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第87話

スルジャは朝食を食べるとすぐ、部屋の生成機工躯体の様子を見てから買い物に出かけていった。かえって悪かったかな‥とジュセルが考えていたら、アニスが「スルジャはまた美味しいもの作ってもらおう、としか考えてないから大丈夫」と言ってくれた。 スルジャが帰ってくるまで、また回復薬の調合を一人で頑張ってやっていた。アニスとケイレンはまた二人で鍛錬をしている。時折、手紙や速信鳥などが二人のところにもやってきていたが、ジュセルはスルジャの部屋に籠っていたのでそのことには気づかないままだった。 アニスのところに届いたのはヤーレからの手紙。スルジャの作業が終盤に差し掛かっているから、そろそろロザイに連絡を取らなければならないが大丈夫か?というものだった。アニスは「大丈夫」と短い返事を出した。 ケイレンのところに届いたのは退異師会からの要請で、街はずれに異生物の発生が予想されているから出動しろ、というものだった。ケイレンは表情を厳しくした。 「‥街はずれ‥タラッカンのあたりか。‥最低でも二日はかかるじゃねえか‥」 請負人(カッスラーレ)の仕事は自分の意志で休むことができるが、退異師の仕事は余程の理由がない限り断ることは難しい。イェライシェンの現退異師会長は、真面目一辺倒、融通が利かないことでも有名な人だった。 それでも、自分の大切な人に身の危険が迫っているから、今回の出動は見合わせたい、という速信鳥紙をケイレンは飛ばした。このところ、速信鳥紙が大活躍だ。 おそらくはそれを許さない旨の返信がすぐにも帰ってくるだろう。その僅かな間にジュセルの警護について何とか考えなくてはなと、アニスと目を見合わせ頷いた。 昼前にスルジャが帰ってきた。カッソの木片と様々な野菜や果物、肉類も抱えて大荷物だ。 「今までこの家で出たことのない食材を中心に買ってきたんだ!ジュセル、またこれを使って美味しいもの作ってよ~♡」 そう言いながら、目を丸くしているジュセルの前でどんどん調理台の上に買ってきたものを広げていく。ゴロン、と転がり出た木片を見たジュセルは思わず叫んだ。 「うわまんま鰹節じゃん!」 「マンマカツオブ‥?いや、これがカッソの木片だよ?」 「あ、うん、そっか、あははごめん‥」 ごまかし笑いをしつつ、カッソの木片を手に取ってみる。 匂いも形も鰹節そのものだった。森の中でこの木はこんな匂いをさせているのだろうか‥?と不思議な気持ちになる。そんなジュセルの表情を見て取ったのか、スルジャが説明してきた。 「これはさ、カッソの実と一緒にしばらくつけて熟成させるんだって。その後乾燥させて三か月くらいでこの感じになるって言ってたかなあ?もっと熟成させるとまた違った匂いがしてくるらしいよ。カッソの木がよく生えてる地方だと、『食欲の木』って呼ばれてるみたい」 「ああ、確かに旨そうなにおいするもんなあ‥」 削りたい、これ削りたい。でも、鰹節削り器なんてこの世界(トワ)にはない。 「‥スルジャ、この木片をさ、できるだけ薄く削りたいんだけど、どうしたらいいと思う?」 藁をもつかむ気持ちでスルジャに尋ねてみると、少し首を傾げた後スルジャは言った。 「よし、やってみよう!」 今は解体用の場所となった車庫に行き、スルジャはデカい斧のような刃物を持ってきた。その下の方の刃を、木製の調理台にダン!という音を立てて少し斜めにぶっ刺した。 「うお!」 驚いて声を上げたジュセルに構わず、スルジャはカッソの木片をその斧の刃の下にくぐらせ、慎重に引いた。 しゅる!という軽やかな音を立てて木片は薄く削がれた。花かつおに比べれば随分分厚いが、それでも薄く削がれて鰹節のような体裁になっている。 「こんな感じでどお?」 「ありがとう!大丈夫!」 スルジャからカッソを受け取って自分でも慎重に削ってみる。最初はスルジャほど滑らかに削ることはできず、くずのようなものばかりだったが、次第にコツがつかめて削れるようになってきた。 「よっし、今日はこれで出汁を取るぞ~」 と、嬉しそうに無心で削っているジュセルをしばらく眺めていたスルジャが、ぽん、と肩に手を置いた。 「ハイ、ここまで〜。今から精製作業に行くよ~」 「‥‥‥ハイ」 昼食はスルジャが買ってきた具だくさんのパルジャ(=サンドイッチみたいなもの)とおかずで済ませ、午後は目いっぱい作業に打ち込んだ。その甲斐あって、夕方ごろようやくスルジャが生成機工躯体から手を離した。 