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第60話
「やっぱりいたんだね。ジュセル!私にお茶淹れてくれるかい?」
グーラが部屋の中から大きな声でそう言ってきた。ジュセルはなぜ、お茶を要求されているかよくわからず、思わずケイレンの顔を見上げた。ケイレンは不安そうな、それでいて苦々しげな表情を浮かべてジュセルに言った。
「‥なんか、適当でいいから‥お茶淹れてくれるか?できたら扉を叩いてくれ。入ってこなくていい」
ケイレンはそう言いながらも部屋の方に背中を向け、ジュセルの姿が見えないように隠していた。
ジュセルは仕事をもらって少しほっとしながら頷いて、厨房の方へゆっくりと向かっていった。ケイレンは扉を閉めてぎろりとグーラを睨めつけた。
「‥もう、ジュセルに害を及ぼすつもりは本当にないんだろうな?」
グーラは大きな長椅子の背に身体を持たせかけ、右手をひらひらと振ってみせた。
「さあ?‥とりあえず、この依頼はもう履行しない、というだけさ」
ケイレンとアニスの顔にさっと緊張が走った。‥では、また依頼が新たに出されればジュセルを狙うということなのか?
二人のその顔を見て、グーラはぶっと吹き出した。
「あはは、悪い悪い、こりゃあこのグーラがあまりに根性曲がってたねえ。‥ジュセルが標的の仕事は受けないよ。まあ、あれを殺しちまったから私も身の安全を自分で確保しなけりゃならない。多分、国外に出ることになるだろうね」
そう言われて、いまだにこの屋敷内にラスの遺体が置いてあるのを思い出した。ジュセルに見つかったら、とひやひやしていたが、幸か不幸かジュセルは筋肉痛がひどいせいでほとんどこの二日間、屋敷内を動き回ることはなかった。
「‥副頭の子だったか」
そう呟いたアニスにグーラは頷いた。
「ああ、しかもひとり子だからねえ‥随分と甘やかしていたようだし、おそらく私にも暗殺の依頼がかけられるだろうね。‥あんたたちにもハリスとは別口で暗殺依頼がかかるかもしれない。用心することさ」
「いつ、裏請負会 に不履行を報告するんだ」
ケイレンがもう一度、先ほどと同じ質問をした。グーラはちら、と扉に目をやったが、すぐに答えた。
「明日の夜には定時報告することになってる。明日の夜までは大丈夫だろうね。‥私の後にどんな裏請負 が引き受けるかまではわからないが、私以上の腕利きは今イェライシェンにはいないはずだ」
こんこん、と扉を叩く音がした。ケイレンが弾かれたように立ち上がって扉に向かう。自分の身体を盾にしてグーラの目に触れないようにして扉を開けた。
「ケイレン、お茶、入れたよ‥あの、クッキーも少しあったから持ってきた」
「ありがとう。‥‥頼むから、俺の部屋にいてくれ」
「‥うん、わかった。ごめん」
ジュセルは素直にそう言って頭を下げ、ケイレンに盆を渡すとそのままゆっくりと内階段の方に向かっていった。
ジュセルが階段を上がっていった音を確認してからケイレンは扉を閉めた。そのまま盆を持ってテーブルの上に置き、茶器とクッキーの乗った皿とをグーラの目の前に置く。
「飲めよ。これで満足か?」
グーラはゆっくりとした手つきで茶器を取り、お茶を口に含んだ。
「ジュセルの姿も見たかったけどねえ。まあいいさ」
そう言って今度はクッキーをつまんで口に入れた。咀嚼してのみ込んだ瞬間、ひくりと眉を上げる。
そのグーラの様子を注意深く見ていたケイレンが思わず訊いた。
「‥何か変か」
グーラは長く白い指でもう一つ、クッキーをつまむと少しずつかじって食べた。そして全てを咀嚼し飲み込んでから一息にお茶を飲んだ。そして二ッと笑った。
「‥‥いや、別に」
そう言ってからすくっと立ち上がる。ケイレンとアニスもすぐに反応した。
「帰るのか」
「ああ。他にもう聞きたいことがなければね。私は間もなくこの国から出るだろうから」
「‥今の段階で聞きたいことはもうない」
硬い口調でそう言うケイレンに頷いて見せると、ちらりとアニスの方を見る。アニスも未だ短槍を握ったままグーラの方を注視していた。
