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第130話
ケイレンが大事そうにジュセルを腕に抱えあげ、二階へ消えていったのを見届けて、残った人々はカズリエ以外にやにやしていた。
「やるかな?」
「やるだろ」
「やる一択だろ」
「だよね~~お預け長かったもんねえ」
「ジュセルも結構、お堅い感じだったしなあ」
スルジャ、アニス、ナジェル、サイリ、ヤーレの五人がてんでに勝手なことを言いながらにやにやと笑い合っている。それを聞いたカズリエが目を見開いて素っ頓狂な声を上げた。
「なに、あの二人まだやってなかったの!?」
「‥カズリエ、声がデカい。さすがにこの屋敷では二階に聞こえないとは思うけど!」
スルジャが口の前に指を立てて黙れというしぐさをしてみせた。カズリエは、は~~と呆れたような息を吐きながらひらひらと手を振った。
「何かすっごく恋人です、みたいな空気出されてたからとっくにやってるのかと思ったわよ。やってもないのに恋人なんて、ある?」
「カズリエ、ジュセルまだ十六歳だから‥」
宥めるように言うアニスの方を向いて、カズリエは首をかしげた。
「‥成人前にやってる子たちも、いっぱいいるわよ?」
「ジュセルはそういう子じゃないの!もういいだろ!多分今は‥お楽しみ中だろうし♡」
カズリエに向かって厳しい声をかけたスルジャだったが、後半はにやにやしながら嬉しそうに言った。
ヤーレはどっかりと長椅子に腰かけた。
「まあ、あいつらは色々とグダグダしてることが多かったからな!やっちまえばまあ色んなことに悩むこともなくなるだろ!」
「‥ヤーレ、それはあまりにも短絡的すぎる‥」
ナジェルが額に手を当てながら嘆息した。その横にはサイリがぴったりとくっついていた。サイリはナジェルの袖を引きながら言った。
「‥私も、ナジェルのことは心配だったし、久しぶりに会えて嬉しいんだけど?」
ナジェルは目を丸くしてサイリを見た。こんなふうにサイリが甘えてくれるのは、かなり珍しい。
ナジェルはひょい、と小柄なサイリを縦に抱き上げた。いきなりだったので思わずサイリは声を上げたが、しっかりとその手はナジェルの首に回されている。
「私はサイリと同じ部屋で寝る。私たちのことも、邪魔しないでくれよ?」
残った独り者たちは、苦笑しながら手を振った。いつも冷静で感情の起伏を表にあまり出さないナジェルが、恋人のサイリにはめろめろであるというのは上級請負人 の間では有名なことだった。
残った四人は、なんとなくお互いを見回してふうと息を吐いた。‥とにかく、色々なことが一区切りしたのだ、という安堵感が四人の胸にはあった。
「‥お茶でも淹れようか。ジュセルのお茶はないけど、結構いい茶葉がこの家にはあるから」
「え~、ってことはあの子のお菓子もないの?お菓子食べたかったぁ!」
ぶんむくれているカズリエをいなしながら、アニスが厨房へ向かい、スルジャが「手伝うよ」と言ってついていった。
「酒でも飲みてえところだが‥さすがにここには置いてねえからな』
「黒剣は酒あんまり飲まないからね。‥まあどうせすぐあたしたちは帰るんだし、お茶をもらったらあんたあたしを送ってね」
そう言い放って深々と長椅子に腰かけるカズリエに、ヤーレはこっそりため息をついた。‥しかしまあ、こういった性格のカズリエだから、曲者ぞろいの請負人協会 を運営できているのだとも言える。
「とにかく、これで回復薬生成のめどは‥えっ、ちょっと待って、じゃあジュセルって初物なの?それじゃ明日は使い物になんないかもしれないじゃない」
「‥‥カズリエ‥お前、情緒とかってどこに置き忘れてきたんだ‥」
とうとう両手で頭を抱え込んでしまったヤーレを、カズリエは訝しげに見た。
「‥情緒で問題が解決するんならなんぼでも持つわ、莫迦」
「‥そっすね‥」
その後、お茶を持ってきたアニス、スルジャと何でもないような話をしながら、四人は笑い合っていた。時間も遅くなり、ヤーレとカズリエは帰ることになったが、カズリエは最後までカズリエだった。
