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第59話

今日までは安全だろうと所用を済ませるため出かけていたアニスが、帰宅するのを待って夕食を取った。今日までは買ってきたもので済まそう、と市場通りで色々な食料を買ってきていたので、それを並べて食べた。かなりの量を買ったのだが、大食い二人は次々にそれらを平らげていき、買ってきた惣菜などはほとんどなくなってしまった。 「‥二人ともよく食べるなあ‥」 ジュセルはほとほと感心しながらその食べっぷりを見て、ふとこの世界のヒトは排泄をしないのだということを思い出した。 前世であれば、満腹だと感じても「別腹」などと言ってデザートや味の傾向の変わったものを食べることは普通だったが、この世界では「満腹」は正しく「これ以上は物理的に食べられない状態」を指す。 ジュセルも身体を大きくしたいと無理にも食べようとした時期があったのだが、「物理的に無理」なので食べられなかったし、無理にでも口にしようとすれば間違いなく吐いた。 結局この世界でたくさん食べられるヒト、というのは「食べられる能力を備えたヒト」であり、そういうヒトが身体が大きかったり力が強かったり、能力が高かったりするのだ。つまり、‥ジュセルはそうはなれない、ということである。 (‥まあ、生まれ持った能力の違いなんだろうから仕方ないよな‥) そう思って諦めるしかなかった。 「あ~‥うまかったけど、私はジュセルの作るご飯の方が好きだなあ。なんか、気持ちまで満たされるような感じがするし、美味しいしさ」 大きな肉の塊を咀嚼して飲み下したアニスが、果実酒が満たされたグラスを手にして言った。横でケイレンが嫌そうな顔をして、じろりとアニスを睨む。 「‥ジュセルは別にアニスのために飯を作ってくれてるんじゃないからな。俺と一緒に住むから作ってくれてるんだからな」 「うわ~~、相変わらず心が狭い!狭量なやつだなあ。ジュセル、いつでも考え直せるからな!そんなピアスなんて売り飛ばしちゃえばいいんだから!」 「えええ‥‥」 わざとらしく大声でそう揶揄うアニスに、ケイレンが真顔でゆらりと立ち上がった。 「‥喧嘩を売ってるんなら買うぞ、アニス」 「そんなもん、売った覚えはないよ〜。なあ、ジュセル?」 軽くそういなすアニスに、ジュセルは一つ頷いて見せてケイレンの腕を取った。 「‥何でそんなすぐに怒るんだよ。揶揄われるたびに怒ってたら身がもたないぞ」 「ジュセル‥」 繭をへにょっと落として情けない顔を見せる、そんなケイレンもかわいいと思ってしまった自分にジュセルは我ながら少し呆れた。 (やばい、このまま調子に乗ってたらバカップルまっしぐらだ‥) 「とにかくほら、座って!お茶でも淹れるからさ」 そう言ってケイレンの手を引き座らせた時、ビーッという音が鳴った。 がたり、とケイレンとアニスが椅子を蹴って立ち上がる。ジュセルが二人を見比べているとケイレンが固い声で言った。 「ジュセル、俺の部屋に行って鍵をかけて。ビルクの破裂玉持ってて。‥多分、グーラだ」 ごく、と喉を鳴らしてジュセルは頷いた。 「わかった」 そう言うと素直に二階に向かっていく。 アニスはすでに言葉もなく姿を消していた。ジュセルと入れ違いに弓と短槍を持って降りてくる。ケイレンにも片手剣を投げてよこしてきた。 「‥金の受け取りと遺体の引き取りってことだったけど‥‥用心するに越したことはない」 「ああ」 二人は武器を構えたまま、玄関ホールへと向かった。 「おやまあ、随分と大仰な出迎えだね」 片手剣を持ったケイレンと、階段の上から弓を引き絞っているアニスの姿を認めたグーラは、手をひらひらと振りながら暢気な様子でそう言った。 これまでに見たような身体の線が出るぴったりとした黒い服ではなく、ゆったりとした若草色の上下に身を包んだグーラは、髪も形よく結い上げておりどこかの良家の者のようだった。ズボンにはなっているが裾回りがゆったりと作られたそれは、スカートのように揺れている。 つかつかと武器を手にしたケイレンに近づき、むき出しの片手剣を気にする様子もなくずいっと右手を突き出してみせる。 「金、用意できたのかい?」 言われてケイレンはハッとした。武器は手にしていたが肝心の金を用意していないことに気づいたのだ。