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第43話

「え?」 ケイレンはさっと顔色を変えた。ジュセルは外に出たがっているように思っていたのだが、自分は何か読み違えたのだろうか。 ジュセルは手にしていた包丁を置いて手を洗った。水けをふいて、きちんとケイレンの方に向き合う。 「‥俺のせいで、色々ケイレンには迷惑をかけっぱなしだし、‥家にいた方が警備もしやすいんだろうし‥依頼を受けられなくて全然ケイレンに金を返せる当てがないのは申し訳ないんだけど‥」 「そ、そんなこと気にしなくていい!もとはと言えば俺のせいなんだから‥」 「‥そうかも、知れないけど‥俺はそう思っちゃうからさ。だから‥外には出なくていいよ」 諦めたようなジュセルの表情は、少し浮かれていたケイレンの心をぎゅっと掴んで冷水を浴びせかけた。‥自分のせいで、ジュセルが本来持っていた明るさや爽やかさが失われていく。出会った時には請負人(カッスル)の試験に合格して、あんなに喜んでいたのに。 初めての依頼で森歩きをする中、真剣な様子で森の中の様子を探っていたジュセルの姿は、真剣に請負人(カッスル)になるために訓練してきたことを感じさせていたのに。 「‥ごめん、ジュセル」 「ケイレンが謝ることなんかないよ!むしろ俺がずっと世話になりっぱなしで申し訳ないくらいで」 ケイレンは思わずジュセルの言葉を鋭く遮った。 「そんなことない!何もかも俺のせいなんだ、俺が悪いんだよ!ジュセルはちっとも悪くなんかない、‥もっとジュセルは俺を責めたっていいし俺に世話になってるなんて思わなくていいんだ!」 ジュセルが驚いてケイレンの顔を見た。こんなふうに遮られたことはなかったし、こんな話し方のケイレンを見たことがなかった。 ‥‥いや、ある。あの、配達に来た請負人(カッスル)に対しての話し方。 あそこまで冷たくはなかったが、今のケイレンの口調はジュセルにあの時を想起させた。ジュセルに斟酌せず、感情のままに話すと、ケイレンはこういった話し方なのだろう、と思えた。 「‥‥思わなくていい、って言われたって思っちまうよ。自分で稼いでないのも、自分で自分の身が守れないのも事実だしさ」 話しながら、ジュセルは自分の口調がどんどんつっけんどんになっていくのがわかったが、もう止められなかった。 「‥万能薬、手配してくれてありがと」 それだけ言うとジュセルは走って厨房を出て行ってしまった。 残されたケイレンは、言葉もなくただその場に立ちすくんでいた。 ケイレンに近寄ってくる人々は、大体ケイレンの持っている『何か』が目当てだった。恵まれた体格や美しい顔、退異師や二級という肩書、そしてケイレンの持つ資産。 言葉巧みに近づいてくる人々は、ケイレンが自分の思ったように振る舞わないとすぐに眉を顰めた。文句を言った。与えても足りないと言い、もっと自分だけを贔屓しろと言った。 ケイレンは、そんな人々につきあうのに疲れて人づきあい自体をしなくなっていった。 そんな中、ケイレンをただのヒトとして見てくれたのは、ジュセルが初めてだったのだ。ケイレンの顔や身分、資産にさえもそれほどの興味を示さず、自分で払えるものは払おうとし、ケイレンからの好意にも胡坐をかかない。ジュセルになら顔だけだと言われても金を目当てにされてもいいとさえ思うのに、ジュセル自身はちっともそんな様子を見せない。 いつも、自分で何とかしようとする。何かしようとして無為の時間を過ごさない。 依頼に出られないことをジュセルが気に病んで、日々手の込んだ料理を作っていることも、もはやどこも掃除する場所もないほど屋敷中を綺麗にしていることもケイレンは知っていた。 そんなジュセルをますます愛おしく思うし何でもしてやりたいのに。 ジュセルは、ケイレンに何もさせてはくれない。 はあ、と小さく息を吐いて、ケイレンは手にしていた万能薬の包みを隠しに入れた。自分が肌身離さず持っていて、万が一の時にはジュセルに使う。 そのためには、ジュセルの傍からは絶対に離れない。 ‥‥ジュセルに、嫌がられたとしても。 