「‥じゃあ、あの遺体を引き取ろうかね。案内してくれ」
言われたケイレンとアニスは、間にグーラを挟むようにしてラスの遺体を隠している場所まで案内した。
布でぐるぐる巻きにされているラスの遺体を、グーラはこともなげにひょいと肩に担ぎ上げた。
「じゃあ、もらっていくよ。‥よく守ってやんな」
そう言ってケイレンの方ににやりと笑ってみせ、グーラは門の前に繋いでいた馬へラスの遺体をのせ、帰っていった。
そして翌日。
すっかり日が落ちた頃、馬に乗ったグーラが裏請負会 の隠し事務所を訪れた。直接グーラがここを訪れるのは珍しいことだ。しかも、ヒトと思しきものを肩に担いでいる。広くはない事務所の入り口がざわめき、緊張感に包まれた。
呼ばれて出てきたヨキナが訝しげな顔をしてグーラを見つめていた。
「‥あなたがここに来るとは珍しいですねグーラ。どうしました?」
「ああ、依頼の不履行手続きをしに来たのさ」
あっさりとした口調のグーラに、ヨキナは目を見開いた。
これまでグーラが依頼の不履行をしたと聞いたことはない。駆け出しのころにはあったのかもしれないが、この数十年ではなかったことだ。何事が起きたか、と思わずグーラの担いでいるヒトらしきものに目をやった。
その視線に気づいたグーラはどさり、とその荷物を下ろした。
「依頼任務の途中でこいつが失敗をした。だからこいつは死んだ」
そう言って顔当たりの布を乱暴にぐいっとはぐる。そこから顔が半分潰れたラスの頭が現れ、ヨキナの顔は蒼白になった。
ラスの遺体を見つめたまま、何も言えず立ちすくんでいるヨキナにグーラは構わず滔々と話し続けた。
「‥このグーラのやりようが気に入らなかったのか‥どうも舐めた真似をしてくれてね。その結果がこれさ。頭の傷は私が、胸の傷は向こうにやられたものだ。まあ、仕方のない仕儀だったと思うよ」
そこにいた事務員らしきヒトや裏請負 らしきヒトが息をのんでその様子を見ている。きつく握られたせいで白くなったヨキナの拳がぶるぶると震えていた。
グーラはそんなヨキナの様子には全く構うことなくカウンターに近づき、顔見知りの受付係にニッと笑ってみせた。
「ほら、グーラの依頼受領書を出しておくれ」
その声を聞いてようやくヨキナが身体を動かし、グーラの方を向いた。その顔には血の気が無く、強く噛みしめられた唇からは血が滲んでいるのが見える。
「‥グーラ」
「何だい」
グーラは振り向きもせずに答えた。ヨキナはゆっくりと歩を進めてグーラに近寄り、がしりとグーラの肩を掴みしめた。
そこで初めてグーラは振り向いた。
「何だい、ヨキナ」
あくまでも冷静で恬淡としたグーラの口調に、ヨキナの身体がぐわりと怒りに包み込まれた。
「こ、このヨキナの愛し子を、たった一人の子どもを‥お前は、殺した、と‥?
」
グーラは冷たい声でそれに答えた。
「こいつは裏請負 として未熟な上に、このグーラを舐めた真似をした。だからしくじって命を落としたんだ。‥新人の裏請負 を一人前にしてから仕事に出すのがあんたの任務じゃないのかい?ヨキナ。こいつは死ぬべくして死んだ。‥‥そして、このグーラの裏請負 としての矜持を、こいつとあんたに傷つけられた。だから、依頼不履行をすることに決めたのさ」
静まり返った空間に、淡々とグーラの声が響き渡る。ラスが裏請負 として未熟であることは、割合多くの裏請負 が承知のことだった。誰もグーラを白眼視していないこの状況がそれを物語っている。
受付係がおそるおそる受領書を差し出した。その書類の下の方にある不履行の欄にさらさらと署名をすると、鞄から共金貨の入った袋を取り出してカウンターの上に無造作に置いた。
「不履行料、共金貨二十枚だ。数えてくれ」
その言葉を聞いたヨキナが後ろからグーラに殴りかかってきた。グーラはその拳をひょいと避けるとそのまま殴りかかってきた腕を掴んで引き倒し、床に落としたヨキナの身体の上に跨って押さえ込んだ。
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