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第44話

一向に起きる気配のないジュセルを動かすわけにもいかず、アニスをジュセルの傍に置いたままケイレンは玄関ホールに向かおうと踵を返した。しかし、あっという間に駆け寄ってきた足音がジュセルの部屋の前の廊下にまでやってきた。 その気配を感じ取ったケイレンが、少し扉から離れて剣を構えた。 ダン!という音と共に扉が蹴り開けられ、蝶番がはじけ飛んだ。ゴトン、と扉の板が床に落ちる。 そこにはすらりとしたグーラの姿があった。 「グーラ!」 「あはあ、やっぱり防護機工に感知されたか。‥まあそうだろうとは思ってたよ‥ん?」 グーラは寝台横で弓を構えているアニスを見た。その瞬間、アニスが番えていた矢を放った。ひゅんっと矢はまっすぐにグーラをめがけて飛んでいったが、グーラはこともなげにそれを構えていた鎖鎌で斬り払った。 すぐさまアニスが次の矢を番えて放つ。グーラは楽し気に笑いながら二の矢、三の矢を素早く斬り払った。 矢が落ちたと同時にケイレンが、身を低くした状態から剣を振り上げてグーラに迫った。 グーラは矢を斬り払いながら視界にケイレンを捉えると、跳躍して避けた。 そして避けながら左手でアニスに向け、投擲刺剣を放った。それを見たアニスは弓を捨て、素早く短槍を取って何とかそれを叩き落とした。 しかしグーラは時を同じくして右手で再び投擲刺剣を放った。しかも左手では鎖鎌を持ち分銅をケイレンの方に放りながらの芸当だ。 ケイレンは飛んできた分銅を避けるために剣の鞘を投げつけた。軌道が逸れ、分銅が地面に落ちる。とすぐにグーラがぐんっとそれを引き寄せた。 「うぐっ!」 ケイレンが声に驚いてアニスを見れば、アニスの右肩に投擲刺剣が深々と突き刺さっていた。 「アニス!」 アニスは寝台に覆いかぶさるような恰好をしていた。おそらく、寝台にいるジュセルを狙った投擲刺剣を、自分の腕で受け止めたのに違いない。アニスは苦痛で顔を歪めながらぐっと刺剣を引き抜いた。ぴゅっと鮮血がほとばしる。その血が流れるがままにしてアニスは歯を食いしばった。 しかし、標的であるジュセルがここで眠らされている以上、この場から動くわけにはいかない。ぐらつく身体を支えながら、震える手で短槍を握りしめる。 グーラは思った通りに刺剣が当たったことに満足を覚え、次の攻撃に移ろうとしてふと違和感を覚えた。 どうも刺剣を受けた請負人(カッスル)の動きが妙だ。なぜ、寝台から離れようとしないのか。 寝台にジュセルが横たわっているのはグーラからも見えていた。まだ起きぬとは暢気なものだ、とばかり思っていたが、傍であの請負人(カッスル)が流血してなお動かないのは解せぬことだ。 そう考えた一瞬の隙を見逃さず、ケイレンが片手剣を脇に引き絞って迫った。グーラの正面まで来てから、すっと身体をひねりざまに剣を下から斬り上げた。 「っ、」 さすがにグーラも鎖鎌でそれをガチリと受け止めたが、そのまま押し合う形になった。お互いの刃がぎりぎりと噛み合う音がする。力なら押せる、とケイレンが押し込もうとした時にグーラがさっと身を引き刃をいなすと、後ろに飛びしさってケイレンの剣を躱した。 そしてまた鎖鎌を持ち替え、ぶんぶんと分銅を回しながらこちらを窺っている。あれを避けるには、と考えながらケイレンは左手に投擲刺剣を探った。 そのころ、アニスは毒が身体に回り始めたのを感じていた。身体全体に力が入らない。短槍を握ろうとしても指先に力が入らず、うまく握れない。 次第に身体を支えていることもできなくなって、上半身をジュセルが眠っている寝台に持たせかける形になっていた。 (麻痺か、または‥筋肉弛緩の毒だな‥) そうわかったからには解毒剤をのめばいいだけなのだが、もはやうまく腕を動かすこともできないくらいに毒が回ってきていた。 (くそ、回りが早すぎる‥!グーラが毒遣いと呼ばれているのは知っていたが、ここまでとは‥) 少し離れたところでは、カンカン、ガン!という激しく打ち合っている音が聞こえる。