ケイレンは、そのうちジュセルが命を狙われ続けることに耐えられなくなって国外避難を選ぶことを、何よりも恐れていた。 退異師でもあるケイレンは、おいそれとは国外に出ることはできない。光級か一級請負人(カッスル)にでもなればまた話は変わってくるが、一級の試験は滅多に行われないのですぐには無理だ。 何とかして、ジュセルを自由にしてやりたい。身の安全を保障してやりたい。そして自分の傍から離したくない。 自分に近いところにおいて、守りたい。愛したい。 ケイレンは唇を噛みしめながら考えていた。 夕食は、静かなものだった。ジュセルもケイレンもあまり話さない。アニスが一人で「うまいねえ!」とか「万能薬が来たなら森にでも行く?」などと話していたのだが、ケイレンもジュセルも気のない返事をするばかりで、中身をきちんと聞いて答えているとは思えなかった。 どうにもすれ違っているような二人の様子を見れば、正直アニスももやもやしたが、(まあこれが若いってことかも)と考え、ぐっと言葉をのみ込んだ。‥この世界で言えばアニスも十分若い方ではあるのだが。 黙々と食事が終わるとジュセルが風呂を沸かし、順番に入った。アニスはジュセルのために冷たい水でラッカ水の入った木筒(タプケ)を冷やしておいてやった。 「ジュセル、飲まないかい?」 自分は酒を少し飲みながら、風呂上がりのジュセルにラッカ水を差し出した。ジュセルは紅潮した顔で嬉しそうにそれを受け取った。 「ありがとう。風呂上がりにラッカ水飲めるなんて、なんか贅沢だな。‥‥ケイレンは?」 「‥あ~、もう、寝たっぽいかな‥?」 「‥そう‥‥」 いつも寝る前には少し話して、身体の触れ合いがあったのに。 そう思うとジュセルの心はずんと重くなった。‥自分の態度のせいで、怒らせてしまったのだろうか。夕食の時も、ジュセルはほとんどケイレンの顔を見られなかったので、ケイレンがどういう表情をしていたかはわからなかった。 アニスが差し出してくれた木筒(タプケ)とグラスを受け取って、ラッカ水を注ぐ。半透明の爽やかな果実水は風呂上がりの喉を優しく潤した。 「‥アニスありがと。‥俺、もう寝るね。いい夢を」 「ああ、わかった。いい夢を、ジュセル」 アニスの返事に頷いて見せて、ジュセルは自室に向かった。自室の二つ隣はケイレンの部屋だ。廊下で立ち止まり、そちらの方を眺めると扉の下から明かりが洩れていた。 (‥まだ、起きてたんだ‥) 部屋を訪ねて就寝前の挨拶をしようか、と随分迷ったが、結局扉を叩くことができないままジュセルは自分の部屋に入って寝台に横になった。 柔らかい寝具に包まれて、ジュセルはあっという間に夢の中に引き込まれていった。 ピーーッと無機質な警告音が響き渡り、アニスは飛び起きた。 防護機工の警報だ。侵入者を知らせるものだった。防護機工は侵入者があった場合、屋敷の中にいるものには音で知らせ、防護機工に感知されたものには痺れ線を巻きつかせ動きをとどめておく機能がある。 だが、グーラほどの手練れであればむざむざと痺れ線には捕まるまい。アニスは弓と矢筒を背負い、短槍を手に取って穂先を払った。 すぐさま二階へと駆け上がるとすでにケイレンが起きていて片手剣を構えていた。 「ジュセルは?」 「今から部屋に入る!」 襲撃に備え鍵はかけないように言っておいたので、部屋の扉はすぐに開いた。いまだに防護機工の警報は鳴り続けている。しかし、寝台の中のジュセルはぴくりとも動かない。 「ジュセル、ジュセル起きろ!襲撃だ!」 アニスが辺りを警戒する中、ケイレンが強くジュセルを揺すぶったが、ジュセルは全く目を覚まさなかった。 「‥ジュセル?」 ここに至ってケイレンは異常に気づいた。この耳障りな甲高い音の中、ずっと眠り続けていられるほどジュセルが気を抜いているとは思えない。しかもこれだけ揺すぶっても起きないとは‥。そこまで考えたとき、アニスが叫んだ。 「くそ!悪い、黒剣、やられた!あのラッカ水だ。なんか薬でも仕込まれてたんだ!私のせいだ!」 アニスがそう叫んだ時、玄関の方でドゴン!という大きな音が響いた。

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