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第28話
現実的なジュセルの言葉に従ってゆっくりと森の中を歩き、二時間弱で森の出入り口のゲートに着いた。途中で幾つかサラグアも採取はできたが、結局全部で百八十本、十八束しか取れなかった。
しかし今日はこれ以上の採取は危険だ。ケイレンの勧めに従って素直にゲートから馬を借りて請負人協会 まで行く。その間もケイレンはあたりへの警戒を怠っておらず、その緊迫した様子はジュセルにもよくわかった。
ゲートから請負人協会 までは、ゲートにある貸し馬屋から馬を借りて移動した。歩かずにすんで内心ジュセルはほっとした。やはり、まだ身体にはだるさが残っている。請負人協会 の建物に着いて馬から降り、建物の横にある水飲み場で水を与えてから馬を返した。六本足の大きな馬はよくしつけられていて、首につけられた鈴の中に詰められた綿をはずし、音が鳴るようにしてやるとその音を聞きながら自分の厩に向かって帰っていくようになっている。
ケイレンはジュセルを抱えるようにして建物内に入り、受付にいたヒトに頼んでヤーレを呼び出してもらう。今は不在だということなので、帰るまで待たせてもらうことになった。
このころになると随分ジュセルの体調も回復してきた。ただ異様に腹が減っている。
ヤーレを待つために通された小部屋の長椅子に座った途端、ジュセルの腹の虫が、ぐうう、と威勢よく鳴いた。
「‥~~っ」
顔を赤くして俯いたジュセルを見て、ケイレンは安心したように笑った。腹が減るほどの余裕があるなら、まさかにジュセルは自分が狙われたとは思っていないかもしれない。とにかくケイレンは、ジュセルに事の真相を知られないようにしたかった。
「初級がホールで何人かうろうろしてたし、なんか頼んで買ってきてもらおうか?どっちにしろ、ヤーレが帰って来るのがいつになるかわからないし、腹ごしらえはしといたほうがいいよな』
ケイレンはそう言って、「何食べたい?」とジュセルの顔を覗き込んでくる。夜はまだ昨日のオジャン肉があったからそれを食べようと考えていたのにな‥と思ったが、ここで言っても仕方がない。家に帰って腹の余裕があればオジャンも食べることにしよう、と決め、ここでは軽く食べるだけにしようと、汁物を頼んだ。
汁物を出す屋台も数多くあり、がっつり食べたいなら煮た穀類が入っているものや麺が入っているものもある。ジュセルは穀類や麺の入っていないものを頼み、ケイレンは入っているものを頼んだ。これも器は洗って返せば、後から器分の金が返ってくる仕組みだ。
初級の請負人 に買い出しを頼み、金を渡すと二人きりの部屋にふっと沈黙が訪れた。ジュセルは聞こうか聞くまいか迷っていたことを、思い切ってケイレンに聞いてみた。
「こんな風に狙われることはよくあるのか?」
きっとジュセルからこの襲撃について訊かれるだろうとは思っていたケイレンだったが、実際にそう尋ねられるとすぐにうまい言葉が出てこない。ジュセルはじっとケイレンの目を見つめている。
ごくり、と唾を飲み込んでケイレンは答えた。
「‥‥しょっちゅうじゃないけど‥こういうこともある。ジュセルがいる時にこんなことになって、悪かった‥一緒に住むか、って言った時にこういうことの可能性を言うべきだったよな‥すまない」
「ああ‥いや、まあ、危険はどこにいてもあるしそれはいいんだけど‥」
ジュセルは口ごもりながら返事をして、一度言葉をきり、少し考えてからまた言った。
「ああいうやつらって‥”裏”のやつらだろ?また来るんじゃないのか?」
「そう、だな‥」
ひょっとしたらジュセルは裏請負 のことは知らないかもしれない、と希望的観測を持っていたのだが、この言葉を聞いたケイレンは肩を落とした。‥『森のビルク』に鍛えられたのならそりゃあ知ってるよな。‥つまり、裏請負会 の厄介さや執念深さも知っているということだ。下手なごまかし方では通用しないだろう。
「‥‥”裏”とやり合ったのは今回が初めてじゃないし、大丈夫だ。ジュセルのことも絶対に俺が守るから心配しないで」
「‥うん」