「よし!とりあえず六個はできた!完成~~♡」 明るい声をあげてそう言うスルジャに、ジュセルは思わず目の前の台に突っ伏した。 「‥長かったぁ~‥」 今まで気楽にお茶の調合や自分たちで使う薬の調合くらいしかしてこなかったジュセルにとって、今回のスルジャとの仕事はその道の専門職と初めて行った細かい作業だったのだ、 いい勉強にはなったがこれほどまでに神経を使う仕事だったとは、と思い、改めて製品を世に出すための苦労というものを感じた何日かだった。 スルジャは出来上がった製品を綺麗に容器に並べて鞄にしまい、製法(レシピ)を書き記した書類をまとめ、別の袋に入れた。封蝋をかけ、ふわりと赤いヨーリキを流して封をする。それから姿勢を正してジュセルに向き直った。 「‥もう少し細かいところを色々詰めたりしたいけど、まあこれで一応の製品はできたことになる。製品も製法(レシピ)もシンリキ誓書で保護するってヤーレが言ってたし、あたしも自分で自分に保護の封をするから、製作者がジュセルだってことは外には洩れないと思う」 珍しくごく真剣な顔をしているスルジャに、ジュセルは思わずごくりと唾液を飲んだ。 「う、うん‥」 「それでも、世の中に絶対ってことはないから、ジュセルは自分の身の上がヒトに狙われるものになったんだっていう自覚はしておいてほしい。‥‥酷なことだけど、この先のジュセルの一生の中で、それはもう避けて通れないことだから」 「わかった」 「ん」 こくりと頷いてから、ようやくスルジャはにこっと笑った。 「本当はジュセルを解析部に招いてそこで色々製品開発をしたいんだけど、そうするとジュセル自身に目が行くことになると思うから‥あたしが今使っているこの部屋を解析・精製部屋にしてほしいって黒剣にお願いしてあるんだ。時々、あたしと一緒に色々な作業をしてもらうことになると思う。それがこれからのジュセルの仕事かな。普通の依頼は、受けることはなくなると思うよ」 「あ‥やっぱりそうなるのか」 言われたジュセルはがくりと肩を落とした。 せっかくビルクの元で丸一年近く、色々なことを習い覚えて一人前の請負人になるべく頑張ってきたのに。色々と事をわけて自分に教えてくれたビルクにも申し訳ない気がした。少しうつむいてしまったジュセルを気遣うようにスルジャが声をかける。 「ジュセルは依頼を受けたかったんだよね?‥まずはこの製品が売りに出てから考えたらいいと思うよ。こういったものは今までになかったものだから、多分正式に販売になったらすごい騒ぎになると思う。‥‥ヤーレは請負人協会(カッスラーレ)全体で必ず守るって言ってくれてるし、会長のカズリエも信用できる人だからさ。‥少し事態が落ち着いてから、依頼のことを考えてもいいんじゃないかな‥?」 気遣うようにジュセルの顔をちらちらと見つめながらスルジャはそう言ってくれた。その心遣いがありがたくて、危うく目が潤みそうになる。それをごまかすかのように軽く咳ばらいをしながら目と鼻を拭いて、笑ってみせた。 「うん、ありがとう。大丈夫だよ。‥俺、まだ自分が作ったものがそんなにすごいものだっていう意識がなくて‥全然ぴんと来てないんだけど‥でもみんなが俺のことを気遣って心配してくれてるのもよくわかってるから。本当に色々ありがとう、スルジャ」 ぺこ、と小さく頭を下げたジュセルに、今度はスルジャの方が少し涙声になってしがみついてきた。 「もぉぉぉジュセルかわいい!けなげ!黒剣の気持ちが少しわかるかも‥うん、大丈夫だから、ジュセルにはあたしもアニスもヤーレもついてるし!それにこんなすごいものの製法(レシピ)や精製に関わらせてもらえて、あたしの方こそありがとうだよ!」 ぎゅうぎゅうと抱きついてくるスルジャの腕を、苦笑しながらぽんぽんと叩く。身長はジュセルとほとんど同じで、すらりとして見えるスルジャだが、こうやって近づいていると意外に筋肉がしっかりしていることに気づく。 「‥スルジャも結構筋肉ついてるんだなあ‥」 しみじみとそう言って見つめているジュセルに、スルジャは腕を離して力こぶを作ってみせた。 「まあ、一応野獣狩りもやってた時期があるからね。ジュセルだって鍛錬したらこれくらいすぐつくよ!」 「はは‥そうかな‥」 以前、アニスと地獄の階段往復をやったのを思い出して、ジュセルは顔の筋肉を引きつらせながら笑ってごまかした。

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