな。‥やっぱビルクっていいヒトだなあ」 ケイレンはしみじみとそう言うジュセルの言葉に、びくりと肩を震わせた。ぎぎぎ、と音がしそうなぎこちなさでジュセルの方に向き直る。 「‥‥ジュセルあの‥ジュセルと、ビルクって‥」 「何もない!百歳以上離れてるんだぞ!さすがにねえだろ!」 びくびくしながらそう尋ねてくるケイレンに、ジュセルは呆れて言い捨てた。 「ない、わけでもないだろ‥」 とぶつぶつ言っているケイレンをよそに、ジュセルは木筒(タプケ)からごくりと水を飲んだ。森の中ではどういうことがあるかわからないので、持ってくる飲み物は基本的に水だ。水が一番汎用性が高いからである。また、一滴でも水があれば水生石で増やせるという利点もある。 きゅっと木筒(タプケ)の栓を閉めて立ち上がる。サラグアの数はまだ注文数に達していない。 開けた岩場の、少し高い岩の上に立って自分のキリキを意識する。持っている力が少ないから相当に集中しないとうまく使えない。ジュセルは深く呼吸を繰り返しながら、空気の波動を読み取ろうとする。 その様子を窺いながら、ケイレンはさりげなくジュセルをかばうように静かに立った。 (‥まだ、いるな‥二人‥か) ジュセルのキリキがあまり鋭くなくて助かった。今は植生の様子を窺うのに一生懸命なのだろう。目をつぶり、集中している様子のジュセルは見ているだけでかわいらしいが、油断は禁物だ。ケイレンは食事前に、自分の投擲刺剣もすぐ出せるように準備をしておいた。右手は常に片手剣の柄にかかっている。 「あっち、かな‥でも少し奥まってるな」 独り言のように呟きながら、ジュセルは岩場から西側を見た。高木と灌木が入り混じっているようだ。あそこに入るなら、少し灌木を伐り払いながら進んでいくしかない。 ジュセルはルンガンの鞄から、折り畳まれている鉈のような刃物を取り出した。それを見たケイレンが声をかけてきた。 「ジュセル、それどうするんだ?」 「うん、あの茂みがある一帯の奥に、欲しい薬草が生えてるっぽいから‥ちょっと伐りはらいながら行く」 ケイレンがすらりと片手剣を抜きはらって言う。 「ああ、俺が払っていくよ、剣もこっちの方が大きいし」 するとケイレンが剣を握っている手をぐっとジュセルが押さえ込んだ、そして厳しい顔つきでじろりと下からケイレンを()め上げる。 「‥‥手助けは‥」 「‥‥‥しない、んでした‥」 睨まれたケイレンは、しおしおとなって大人しく片手剣を鞘に納めた。カチン、と音を立てて鞘に納まった片手剣を見て、ジュセルは満足そうに頷き茂みの方へ歩を進めていく。 本当は何かしらの理由をつけて抜剣しておきたい。だが、あまり主張してしまえばジュセルに不審に思われてしまう。歯がゆい思いで、ケイレンは隠しに入れている投擲刺剣に手をかけた。 そんなケイレンの胸中など知らぬように、ジュセルはたどたどしい手つきで灌木を伐り払い、進んでいく。ジュセルのような小さく力の弱い者に道を切り開かせるなど、ケイレンの矜持からいっても許せるものではないのだが、ジュセルの心を思えば何も言えない。あたりの気配に注意をしながら、ケイレンはジュセルの後ろについていった。 二人の暗殺者らしき者の気配は消えていないし、一定の距離を取りながらもこちらを追ってきているのはわかる。まだシンカンの森で暗殺することを諦めていないのだ、ということがその気配でよくわかった。森での暗殺は死体を処分しなくていい分、都合がいいはずだ。おそらく裏請負(ダスル)の二人は正規のゲートからは出ていないだろうから、この二人が森にいたという証明を立てることもできない。 森の中で決着をつけるしかないのだ。 襲ってきたところに反撃して相手を殺すか、襲ってくるのをしのいで森から出て、街に逃げるか。その二つしか道がないのをケイレンは悟っていた。 ケイレンが周辺に注意を払いながら歩いていると、突然ジュセルが「あ!」と大きな声を上げてすぐに口を塞いだ。そして歩みを止め、その場にしゃがみこむ。 「ジュセル?」 