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第39話
「防護機工をこの短い間に組むとは‥あちらもなかなか、本気で守る気なんだねえ」
報告を聞いたグーラはぐっと蒸留酒を飲み干した。かっと喉を熱さが焼く。この感覚がグーラは好きだった。どうせ酒を飲んでもグーラはほとんど酔わない。
横で辛気臭い顔をしているラスは、まだケイレンにやられた傷が癒えておらず腕に包帯を巻いたままだ。いい医者 にかかれなかったのか。
「‥どうしますか?黒剣のほかにも一人、請負人 があの家にいるようです」
「それが何級の請負人 か、わかってるのかい?」
「いえ、それは‥ヨーリキシャのようでしたが」
「使えないやつだねえ、あんたも」
鼻で笑ってグーラはまた蒸留酒をグラスに注いだ。乾燥豆の炒ったものを指先でつまんで口の中に放り込む。使えない、と断じられたラスはますます顔を歪ませる。
「‥こんな短い間にそこまでわからない」
「‥だから使えない、って言ってんだよ。‥あんたの親 、裏請負会 の副頭なんだろ?使えるコネも使いこなせきゃ意味がないね」
ラスは歪んだ顔にさっと朱を走らせた。苛々した様子で言い募る。
「うるさい!俺は別に親 がいないと何もできねえわけじゃねえ!」
グーラはその言葉を聞くとすっと目を細めた。そして包帯の巻かれているラスの手を素早く握ってひねり上げた。
突然襲ってきた激痛にラスは悲鳴を上げた。
「いっ、痛てええ!」
「‥お前の意見なんて聞いてないよ」
そう言うと、乱暴にラスの手を放り投げるようにして離した。突き放された形のラスは、よろめきながらひねられた腕をかばって呻き声をあげた。それに構わず、またグーラはぐいっと蒸留酒を呷る。ラスは忌々しそうにグーラを睨みつけた。
「‥あんたのせいでこんな怪我したんだぞ!それなのに・・」
「うるさいって言ってる」
カンッと大きな音を立ててグラスをテーブルに置く。その音にラスは一瞬びくっと肩を揺らしたが、それでも不服そうにグーラを睨みつけ、悪態をつくのはやめなかった。
「‥ちょっと名が売れてるからって威張ってんなよ!」
グーラはゆらりと立ち上がった。背を丸めて腕をかばっているラスを上から見下ろす。
「‥私は『ちょっと名が売れてる』んじゃなくて、『相当な腕利き』なんだよ。裏請負 駆け出しのあんたと違ってね」
「‥チッ」
ラスは小さく舌打ちをすると、そのまま身を翻して店を出て行った。カウンターの向こうで一部始終を見ていた店主が、グーラの前のグラスに新しい蒸留酒をまた注いだ。
「ケツは青いくせに気概ばっかりいっちょ前なやつは厄介だな。グーラ」
「‥まあね。副頭たっての頼みじゃなかったら、あんな奴使ってないよ」
短く息を吐いてから、また乾燥豆を口の中に放り込み、じゃりじゃりと嚙み砕く。
グーラにとっても、今回の襲撃失敗は苦い経験だった。長い暗殺稼業の中で、襲撃に失敗したなどということは駆け出しのころにしかなかったのだ。
今回、あの得体のしれない煙幕にしてやられたのは間違いない。が、自分にも慢心があったのかもしれない。
グーラはそう考えながらグラスをあけた。いくら飲んでもこの身体は酔えない。店員に合図して、一番度数の高い炎酒を持ってきてもらう。小さなおちょこのようなカップに注がれた飴色のそれを、グーラはまた一息に飲み干した。
さすがに身体の内を痛みにも似た熱さが駆け抜ける。一気に身体を火照らせるその熱を、グーラは楽しんだ。
ラスは何の技能もない駆け出しの裏請負 だ。普段、グーラは単独行動をすることがほとんどなのだが、裏請負会 副頭であるヨキナに「経験を積ませたい」と頼み込まれ、仕方なく同行させた。
何の技術も特技もないくせに、自尊心ばかり高くてこちらの言うことに素直に従いもしないラスはただのお荷物でしかなかった。肝心の襲撃の時になると相手の攻撃を避けることもできず、すぐに負傷して使い物にならない始末だった。
(‥面倒だ。いっそ事故ってことにして殺っちまおうか)
グーラほどの腕があれば、この大陸中どこへ行っても仕事はある。ここの裏請負会 からは追われるかもしれないが、そんなことぐらいは痛くも痒くもない。
(あんな奴よりも‥)
グーラは今回の標的であるジュセルのことを思い浮かべた。ほっそりとしたキリキシャの若者 。あの身体つきからしても荒事には慣れていないだろうに、瞬時に状況を判断して身を伏せ、そしてあのタイミングでの煙幕を使用するという行動力。自らが持つわずかなキリキをありったけのせてこちらに飛ばしてきた機転。
(あっちの方がよほど見込みがある)
こちらを一瞬見た、あの蒼い瞳。思い出すと今でも胎の奥がぞくりとする。
(啼かせたい顔立ちだったねえ‥)
必死になってジュセルを守るケイレンの姿も思い浮かんだ。依頼主の話では、ケイレンがジュセルに入れ込んでいるということだったがそれがよくわかる。
標的であるジュセルは、決して目立つほどの美形ではなかったがかわいらしい顔立ちだった。身体つきや身のこなしからいっても自分を守れるほどの腕はないのだろう。