「スルジャ、アニス、聞くところによるとジュセルは初物らしいから多分明日はあんまり使い物にはならないわ。あんたたちでジュセルの作業が必要なところまで色々やっといて!んで、できるだけでいいからジュセルを手伝って作らせといてね!」
スルジャは、すん、と表情を落とした顔で「ハーイ」と応え、アニスはわずかに微笑んだだけで返事をしなかった。
朝、請負人協会 に出勤してきたヤーレは、ジュセルとケイレンがどんな朝を迎えていることだろう、と思って一人ニヤニヤしていた。正直、ケイレンの家に行って冷やかしたい気持ちでいっぱいだったのだが、さすがに大人の矜持が働いてそれはしなかった。
カズリエはすでに出勤していて猛烈に事務処理をやっている、と協会員から言われ、ヤーレも何か言われないうちに仕事に取りかかるか、でもその前にザイダの様子でも窺っておくかな、と思った時に、カズリエが血相を変えて建物の階段を駆け下りてきた。
「ヤーレ、すぐに黒剣の家に行って!これ、速信鳥紙も持ってって!早く!」
「待て待て、カズリエ何があった!?」
色々解決してよかった、と昨日話したばかりだというのに。
カズリエは苦い顔をしてヤーレに速信鳥紙を押しつけた。
「‥‥ハリスが脱獄したわ。しかも抑制腕輪を解錠して精神操作を獄吏に仕掛けて出て行ってる。‥獄吏の三人は、今意識不明の重体よ」
ヤーレはぴたりと身体の動きを止めた。
ハリスのシンリキは、この国の中でも一、二を争うほど強力だ。
しかも、小さい頃からそれを使ってヒトに言うことをきかせていたらしく、異例の十歳という幼さで抑制腕輪をつけさせられたのだと聞いている。
「‥どこに逃げたのか、わかって‥」
「わかるわけないでしょ、あいつがシンリキ全開で逃げてたら目撃者なんて出てこないわよ」
ヤーレはへなへなとその場にうずくまった。
待ってくれ、じゃあザイダは?ハリスをこの状況にまで追い込んだのは、表向きにはザイダでしかない。あいつの安全は確保されているのか?
「‥関係者の、警護状況は‥?」
「そこまで知らないわよ!脱獄は先夜深更、知らせがうちに来ただけでもありがたいところなの!あんたはまず、ジュセルの安全の確保を優先して。しばらくあの屋敷に詰めてもらってもいいわ。そこから情報収集して。速信鳥紙が無くなったらすぐにまた追加を送るから無くなりそうになったら言うこと」
「あ、ああ‥」
シンリキによる精神操作は、本来はとても繊細で難しいものだ。だが、獄吏の三人が意識不明の重体であるということは、ハリスがなりふり構わずそのちからを使っているということに他ならない。
ハリスは、もう表舞台に出てくる気がないのだ。
ヤーレは、床についた拳をぎゅっと握りしめた。
「‥‥多分、あいつ金は持ってるよな‥」
ふう、と息を吐いてカズリエが頷き、顔を歪めた。
「預取金庫 は、預金者を絶対に守るからね‥国家を相手にしても、その情報は漏らさないし、屈しない。多分、預取金庫 に自分の資産のほとんどを隠してるんだと思うわ」
ヤーレは押しつけられた速信鳥紙の束を隠しにねじ込んでゆっくりと立ち上がった。小柄なカズリエを見下ろしながら確認をする。
「‥とにかく、ジュセルの安全の確保が第一。あの屋敷に滞在しながら各種対応を考えることと情報の収集。‥あとは、回復薬の秘匿。俺の役割はこんなところか?」
カズリエは頷いた。
「また細かいことで頼むことがあれば私も鳥を飛ばすわ。‥‥きっと、請負人協会 にも、シンリキ遮断頭環の注文や護衛の依頼なんかが入りだすと思う。しばらく混乱すると思うから、そのつもりでいて」
「わかった」
頷いて出て行こうとするヤーレの後ろ姿に、カズリエは声をかけた。
「あんたの大事なヒトについては、多分今のところ大丈夫よ。族長と次代には、シンリキ遮断頭環があらかじめ配布されてる』
驚いたヤーレはきっと振り向いたが、既にカズリエは奥の階段に向かって小走りに上がっていくところだった。
頭を掻きながらヤーレはうめいた。
「‥‥油断も隙もねえな‥」
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