なんとも言えない顔のまま、ジュセルは黙り込んだ。普通に暮らしていれば、裏請負 などと関わることはない。ジュセルも飽くまで知識としてビルクから聞いていただけなのだろう。それが実際に、殺意や敵意を持って自分に向かってこられたという経験は恐怖でしかないに違いない。
下を向いたままのジュセルの細い首筋が見える。修練や鍛錬などとは無縁に見える首筋だ。何があっても、自分はこの華奢なキリキシャを守り抜かねば、とケイレンはぎゅっと唇を結んだ。
届けてもらった汁物を食べて一息つくと、協会員が気を使ってお茶を淹れてくれた。ごく普通に飲まれているものではあったが、なんとなく気分が落ち着くように思えた。
カップのお茶を飲み干しテーブルに置いた時に、ジュセルは自分のお茶をケイレンに預けたことを思い出した。
「そういえば、俺のお茶を解析師に見てもらったんだよな?何かわかりそうか?」
話題が変わったことに、ケイレンは内心ほっとしながら答えた。
「うん、しばらく預かって色々試してみるって言ってたな。お茶としては大したものだって褒めてたぞ。このまま薬としても通用するくらいだって。スルジャも欲しいって言ってたな‥」
思いがけず褒められてジュセルは嬉しくなった。正直、薬効のことばかり考えて作ったお茶だったので味はたいしてよくないものだ。単純に効能を褒められた、ということは自分の目利きを褒められたということになる。前世の知識も多少は借りたが(においなどから似たような効能があるのではと予想していた)、自分の工夫を褒められるのは嬉しい。
「スルジャさんって人が解析をしてくれたのか?よかったらスルジャさんのために、俺お茶を作るよ」
「きっと喜ぶよ。二日酔いに効くやつが欲しいって言ってたかな‥‥でも材料の採取に行くには少し待っててほしい」
ケイレンのその言葉で、自分たちが襲撃されたばかりなのだ、ということを思い出したジュセルは、「あ、そうだよな‥」と呟くように言って、そのまま口を噤んだ。
結構な時間が経ってからようやくヤーレが帰ってきた。政府関連の仕事だったのか、正服を着用している。「うあ~面倒くさっ」と首周りの飾り紐をぐいっと外しながら応接室に入ってきた。
「何だお前、また狙われてんのか」
上着を乱雑に脱ぎ捨てて、長椅子にどっかりと座り込む。協会員に礼を言って、持ってきてもらったお茶を一息にすすっていた。
「グーラに狙われた」
「‥グーラに?」
ジュセルは聞いたことのない名前だったが、ケイレンとヤーレの顔を見ていれば、それが有名な裏請負 なのだろうということはわかった。
ヤーレは、ケイレンの隣にちょこんと座っているジュセルをつくづくと眺めて、ケイレンに視線を戻した。ケイレンは黙ったままこくりと頷く。
はあ、とヤーレは軽く息を吐いてもう一度お茶を呷った。すぐに空になったカップに自分で新しいお茶を注ぎ入れる。
「昨日言ってたやつは断りを入れたのか」
「ああ」
「‥‥それでこれか」
「‥‥‥ああ」
短いヤーレとケイレンのやり取りの内容は、ジュセルにはちっともわからない。きっと上級請負人 には色々あるんだろうな、と思うしかない。
ヤーレは目の端でそんなジュセルの様子を見た。まだ、気づいてはいないのか。
「‥どうする」
「受けて立つしかない。だが、もっと守りを固くしたい。三級以上の、護衛と機工に強い請負人 を一人都合してくれ。できれば住み込み可のやつがいい。それから防護機工の設置をしたい。費用に上限は決めないから今日中に頼む。できるか?」
「‥お前は無理難題をまあそんなにぺらぺらと‥」
ヤーレはケイレンの言葉を聞いて、白髪の頭を両手でぐしゃぐしゃとかきまぜた。後ろで三つ編みにされていた髪の毛が乱れてぴんぴんと毛が跳ね出てきている。
「ヤーレさん、頭がぐしゃぐしゃになってるよ」
「ケイレンのせいだな。‥あーわかった!」
すっくと立ちあがったヤーレは、鳥の巣のようになった頭のままケイレンの方にぴしりと指を指した。
「俺への特別手当も計上するからな!」
「構わないから早急に頼む」
「‥くぅ~~~~かわいげがねえっ!」
ヤーレはそう言い捨ててどかどかと応接室を出て行った。
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