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第26話

このままではケイレンも危ないし、きっと自分は足手まといだ。どう対応すればいいのか、荒事に巻き込まれるとも思っていなかったから、その対処の仕方がわからない。 一応、身を低くしたままケイレンに尋ねる。 「ケイレンっ、俺どうすればいい?」 ケイレンは次々に飛んでくる何かを片手剣で弾き飛ばしながら、左手で投擲刺剣を鋭く投げた。離れたところから「ぎゃっ」という声がする。 その声がしたことでジュセルは、ああ、本当にヒトを殺そうとして来ている者がいるんだ、と実感して足元から震えが上がってきた。 ケイレンが片手剣を振るいながらジュセルに言った。 「俺の後ろ‥あの、灌木の茂みまで走れるか?!俺の合図で行けるなら走ってくれ!そして茂みの中に身を隠せ!」 「行ける!」 ジュセルの返事を聞いたケイレンのところにぶうんと鈍い音を立てて何かが飛んできた。それを振り向きざまにガキン!とケイレンが剣で受け止めた。今までにない音に驚いてジュセルが見れば、ケイレンの片手剣に分銅鎖が巻き付いている。 「やはり、随分腕が立つんだねえ」 長い分銅鎖の端を片手で持ったまま、すらっとしたマリキシャがしゅるりと現れた。美しい顔立ちで、身体の線も細い。だが、ケイレンが渾身の力を込めて引いているはずの鎖は、マリキシャの手より先にはびくとも動かない。 やけに赤い唇が、にいっと笑顔を形作る。そして細い腕が分銅鎖の持ち手を軽く、くんっと引っ張った。ケイレンがぐらりとよろめく。 (ケイレンっ) 身を低くしたまま、思わず叫びそうになってジュセルは慌てて口を押さえた。今ケイレンの集中を切らしてはならない。邪魔になるべきではない。 「くっ」 一度ぐらりと体勢を崩したケイレンだったが、片手剣をぐるん!と一回転させて振りさばき、分銅鎖の絡まりを解いた。 細身のマリキシャは、こともなげにしゅんっと手元に分銅鎖を引き寄せる。 「ああ、的はそこにいるんだね」 細身のマリキシャは平坦な声でそう言うと、分銅鎖を手早くまとめて腰に提げ、細い半月刀をすらりと抜いた。 ケイレンはもう一度片手剣を握り直し、左手に投擲刺剣を掴んだ。マリキシャはおそらく裏請負(ダスル)のグーラだろう。確かもう一人いたはず、と辺りに目を凝らせば、少し奥の茂みにうずくまっている赤い髪が見えた。先ほど聞こえた悲鳴はおそらくあいつのものだろう。 だとすれば当面は目の前のグーラに注力していればいい。 マリキシャ‥‥グーラはゆっくりとこちらに近づいてくる。長く黒い髪はいくつもの細かい三つ編みに編まれ、頭頂部に近いところでくくり上げられている。身体にぴったりと吸いつくような真っ黒い衣服を着用しており、身体の線がまるで裸のようにくっきりとわかる。膝まである長靴が、ざり、ざりと音をたてながら近寄ってくる。 何気ない動きながら全く隙がない。どうやってジュセルを逃がせばいいか、ケイレンは頭の中で何度も想定し考えてみる。早く、早くしなければ。 「もうわかってるんだろ?なぜ私がここにいるのか」 グーラはそう言うや否やひゅん!と高く跳躍して身体をひねり上から斬りかかってきた。ケイレンはぐっと足を広げ、踏ん張りながら片手剣の幅広い面を前面に出してがきんと受け止める。そしてそのままぐっと跳ね返すように押し戻した。 グーラは押された勢いを生かしてくるりと着地した。 「お前が四六時中、守っていくのかい?‥無理だねえ、依頼主(ぬし)暗殺(これ)を取り下げることはないよ」 淡々と言葉を続けながら鋭く半月刀で何度も素早く斬りかかってきた。ケイレンも右に左にその剣を受けながら投擲刺剣を放つ。グーラはひょいと軽くそれを躱して、にたっと笑う。 