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第27話
唇をつけてジュセルの咥内を舌で探る。するとジュセルの身体の中の「力素 」が、異常に少なくなっていることに気づいた。
(‥さっきの、風か)
おそらくジュセルは、自分の持てる力をすべて注ぎ込んであの風を送ったのだろう。そもそも、ジュセルは高能力者 ではない。もともと持っている力も多くないのに、きっとあの破裂玉をより効率よく使うために、出せる限りの力を絞り出したのに違いない。
舌をぐっと挿し入れながら、ケイレンは少しずつ自分のマリキを流し込んでいった。
紙のように蒼白な色をしていたジュセルの顔にほんの少しずつではあるが、赤みが差し始めた。それを確認して唇を離す。ふっとケイレンの肩から力が抜ける。
ジュセルの中にある毒物が何かわからない状態で解毒するのは難しい。ケイレンが飲ませたのは、一瓶で共金貨二枚という恐ろしい値段の「万能薬」だ。それこそ先ほど逃したナルキスがふんだんに使われている薬で、解毒・治療に特化した効能がある。息さえあれば命を繋ぐと言われるほどの効能があり、ケイレンでさえ半年ほど前にようやく手に入れた代物だった。
しかし、ジュセルの命を繋いでくれるのであれば惜しくはない。赤みの差し始めた頬をそっと撫でる。
もう一度ジュセルの唇を指で開き、咥内に舌を挿し入れ力素の巡りを確認してみる。多くはないが、しっかりと巡っているのがわかったので今度こそ安心して唇を離した。目を閉じているジュセルの額に軽く口づける。
そして本格的に周囲へ警戒のマリキを伸ばした。‥ジュセルの破裂玉のお陰なのか、今は近くにグーラの気配はしない。きっとジュセルも何らかの見込みがあってこちらの方へ走ってきたのだろう。地面についていたジュセルの足を膝裏から掬い上げ抱きかかえる。少し場所を移動してゆっくり休ませたいと思ったのだ。
警戒を怠りなくしながらジュセルを抱えあげ、そのまま歩いて適切な場所を探した。時間は夕方よりは少し前だからまだ森の中にいられる猶予はある。少しでも休ませてから移動をしたかった。
大きな木が生えている横に苔地がある、というおあつらえ向きの場所を見つけ、柔らかい苔の上にジュセルを下ろす。背に負った鞄から横に素早く敷物を取り出し、丁寧に敷いてからまたジュセルを移動させた。
ジュセルは固く目をつぶったままぴくりともしない。ほんの少しだけの頬の赤みと、かろうじて規則正しく聞こえる呼吸音だけが、ジュセルの無事をケイレンに担保してくれる。
ジュセルの乱れた蒼い髪をそっと指で梳く。頭から伝わってくるほのかな温もりがジュセルが生きていることを伝えてきてくれているようで安心できる。
ケイレンは頭上に茂っている大木の葉陰から、日の傾きを読んだ。日暮れまで、後三時間といったところか。できれば、ジュセルに意識が戻ってから帰路に就きたい。だが、あまり時間が押してきても危険度は上がる。今のところグーラの気配はしないが、この後索敵されないとも限らない。
もう一度ゆっくりとジュセルの頭を撫でる。固く閉じられた瞼に唇を落とし、そのままジュセルの唇をも塞いだ。何度も確認して足りているのはわかっているはずなのに、まだ力素が不足しているのではないかと不安になりマリキを流したくなる。ケイレンの癒しの力が薄いマリキがどれほどの助けになっているかはわからないのだが、何かをせずにはいられなかった。
舌先をジュセルの舌に絡めてゆっくりとマリキを流す。「‥ん、」とジュセルからようやく呻き声が洩れた。唇を離してジュセルの顔を両手で挟み、呼びかける。
「ジュセル、ジュセルわかるか?」