グーラの手で息の根を止められるとしたら、その瞬間あの蒼い目はどんなふうに輝くのだろうか。想像するとゾクゾクとしたものが背を抜けるのを感じた。
「仕留めたいような‥手の内で飼っておきたいような‥」
ぼそりと呟いたグーラの言葉を聞き咎めた店員が声をかけてきた。
「何か言ったか?」
「いや‥」
ほんの少しカップに残っていた炎酒の滴をぺろっと舐めた。舌先に痺れるような熱さが残る。
「楽しみだ」
誰にともなくそう言って、グーラは妖艶に笑った。
ラスはグーラのところを去った後、裏請負会 の副頭室に駆け込んでいた。そこにいた自分の親 であるヨキナに、部屋に入るや否や文句をつける。
「ヨキナ!何でおれをあんな奴につけたんだよ!」
ヨキナはがたりと立ち上がった。百三十五歳になるヨキナにとって、ラスは諦めかけたころにようやく授かった子果で実った子どもだった。だからヨキナ達伴侶はラスがかわいくて仕方がない。ラスを二人の親 は、幼い頃から舐めるようにしてかわいがった。
そのせいで、ラスは少々、人格に難のある状態で成人してしまった。なまじヨキナが裏社会で力を持つ人物なだけに、ラスはその状態が許されるまま二十歳まで過ごしてきてしまったのだ。
何をやっても長続きしないこの子どもを、仕方なくヨキナは裏請負 の道に引き入れることに決めた。危険はあるが、まだ自分の目が届くところにいてくれた方が守れるだろう。そういう考えもあった。
幾つかの仕事を任せた後、今回の大きな仕事に噛ませてもいいかと考えた。主に仕事をするのは腕利きのグーラだ。グーラは仕事の選り好みが激しいが、ヨキナはグーラにちょっとした貸しがあった。それをたてにとって、普段一人で仕事をこなすグーラに助手としてつけることを了承させたのだった。
一流の裏請負 であるグーラの仕事を間近で見ることは、きっとラスのためになる。ヨキナはそう思っていたのだが、ラスの考えは違うようだった。
「グーラは腕利きの裏請負 だ。あのヒトの傍で見聞きすることはお前のいい経験になると思ったのだがな、ラス」
ヨキナは優しくそうラスに言い、長椅子にかけるように促した。ふかふかの長椅子に腰を下ろし、ラスは行儀悪く足を組んだ。
「こんな怪我までさせられるしさ‥あの藪医者 腕が悪いのか全然よくならねえし」
ラスがマリキシャの医師に暴言を吐いて治療を断られたこともヨキナの耳に入っていた。無論、それを聞いたヨキナは手のものを差し向け、その医師の家を手当たり次第に壊してやったのだったが。
ヨキナは鈴を鳴らしてヒトを呼び、お茶を持ってくるように言いつけた。ラスは相変わらずだらしなく長椅子にもたれかかっている。
「しかもあいつ、的に逃げられてんだぜ?本当に腕利きなのかよ?‥俺にこんな怪我はさせるし的には逃げられるし、到底一流とは思えねえよ」
グーラにぶつけられた不思議な煙幕の話はヨキナの耳にも届いていた。この十年余りで、そういう不思議な煙幕を使用して逃げられた、という話は五件ばかり耳にしている。‥そろそろその正体を突き止めねばならないのかもしれない、とヨキナは考えていた。
ラスはまだ何やらぶつぶつと文句を言っている。
「大体こういう仕事は俺に合わねえんだよなあ‥もっと、こう、部屋の中にいてもできるようなさ‥」
「ラス、また仕事のことは考えてやるから、とにかく今回の依頼だけはちゃんとグーラについて終わらせるんだ。お前がグーラについた、ということは、もう”裏”ではみな知っている。途中でやめたとなれば、お前の評判に傷がついてしまうだろう?」
優しい声でそう説いてくるヨキナに、ラスは仏頂面のまま黙り込んだ。その時、小柄なシンリキシャがお茶と菓子を持ってきた。おぼつかない手つきでお茶と菓子を置いたシンリキシャの顔を、ラスは下から覗き込んだ。そしてぐっとその腕を掴んだ。急に腕を掴まれたシンリキシャは小さな声で「ひっ」と声を上げた。
ラスはシンリキシャの腕を掴んだまま、ヨキナを見上げて下卑た声でねだった。
「‥グーラの仕事につきあうからさ、こいつ俺にくれよ。いいだろ?」
ラスの言葉を聞いたシンリキシャは顔を青くして身体を硬直させた。ヨキナはそんなシンリキシャの顔を見ることもせずにすぐに頷いた。
「ああいいよ。薬はいつものところにあるから、よく楽しんでおいで」
「わかった!」
恐怖のあまり動くことができなくなった小柄なシンリキシャの腕を掴んだまま立ち上がり、ラスはそのまま部屋の外へ引きずり出していった。
ドアの向こうから弱々しい声で「いや、嫌です、やめてください」「お願いします」「伴侶がいるんです」というシンリキシャの声が聞こえてくる。ラスはそれに構わずシンリキシャを引きずっているようだ。
泣きじゃくるシンリキシャの声がひっきりなしに聞こえるので、ヨキナはうるさいな、と部屋のドアを固く閉めた。
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