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第131話

朝早くやって来たヤーレの知らせは、屋敷中の人々を驚かせた。まだ身動きのできないジュセルだけを寝室に残し、他の面々‥ケイレン、ヤーレ、アニス、スルジャ、ナジェル、サイリが団欒室に集まっていた。 皆、一様に表情は固い。 ヤーレがやってくる前に、たまたま肉屋のオスラと八百屋のティズルが配達に来てくれていた。今となってはそれはありがたかった。さすがにこの短時間で、ハリスがオスラやティズルに何かしているとは考えにくかったからだ。だから安心して食料を受け取ることができた。 だが、「しばらくこの付近は物騒だから、知らせるまでは配達を止めてくれ」と伝えるのもケイレンは忘れなかった。 オスラは首を傾げた。 「何だ、なんか厄介なやつに絡まれてんのか?」 「‥‥そんなとこだ」 「俺ァそんなやつらにやられるほどヤワじゃねえぞ」 二十二カル(=約198㎝)以上はある大きな身体を揺すりながらオスラは笑ったが、これまでにないような真剣なアヤラセの目を見て、口を噤んだ。 「‥わかったよ。お前も気をつけろよ?」 そう言って帰ってくれたので、ケイレンはホッとした。ティズルの方は何を言うでもなく素直に頷き、落ち着いたら連絡をくれとだけ言ってすぐに帰っていった。 「食料は多分四、五日分くらいならあるだろうけど、買い出しとかは気をつけなくちゃだね‥」 スルジャがぽつりとつぶやいた。アニスがその後を引き取るように言う。 「ハリスの当面の目的が何なのかわからないうちは、そこまで警戒しなくてもいいと思うけど。まだ脱獄してからの足取りは掴めてないんだろ?」 水を向けられたヤーレは、苦虫を噛み潰したような顔つきで苛々と答えた。 「‥‥待っていてもハリスの情報が掴めるかはわからん。あいつはもう、シンリキ抑制腕輪をつけてないんだ。その辺の奴ならすぐさま精神操作をされて自分がハリスに会ったかどうかもわからなくできるんだぞ」 「苛ついても仕方がないだろ、ヤーレ。シンリキ遮断頭環(とうかん)はあるのか?」 ヤーレは力なく首を横に振った。 シンリキ遮断頭環(とうかん)とは、文字通りシンリキを遮断して精神操作を受けなくするためのものである。頭にすっぽりと嵌める輪の形をしているのでそのように呼ばれている。 しかし、その材料となるのが異生物由来の珍しい鉱石であり、おいそれと売っているものではない。基本的には受注生産で作られるものだ。 本来であれば、高いシンリキを持つものはどの国でもしっかりとその存在を掌握され、抑制腕輪をもって制御されているものなのだ。だからシンリキ遮断頭環(とうかん)が大量に必要になる状況など、これまでなかった。 シンリキ抑制腕輪の解錠など、これまで試みた者もやってのけた者もいなかったのだから。 「‥請負人協会(カッスラーレ)として一つだけ持ってはいるが、今遠方に行っている請負人(カッスル)が使ってるんだ。だから、一つもないし‥‥ハリスを恐れる政治家や権力者たちがこぞって作らせるだろうから、俺達の手に入るのはいつになるかわからないだろうな」 大きく息を吐いて、ヤーレは言った。 「基本的には目を見るな。目を見ると心の支配権を奪われると聞いてる。相手のことなど考えずに行われる精神操作は、えぐいぞ」 「‥目を見ずに戦う、か‥私はやりようによっては可能だけど、アニスや黒剣は難しいんじゃないの?」 ナジェルの言葉に、ケイレンとアニスは顔を見合わせた。お互い、身体能力を存分に使って戦うやり方をしている。相手の目を見ずに戦う、というのはかなり非現実的だった。 「‥‥ずっと弓ばっかり使うわけにもいかないしね‥なかなかの問題だな」 アニスも深いため息をついた。 その時ビーッと呼び出し音が鳴った。思わず一同が浮足立つ。皆腰を浮かせ立ち上がろうとするのを、ヤーレが押しとどめた。 「待て、俺が見てくる。‥‥万が一、ハリスだったらとにかく叫ぶから逃げろ」 目が合って精神操作されるまでには、二、三秒の時間がかかると言われている。その二、三秒で叫ぶ、ということだろう。