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第72話

ジュセルはスルジャの言葉を聞いて目を見開いた。なんだかどんどん話が大きくなっていってる気がする。ただ、自家用に節約のため作っていた雑草茶だったのに。そんな効能があることなど思いもよらなかった。 スルジャは自分が書きつけた書類を何枚もめくりながらぶつぶつ言っている。スルジャの持ち込んだ道具を見て、ジュセルはふと思ったことが口を突いて出た。 「炒り小鍋はないのか?下から持ってこようか?」 スルジャはぶつぶつ言っていたのをやめてジュセルの顔を見た。そしてにこおおっと満面の笑みを浮かべた。 「だよね!?やっぱり焙煎して加えてるのもあるよね!あたしは絶対そうだと思ってたんだけど、他の解析師がわざわざそんなことするはずがないって言い張るから自信がなかったんだよね!やっぱりそうかあ焙煎してたかあ!」 嬉しそうに手をこすり合わせているスルジャに、やや身体を引きながらジュセルは苦笑いをした。 「うん、あの、炒った方が苦みが抑えられるものとかもあるからさ‥じゃあ炒り小鍋取ってくるね」 そのまま下の厨房に向かっていき、炒り小鍋を取り出した。これは香草や薬草を焙煎するとき専用に使っている鍋で、ジュセルが実家から持ってきたものだ。鍋自体はどこでも売っているようなありふれたものだったが、他の料理などに使うと苦みが移るかもしれないので別にしてあるのだ。 小鍋を手にして上に向かおうとしたジュセルは裏口から入ってきたアニスと行きあった。アニスはにこっと微笑んだ。 「請負人協会(カッスラーレ)の解析師が来てなかったかい?さっき防護機工の点検してるときに見かけたんだけど」 「うん、スルジャさんってヒト。俺の雑草茶の効能を詳しく調べたいとかで、なんかしばらくここに住むみたい‥?」 あれ、結局家主のケイレンはこのことを承知してたんだっけ?と思いながらジュセルは説明をした。アニスは少し考えるような素振りを見せてから、ああ、と頷いた。 「野獣狩りをしてたスルジャかあ!十年くらい前に一緒に大型野獣を狩ったことがあるよ。お互い、ヨーリキシャで荒事に関わってるの珍しいなって話をした気がする」 ジュセルは目を丸くしてアニスを見返した。確かに先ほどケイレンもそんなことを言っていた。スルジャはジュセルとあまり背丈も変わらず、どちらかと言えば華奢に見えていた。胸が豊かにあるので上半身はしっかりしているようだが顔は童顔の青年なので、たまにスルジャを見ていると混乱することがあった。それにしてもあの体格で大型野獣退治?ジュセルは首を傾げた。 「あの、自分で戦っちゃうってこと?スルジャさんて結構小さい、よな?」 アニスはふっと笑って答えた。 「小さいから身が軽いのかな。飛び回って野獣を仕留めてたよ。‥そうか今は解析師になっているのか。私はあんまり解析師のお世話になることがないからねえ」 「確かに‥アニスもヨーリキシャだから解析は自分でできるんだよな?」 アニスはそう言われて苦笑した。 「まあね。解析を専門にやってるやつには精度で敵わないけどね‥今からお茶を作るのかい?」 「うん、スルジャさんがそう言ってて」 「じゃあ私もお邪魔していいかな?」 ジュセルは大きく頷いた。 「全然構わないと思うよ。スルジャさんに訊いてみよう」 「いいよ~見てて面白いもんかはわからないけど」 スルジャはあっさりと許可を出した。そしてアニスをしげしげと見てから挨拶をした。 「三級のアニスだよね?よろしく!あたしは解析師だから位階はないけど」 「昔一緒に野獣退治をしたことがあるよ。覚えてないかい?クロウラールの殲滅作戦」 言われた宇スルジャは小首をかしげ少し考えていたが、パッと目を見開きああ!と言って手を打った。 「十、二年くらい前かな?クロウラールの大移動にぶち当たったときだね?‥ああ、あの遠方から弓で追い込んできたのは、あんただったのかあ!」 「あは、覚えててくれたのかい?」 アニスが言った後お互いに肩を叩き合う。スルジャはニッと笑った。 「あの時の連射、すごかったもんね!どんなヒトなんだろ~って思って狩りの後見てみたら、あたしと同じヨーリキシャだったから覚えてたんだぁ」 それに対してアニスもうんうんと頷いてみせる。 「へえ、奇遇だ。私もちっこいのに大きな戦斧(アックル)をぶん回してるヨーリキシャがいるなあ、と思って他の狩人に誰なのか聞いたんだ。