どう見ても戦闘用ではない衣服に丸腰(に見える)グーラの姿を改めて見つめ、軽く頭を下げた。 「すまん、今持ってくる」 そう言って自分の部屋に向かった。それを見た階段のアニスも番えていた矢を下ろし、(やなぐい)に収めた。 グーラはすたすたと玄関ホールの中ほどまで進み、アニスの方に向かってにやりと笑った。 「さて、どこに案内してくれるんだい?」 アニスは小さく舌打ちをしたが、苦い表情のまま顎で合図をして応接室へ案内をした。 「ケイレン!」 部屋の扉を開けてくれたジュセルが不安そうに迎えてくれた。 「あの、裏請負(ダスル)のヒト、来たのか‥?」 「ああ。今から金を渡してくるから、ジュセルはこのままここで隠れていてくれ。できるだけ情報を引き出したいから話も聞くつもりだ」 「‥わかった、顔を見せない方がいいんだな?」 そう問われて、前回のグーラの様子ではジュセルにこれ以上危害を加えるつもりはなさそうであったのを思い出したケイレンだったが、それ以上にジュセルに興味を持った様子だったことも思い出し、強く首を振った。 「その方がいい。絶対ここから出ないでくれ。扉を押し破ってくるやつがいたら迷わず破裂玉を使え」 「うん、わかった」 素直にそう言って破裂玉を入れている袋をぎゅっと握りしめているジュセルを、ケイレンはそっと引き寄せて額に口づけた。 そして隠し金庫から金の入った袋を取り出し、階下へ降りた。 玄関ホールには姿が見えなかったので居間や団欒室のある廊下へ向かえば、応接室から声が聞こえてきた。応接室にのみ二か所扉があるから、おそらくアニスはそこに案内したのだろう。 ケイレンが扉を開けると、グーラは大きい方の長椅子にゆったりと腰かけ、アニスは扉の近くで短槍を握ったまま立っていた。 「ああ、持ってきたかい?」 「‥ここにある。数えてくれ」 ガチャリ、と重い音を立ててテーブルに金の入った袋が置かれた。グーラは無造作にそれを手に取って口を広げ、中に入っていた共金貨を数え、最後に何枚かの共金貨に何やらの液体をかけた。 そしてもう一度共金貨を確認すると、小さな声で呟いた。 「ん、間違いなく本物の共金貨だ。数も二十枚確かにある』 ケイレンはむっとして言い返した。 「偽金貨なぞ使うものか」 グーラはからからと声を上げて笑った。 「そりゃあ、黒剣のいる”世界”はそうなんだろうよ!‥私が生きる”世界”は、そんな清廉なところじゃないもんでね。自己防衛の癖が身に沁みついてるのさ」 そう言うと、金の入った袋を小さくまとめて腰に提げた鞄にしまい込んだ。 ケイレンはそれを確認してから、金銭の授受の証明と今回の依頼を履行しないという旨を書いてあるシンリキ誓書を取り出して署名するように促した。にやりと笑ったグーラはシンリキ誓書を一読し、さらさらと署名をする。ケイレンは自分も署名をしてからグーラに質問した。 「依頼の不履行はいつ裏請負会(ダスーロ)に届けるんだ?」 グーラは立ち上がろうとしていた腰を、その言葉でまた長椅子に落ちつけた。 「へえ、まだこのグーラから情報を引き出そうってのかい?その割にはお茶の一つも出てこないじゃないか」 暗殺稼業などをしている者にそんなことを言われる筋合いはない、とケイレンは苦々しく思ったが、情報が欲しい気持ちの方が強い。一度はあ、と息を吐いてから言った。 「‥茶でも出せば情報をくれるのか」 グーラはニタアッと粘っこい笑みを浮かべた。 「‥ジュセルに、持ってきてほしいねえ。私はあの子が気に入ってるんだ」 「ふざけるな!殺し屋に標的をわざわざ会わせるバカがどこにいる!」 思わずかっとなってケイレンは叫んだ。しかし、グーラは全くそれには取り合わずニヤニヤしながら扉の方に顎をしゃくった。 「でも、あの子はもうそこにいるようだけどね」 その言葉に驚いたケイレンが一足で扉に飛びついて細く開けると、そこには俯いたジュセルが立っていた。 「ジュセル、」 「ご、ごめん、俺‥どうしても気になって‥」 ジュセルはいたたまれないような気持ちで口ごもりながら謝った。部屋の中の声はほとんど何も聞こえていなかったが、急に扉が引き開けられたことできっと自分の存在がばれてしまったのだろうとは見当がついていた。

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