「『黒剣』、そんなんじゃあ私は殺せないよ。‥まあ、万が一私があんたに殺されても」 しゅん!と半月刀がしなった。ケイレンの頬にちりっとした痛みが走る。 「また、次のやつが来るだけさ」 そう言って半月刀を大きく下から斬り上げてくる。躱そうと身体をひねり片手剣を構えたとき、ケイレンの目にグーラの左手の動きが見えた。 「ジュセルっ!」 グーラの左手から投擲刺剣が放たれた。 「っ!」 ジュセルは何とか身体を地面に転がしてそれを躱した。しかし、左手に刃先を少しかすらせてしまった。鈍い痛みとともにじんわりと痺れが広がって来るのがわかる。 (‥やばい、これ‥何かの毒が塗られているかも) 自分にはそんなに体力がない。仮にこれが毒だったとしたら、回れば回るほど動けなくなる自分は邪魔になる。ケイレンの邪魔にしかならない。 ジュセルは心を決めた。ルンガンの鞄の一番下、秘密の隠しからあるものを取り出す。 「ケイレン、俺と走れ!」 ジュセルは起き上がってケイレンの腕を掴んでそう叫び、右手で握りしめたものにありったけのキリキをのせ思い切りグーラに向けて投げつけた。 「!!」 一瞬、強い風がグーラに向かって吹いた。その中でジュセルの投げた玉が弾け飛ぶ。グーラの周囲を真っ黒な煙が覆い。刺激臭が漂った。刺激臭は肌にも作用するのか、グーラはやや肌がピリリとするのを感じた。視界を奪われたグーラは短く舌打ちしてから高く跳躍して、二人の姿を視認しようとする。ところがこの黒い煙はグーラの身体にまとわりつき、上空に上がっても視界が開けない。 「チッ」 そのまま着地していきなり走り出す。走る速度で振り払おうとしたのだが、それでも煙はグーラにまとわりついて離れない。 「‥ふん」 グーラは動くのをやめ、半月刀を背中の鞘に納めた。 「やるね、おチビちゃん」 真っ黒い煙の中で佇んだまま、グーラは赤い唇の端をくっと上げた。 「はあっはあっ」 ジュセルは力の続く限りケイレンの腕を取ったまま、日に向かって必死に走り続けた。 どのくらい走ったのか、しばらく経ったときジュセルは身体の異変を感じ、ぐらりと足を絡ませてその場に倒れ込んだ。驚いたケイレンががっしりと受け止める。 「ジュセル、ジュセル!」 「‥た、ぶん、毒‥」 唇まで痺れ始め、ジュセルは滑らかに話すことができなくなっていく。その様子を見て、ケイレンは顔面蒼白になりながらも腰に提げた袋を探る。指先が震えてうまく探せない。 その間にもジュセルの身体からはどんどん力が抜けていく。ケイレンは心臓を締めつけられるような苦しさに襲われながら、涙でかすむ目で何とか目当てのものを探し当てた。 「ジュセル、これ、これを飲んで」 小さな瓶に入った水薬をジュセルの唇に近づけるが、もはや意識を消失しつつあるジュセルの唇は開かない。そしてその顔色はどんどん紙のように白くなっていく。 「ジュセル、」 ケイレンは震える指でジュセルの唇に触れた。冷たい。その冷たさに驚き指が跳ねる。 「ジュセル」 ケイレンはその場に膝をつき、ジュセルの上半身を左手で支えながら首を腕にかけるようにして少しジュセルの顔を上向かせた。小瓶の水薬を自分でくっと呷り、ジュセルに口移しで飲ませる。指を頬に当て、歯列を開かせながら舌に薬を伝わらせジュセルの咥内に流していく。右手で何度も喉を撫でさすった。 ケイレンのマリキは、破壊の方向のものがほとんどで癒しに使われる能力は非常に少ない。それでも、飲んで吸収してくれという願いを込めて右手にマリキをのせ撫で続ける。 こく、と小さくジュセルの喉が鳴った。薬を飲んでくれたようだ。 ケイレンはそのままジュセルの顔を見つめる。そしてもう一度深く口づけてゆっくりと息を送った。

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