訝しげにそっとケイレンが声をかけると、「しいっ」とジュセルが唇に人差し指を当てた。 どうかしたのか、ひょっとして暗殺者に気づいてしまったのかと身体を固くしていると、ジュセルがひそひそと耳の傍で囁いてきた。 「ナルキス!‥あそこ、茂みの陰で動いてる」 ナルキスとは非常に希少な薬草の名前だ。なぜ希少かというと、この植物は「歩いて移動する」のである。大きさは大人の拳ほどしかないのだが、細い根のようなものがたくさん下半身に生えており、それが蠕動して動く。 ナルキスは必ず二体で移動をする。この二体が対となって繁殖するのだ。二体のどちらかが「子株」を持っており、その子株で繁殖する。 移動するから決まった生息域がはっきりとわかっていない。非常に見かけることが少ないので、請負人(カッスル)の間では「見かけたらとにかく静かに近づいて採取!」が常識である。 ナルキスの薬効は、調合すれば他の薬草類の薬効を倍増させることである。これは今わかっているどんな薬草類にも当てはまる。 見つけづらさと薬効の素晴らしさによる高価買取植物で、ナルキスは薬師にも請負人(カッスル)にも垂涎の的といえる薬草だった。 「‥本当だ、枝を繋げて動いてるな」 ケイレンはあまり採取の仕事をしたことがなかったので、実際に動いているナルキスを見たのは初めてだった。無論、ジュセルも実際に見たのは初めてである。初依頼で森に来て、ナルキスを見かけるとはなんという幸運だろう、とジュセルの胸は騒いだ。たとえ失敗してもいいから採取に挑戦したい。きっと自分にとっていい経験になるはずだ。 「そこにいて」 ジュセルはまたケイレンの耳の横で囁いた。息のようなジュセルの声は、ケイレンの身体に甘く響き渡る。またかわいい、と言いそうになって、いや、今はそんな場合ではない、と気を引き締めた。 ジュセルは身を低くして這うようにしながら、少しずつ少しずつナルキスに近づいていく。ナルキス二株は、長い枝をお互いに繋げたまま、灌木の陰の隙間からじっと日を浴びて揺らめいている。後、30カル(約2,7m)、となったところでジュセルは一度止まり。隠しを探って目の細かい網布を取り出した。今日、出かける準備をしたときにまさかこれを使う羽目になるとは思っていなかったが、何でも備えておくものだ。朝の自分を心の裡で褒めながら、もう一つの隠しから木枠を取って網布をそれに設置した。いわゆる虫取り網のようなものが出来上がる。 木枠につけてある輪を手首に通し、木枠の持ち手をしっかり握った。今までよりももっと静かに、そろり、そろりと近づいていく。ナルキスは根っこの足部分をうにょうにょとゆるく蠕動させながら、まだ枝を繋いで日向ぼっこをしている。 (‥いけるか) ぐっと木枠の持ち手に力をを込めたとき。 それまで音もたてず静かにジュセルの後ろにいたケイレンが、ばっと立ち上がった。するとナルキスはあっという間に灌木の茂みの奥へ消え去ってしまった。 「くそ!」 何事かとしゃがんだままケイレンを見上げると、ケイレンはいつの間にか片手剣を抜き、自分の顔の前に構えていた。身体全体がジュセルの横にある。 「ケイ」 「ジュセル動くな」 鋭く短い声がした。その声の厳しさに思わず身が震える。ひゅっひゅっとまた何か音がした。キン!キン!とケイレンが剣を振るたびに金属音がする。 (何か飛んできているのをはじいているのか‥?) 先ほどもいた狩猟の下手なやつの礫だろうか。いや、こんなに何度も誤るはずもない。つまり。 (俺たちが狙われている!?) 自分は狙われる覚えがないから、きっとケイレンの関係なのだろう。こんな森の中で狙われるなんて尋常なことではない。二位退異師、二級請負人(カッスル)ともなれば命を狙われることもあるのか。そんなの金をいくらもらっていても割に合わない。ビルクの顔がふいに浮かんだ。 「くっ」 ケイレンの呻き声がした。ハッと見上げれば、ケイレンの左肩に切り傷ができて出血している。やはり狙われているのだ。

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