ケイレンが頑張っているのだろう。自分がここで役立たずになるわけにはいかない。 「ぐ、‥」 どんどん重くなっていく腕をじりじりと動かして、衣服の左にある隠しまで持っていく。そこには簡単な解毒剤が入っている。麻痺毒専用のものではないが、多少のものなら症状をしばらくの間緩和してくれる代物だ。これをまず口に入れなくては、とアニスが必死に腕を動かしているとき、視界の端に何か動くものが見えた。 (ほかにもいる‥?) グーラは基本的に単独行動の裏請負(ダスル)だと聞いているが、前回の襲撃の時にはもう一人いた、という報告は聞いていた。瞼も重くなってきていて、目を開けているのもかなりの力が必要な状態だったが、アニスはぐっと首と瞼に力を入れ、そちらを凝視した。 臙脂色の頭が見える。ヨーリキシャ、か? 身を伏せながらヨーリキシャがこちらに近づいてきている。‥剣戟の音が激しく聞こえているからには、ケイレンは気づいていないに違いない。 臙脂色の頭は少しずつ近づいてきて、もうあと三歩、というところまで近づいた時ヨーリキシャはすくっと立ち上がった、 「ははあ!この俺が、的の首獲ってやるからなあ!」 そう下卑た笑い声とともに叫んだヨーリキシャが、ジュセルめがけて刺突剣(シュトケ)を振り上げた。 ラスの声に気づいたケイレンが悲鳴を上げた。 「ジュセル!」 ラスが刺突剣(シュトケ)を振り下ろそうとしたその瞬間、その胸にはアニスが決死の力で繰り出した短槍が刺さり、その頭をグーラが投げた分銅が叩き割っていた。 胸と頭に致命傷を受けたラスは、そのままばたりとジュセルの寝台の上に倒れ込んだ。ガラン、と刺突剣(シュトケ)が床に落ちた。 ジュセルはそれでも目を覚ますことなく、深く眠ったままだった。 ケイレンは目の前で起きた出来事に、目を疑った。‥グーラはジュセルの命を狙ってここに来たのではなかったか。なぜ、それを果たそうとした仲間を殺したのか? そして残る力全てを使ってラスを刺したアニスは、とうとう身体中に筋弛緩毒が回って支えられなくなり、ずるずると床に崩れ落ちていた。 ケイレンはいまだ片手剣を構えたまま、グーラを警戒していた。しかし当のグーラは、忌々しそうな顔でラスの頭を粉砕した分銅をぐんっと近くに引き寄せた。 そして苛々した様子を隠さず、ずかずかとラスの傍に近づいた。それはつまりジュセルの傍に近づくということだ。ケイレンは慌てて後ろからグーラに斬りかかろうとした。 それを察したグーラが一喝した。 「やめろ!」 びりびりと空気が震えるような裂帛の気合い声に、ケイレンは思わず剣を引いた。グーラはじろりとケイレンを睨んで言った。 「‥とりあえず今はあんたたちに危害は加えない。こいつが死んでるかを確認したいだけだ」 そう言いながらもグーラはラスに近づこうとした。ケイレンは慌ててジュセルの横に駆け寄って自分の身体をグーラとジュセルの間に滑り込ませた。 「し、信用できるか!」 「‥‥別にあんたに信用してもらわずともいいけど」 グーラはそう言いながらラスの首根っこをひっつかんでその顔を見ると、脈を確かめた。 「‥ああ、ちゃんと死んでるよ。よかった」 グーラの言葉を不思議に思いながら、ケイレンは後ろ手にジュセルをかばっていた。グーラはちらりとそれを見てふむ、と頷いた。 「その子は眠らされてるんだね?」 ケイレンはむっとして言い返した。 「ふざけたこと言ってんじゃねえ、お前らが何か仕込んだんだろうが!アニスがそう言ってたぞ!」 「‥‥確かに、このヨーリキシャがなんか言ってたね」 グーラは少し考えてから、鎖鎌の分銅鎖をくるくると巻き付け腰に提げた。まるでもう戦う気はない、という意思表示に見える。 グーラは武器をおさめて身体を一揺すりすると、はあ、とため息をついた。 「‥‥舐められたもんだよ。このグーラに断りもなく、こんな小細工をこそこそと‥」 ぶつぶつと独り言ちてから、グーラはケイレンに話しかけた。先ほどまで命の獲り合いをしていたとは思えない平坦な声だった。

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