ジュセルは呼ばれたような気がして、重い瞼を持ち上げた。薄く目を開ければすぐ近くにヒトの顔が見えた。
「ジュ‥セル、」
「ケイ‥」
喉が乾燥しているような感覚がして、ジュセルはうまく声が出せない。口を小さく何度か開閉しているジュセルの様子を見て、ケイレンは慌てて木筒 を取り出した。
ジュセルの背中を支えて起こし、唇に木筒 の飲み口を添えてやる。|木筒《タプケ》を傾けてやると、ジュセルはこくこくと飲み下した。
ふう、と息をついたジュセルを見て、ケイレンはまた涙がこみあげてきた。
「よか‥よかっ‥ジュセル‥」
切れ長の黒輝石のような瞳から、ぼろぼろと涙があふれている。それを見たジュセルはなんだかおかしくなって微笑んだ。
「そんな、泣くな、よ‥大げさ、だなぁ」
まだ少しかすれている喉から何とか声を絞り出すと、ケイレンの顔がくしゃっとしかめられた。涙は全然止まっていない。そのままぎゅっとジュセルを抱きしめてくる。
「よか‥よかった、ジュセル‥よかっ‥」
壊れた機工のように同じ言葉を繰り返しながら、ボロボロと涙を零し咽び泣くケイレンに驚きながらも、ジュセルはそっとその頭を撫でてやった。
「ジュセルのお陰で助かった‥でも、キリキを使い尽くすなんて無茶だ。二度としないでくれ」
ずずっと洟を啜りながらそう訴えるケイレンに、ジュセルは苦笑した。
「ああ、ごめん、自分のキリキをあんなに目いっぱい使ったのは初めてだったから‥加減がわかってなかったかも」
「‥もう少しで重度の力素欠乏に陥るところだったんだぞ‥自分の身体は大事にしてくれ」
力素欠乏症は、身体の中を巡る力素が減少して体力が奪われ、生命維持ができなくなるというものだ。多くは老化を迎えたヒトが患うことが多いが、急激に力を使った場合や大怪我をしたり大病を患ったりした場合にも発症することがある。
これに罹った場合、軽度なら十分な休養で回復するが、重症の場合はコウリキシャに力素を補ってもらうしかない。
そこまでなってしまったのか、と驚いたが、きっとケイレンがマリキを補ってくれたのだろうな、とジュセルは思った。治療者ではないケイレンが力素を他人に渡した、ということは‥
(‥‥これ、多分がっちりキスされたか‥下手したら|陰《ホト》に指突っ込まれたか‥)
力素の効率的な吸収は粘膜を介する方がいい。つまり粘膜からの接触があったということだ。そう考えると顔に血がのぼってくるのを感じたが、必死に深呼吸をしてケイレンに悟られないように頑張った。
ケイレンはそんなジュセルには気づかずにただただジュセルの身体にしがみついている。ケイレンの肩越しに見えるのは、相変わらずシンカンの森の中の風景だ。森の外に出られたわけではないらしい。
ジュセルは地面に手をついて何とか自分の身体を起こした。ジュセルの身体にしがみついていたケイレンもそのジュセルの意図に気づいて手助けしてくれる。
「まだ森だよな‥日暮れまでには出ないとならないから‥」
ジュセルは体勢を整えて何とか立ち上がろうとする。身体の中から少し冷えてくるような気持ち悪さがあり、少しふらついた。横でがっしりとケイレンが受け止める。
「ありがと‥う~ん、走るのは無理、だけどなんとかゆっくりなら歩けると思う。ゲートに向かおう」
そういうジュセルを、ケイレンは心配そうに見つめた。
「大丈夫か‥?俺が背に負っていこうか?」
ジュセルはかぶりを振った。
「万が一、さっきのやつらがまた来たら俺は戦えない。ケイレンに任せなきゃいけないんだから、体力は温存しといてくれ。どうしても歩けなくなったらその時また考える」
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