ケイレンはヤーレのその言葉を聞くとすぐさまジュセルがいる寝室へと駆け出していった。 ヤーレは玄関扉まで来ると、ふう、と息を吸って腹にぐっと力を入れた。そしてそのまま鍵を開けて玄関扉を開けた。 「‥っ」 「よう、ヤーレ。お前ここにいたのか」 叫び声をあげる準備をしていたヤーレの目の前に現れたのは、やや小柄なキリキシャ、光級請負人(カッスル)のティルガだった。 「‥っお前かぁぁ‥」 ふは~っと大きく息を吐き、膝に手をついてがっくりと頭を下げたヤーレの姿に、ティルガは面食らった。 「‥俺、だけど‥ここに来たらまずかったか?あの、俺を庇ってくれたケイレンが、一度屋敷に来てくれと言ってたもんでな。タラッカンでのあれこれが落ち着いたから来てみたんだ。ケイレンはいないのか?」 そう説明してくれるティルガに、なるほどとヤーレは頷いた。タラッカンでは話したくても話せないことがあったのだろう。ティルガも、あの力素回復薬のことはわかっているはずだ。 その生成者が、ジュセルであることも。 ヤーレは素早くティルガを中に引き入れ、用心深く辺りを見回してから玄関扉を閉め鍵をかけた。その様子を見たティルガは眉を顰めた。 「‥何か、あったのか?」 「さすがにまだ、タラッカンまでは知らせはいってないか‥」 ヤーレはそう呟いて、ティルガを団欒室へと案内をした。ティルガは大人しくヤーレの後ろをついて歩きながら、首を傾げた。 「何の知らせだ?」 「‥ちょっと話が複雑だから、まあ入れ」 団欒室に入ってきたティルガを見て、一同は驚いた。特にアニスは目をみはっている。 「みんな知ってるか‥あ~、サイリは知らないかな?光級請負人(カッスル)のティルガだ」 「ティルガだ、よろしくな。‥ケイレンは?」 そう尋ねるティルガに、ハッとしたスルジャが席を立った。 「呼んでくるよ」 ぱたぱたと走っていくスルジャの足音を訊きながら、アニスはじっとティルガを見つめた。前回、屋敷で会った時はケイレンの容体のために急を要していて、ほとんど言葉を交わしていない。だからじっくりとその姿を見るのは、本当に何十年ぶりかだった。 「‥あんまり変わらないね、ティルガ」 ティルガはアニスの方を見て、にこっと笑った。人好きのするその笑い方は、何も変わっていなかった。 「アニスは変わったなあ。大人っぽくなったし‥腕利きの気配がする」 「‥そうかな」 「ああ。成長したんだなあ」 そう言って明るく笑うティルガの姿を見て、何となくアニスはホッとした。ティルガは何も変わっていない。変わったのは‥‥自分だ。 「ティルガ」 「ん?」 アニスはきゅっと拳を握りしめ、一気に言った。 「私‥多分、もう少ししたら伴侶を持つ」 ティルガは大きく目を見開き、そしてぱあっと明るい笑顔になった。 「よかったな!」 「ちょ、アニス、それマジ?」 「え~アニスおめでとう!」 「相手は誰だ?同じ請負人(カッスル)なのか?」 ヤーレ、サイリ、ナジェルもアニスの言葉をしっかり聞いていて、それぞれに言葉をかけてきた。それに対してはアニスは曖昧に笑うだけにとどめた。 ティルガは太い腕を伸ばしてアニスの頭を撫でた。今ではティルガの方が少しだけアニスよりも背が低い。 「よかったなあ!幸せになれよ。伴侶誓言式は挙げるのか?」 「いや、届け出だけになると思う。‥‥それに、伴侶になるのは‥もう少し先だと思うし」 だんだん恥ずかしくなってきて顔を伏せたアニスの肩を、ティルガはとんとつついた。 「‥短髪のシンリキシャか?」 咄嗟にその言葉を躱すことができず、アニスはぎくりと固まった。それを見てヤーレはひえっと息を引き、口に手を当てた。 「アニスお前‥マジで‥ロザイ‥?」 アニスは他の面々もいる中ティルガに話してしまった自分の失態を呪いながら、努めて平静を保ってみせた。 ヤーレがもう少し突っ込もうとしたとき、スルジャがケイレンを連れて戻ってきた。 ケイレンの腕にはジュセルが大事そうに抱きかかえられていた。

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