そしたらあれは旋駒(せんく)のスルジャだよって」 ここまで聞いて、初めてスルジャが眉を顰めた。 「やだな、そんな呼び名思い出したくないよぉ」 ジュセルはケイレンの『黒剣』という呼び名を聞いてから、二つ名があることがなんとなく恰好いいような気がしていたので、いかにも嫌そうなスルジャが不思議だった。 「スルジャさん、そう呼ばれるの嫌なんですか?どうして?」 スルジャはぶすっとした顔のまま唇を尖らせた。 「だって‥旋駒、なんてチビがくるくる回ってるってだけの呼び名だよ?全然恰好良くないしさあ」 そう言って頬を膨らませているスルジャを見て、アニスがぷっと吹き出した。 「いや、でも働きがないと二つ名はつけられないからさ‥すごいと思うよスルジャ」 「う~‥もういいんだ!あたしは今は解析師だから関係ないの!」 スルジャは膝の上に載せていた頭をぱっと上げて軽く振った。アニスがそれをほほえましそうに見ている。そのアニスに向かって、スルジャが頼みごとをした。 「今から幾つかジュセルにお茶を作ってもらうんだけど、アニス被検体になってくれない?できれば鍛錬の後とかに飲んでもらいたくて。そんで、その飲む前の鍛錬の量を同じにしてほしいんだよね。できるだけたくさんの情報が欲しいから」 アニスは腕を組んで手を顎に当て、ふむ、と少し考える様子を見せた。そしてこっくりと頷いた。 「いいよ。後で黒剣にもちょっと言って鍛錬の内容を詰めてみようかな。どうせあいつだって鍛錬はするんだろうから‥‥スルジャはきっとケイレンにも飲ませる気なんだろ?」 そう訊かれたスルジャはにんまりと笑って頷いてみせた。 「とれる情報はこの際しっかりとっておきたいからね!色々解明したいのもあるし‥これがうまく行って請負人協会(カッスラーレ)が買い上げるってことになればきっとジュセルも助かると思うし」 ふいに話の先を向けられてジュセルは顔を上げた。 「あ、うん、今は俺何の収入もなくて‥全部ケイレンに世話になっちまってる状況だからな‥」 ジュセルの言葉を聞いたスルジャは不思議そうな顔をしてジュセルを見た。 「え?だって黒剣は金持ってんでしょ?じゃあ別にいいじゃん。ん?黒剣とジュセル、恋人になったんだよね?」 ジュセルが「まあ、そうだろうけど‥」と歯切れ悪く言うなり俯いてしまったので、スルジャは訝しげにアニスの方を見た。アニスは苦笑しながら補足するように説明した。 「私も気にすることないって思ってんだけどね‥どうもジュセルは金銭面で黒剣に世話になるのが、うまく飲みこめないみたいなんだよな」 スルジャは目を丸くしてジュセルを見つめた。心底不思議に思っている顔だった。 「え~なんで?恋人なんだよね?このまま喧嘩別れしなかったら将来伴侶になる可能性もある関係でしょ?」 ジュセルはその言葉を聞いて、やはり自分の考え方はこの世界(トワ)では変わっているのだな、と感じた。そうやってこの世界(トワ)での常識を教えてもらっても、経済的な面で、ケイレンにおんぶにだっこという状態を受け入れることは心理的に難しかった。 「‥俺も成人になって、自分のことは自分でやるべき年齢だし‥‥たまたまケイレンが金を持ってるからってそれにタカるような感じになるのは、どうしてもできないっていうか‥」 ジュセルの言葉を聞いたスルジャは、その内容をのみ込み切れないようで怪訝な顔をした。 「信頼関係のあるヒトの間で、持っている方が持っていない方に分け与えるのは当たり前だと思うけどなあ‥ジュセルって、ちょっと変わってんね」 「そう、かな‥あはは‥」 真っ直ぐにそう感想をぶつけられ、ジュセルは苦笑するしかない。やはり、自分はここの基準で言えば「変わっている」ことになるのだなあと再認識させられた。 アニスはそんな二人を宥めるかのように割って入ってきた。 「まあまあ、それよりお茶を作るところ見せてほしいな。私もできたらジュセル大茶ほしいと思ってるし」 「え、そお?じゃあ見ていきなよ~そいでたまに手伝ってくれる?アニスも解析できるんだよね?」 「ちゃっかりしてんなあ‥」 仕方ない、という顔で頷くアニスに、スルジャはニヤッと笑ってみせた。ジュセルはとりあえず自分が今やるべきことをやろう、と頭を振って切り替えることにした。

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