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第132話
「カラッセ族の元次代族長候補が脱獄?」
ティルガはヤーレの言葉を聞いて繰り返した。
団欒室はティルガを含めた八人で埋められ、珍しくほとんどの長椅子が使われている。
ひときわ大きな一人掛けの安楽椅子には、ジュセルを頑として膝の上から離さないケイレンが座っていた。ジュセルはもうケイレンに逆らうのを諦めて、顔を赤くしたり蒼くしたりしながら俯いたままだ。
「俺の記憶が確かなら‥カラッセ族の次代はシンリキシャじゃなかったか?それもかなりの高能力 の‥」
ティルガがそう言いかけたところを、ヤーレが引き取った。
「だから厄介なんだよ。しかも資金も潤沢に持っていると言っていい。情報を集めるのにも慎重を期さなければならんし、そうやって集めた情報が果たして正しいのかも疑ってかからなきゃならんし‥正直、どこから手をつけていいかわからん」
珍しくヤーレがやけっぱちな言い方をして、どさっと長椅子の背もたれに身体を預け天を仰いだ。他の面々もそれを見て黙ったままだ。
そんな中、アニスが口火を切った。
「さっきも言ったけど、まずはハリスの目標‥というか、自由になったら何を一番にするか、ってことを考えてみないと」
ケイレンが腕の中にジュセルを閉じ込めたまま、それに応える。
「正直、ジュセルの命を狙うことが、今のハリスの最優先事項だとは思えない。‥このまま、裏社会で生きることに決めたのなら本格的な寝ぐらも要るだろうし、組織だってちゃんとしたものを持つ必要があるだろう。まあ…組織の方は、もうすでにあるのかもしれないが」
ヤーレは苦い表情を崩さないままそれに応える。
「俺たちが調べたものやザイダが掴んだ情報によれば、ハリスは既に結構な組織を持っているとみていい。そういった機動力を、まず何に使うのか‥確かに、すぐさまジュセルを狙いに来るとは考えにくいな」
「そもそも、ジュセルを狙っていたのは黒剣が欲しいから、だろう?こうなった以上、ジュセルのことなんかすっ飛ばして、黒剣の身柄を奪いに来る可能性だってある」
真剣な顔でそう語るアニスに、一同は沈黙してしまった。
それに対して、ケイレンは首を振った。
「‥確かに、あいつはかなり俺に執着していたと思うが、俺は自分の身ぐらい守れる」
「お前が腕利きかどうかなんて関係ねえんだよ、あっちはシンリキ操作ができるんだから」
ケイレンの言葉を切って捨てるようにヤーレが反論する。
一連の話を聞いていたティルガが、ケイレンの方を見ながら言った。
「‥俺が、ケイレンの警護をしよう」
思わぬ言葉に、皆一斉にティルガの方を見る。アニスは驚きながらも当然の疑念を口にした。
「いや、だってティルガそんな暇ないだろ?仕事が途切れたことないじゃないか。今日だって仕事の合間に来たんだろ?」
「まあそうだが‥今請け負ってる仕事は、サンリンザン共同統治国のやつだ。あそこの総主には少し貸しがあるからな‥ちょっと待ってろ」
ティルガはそう言うと席を立ち、少し皆から離れた場所に立ってしばらくぶつぶつ言っていたがふわっと空気を揺らめかせてその姿を消した。
初めて目の前でティルガが消えたのを見た、ケイレン、ジュセル(自分も一緒に転移したので消えたところは見ていなかった)サイリの三人は、そのあまりの呆気なさに驚いて周囲を見回した。
ティルガの転移には慣れているアニスがそれを見て苦笑した。
「びっくりするよね。私も久しぶりに見て、ああ、こんな感じだったなあ、と思ったけど‥もう、ティルガにとって転移はただの移動でしかないからな」
それを受けたサイリがため息をつく。
「話によると、龍人 様も転移はできるらしいんだけど、見たことはないんだよね‥。まあ、そもそも龍人 様に会ったこと自体があんましないんだけど」
そして、サイリはヤーレの方に身体を向けて座り直した。温和な顔にある目が厳しく鋭いものになっている。
「ねえ、そもそもハリスはどうやって抑制腕輪を外したの?腕輪はどんな状態だった?残されてなかった?」
思いもよらない質問を受けて、ヤーレはカズリエに受けた一連の説明を思い浮かべた。
「‥いや、解錠された状態で牢獄内に落ちていたと言ってた気がする。どんな手を使ったかはわからないが、‥壊したんじゃなくて『解錠』してあったんだな‥」
そのことの意味に気づいたヤーレの言葉がだんだん口の中に籠っていく。サイリはそれを聞いて、小さく頷いた。
「正式な仕事ではないんだけど、‥カルカロア王国から逃亡している技術者がいるの。名前はグンデ、ヨーリキシャ。‥金庫の解錠や公的機関建造物への侵入なんかで確保指令が出てる人物。私が十二部族国にすんなり来れたのも、こいつを追うっていう名目があったからなんだ」
サイリはゆっくりとした口調で説明をした。その話を聞いたヤーレは顎に手を添えてうーんと唸る。
「‥正直見た目じゃあどこの国の者かわからんしな‥特にカルカロア人は十二部族人と変わらねえし。入国の記録を見たってわからねえだろうなあ‥」
サイリは少し苦い顔になりながら付け加える。
「本名じゃ入国してないだろうし、そもそも正規のルートで入ってきたかもわからない。でも、一応顔の写像は、ここに来た時に請負人協会 に渡したんだけど‥その後タラッカンや回復薬の騒ぎがあったから、どこかに紛れちゃったのかもね」
ナジェルが腕組みをして言葉を添えた。
「どういった手段でかはわからないけど、獄中にいるハリスと何らかの形で連絡を取り、‥解錠鍵を渡したんだろうな。でなかったら解錠された腕輪が綺麗に残っている筈がないし」
「‥‥やはり、抑制されていないハリスのシンリキは大きいのか‥」
誰に聞くでもなく、ジュセルをぎゅっと抱きしめながらそう零したケイレンの言葉に、ヤーレは深く頷いた。
「子どものころでさえ、一度に複数人の意識を操っていたんだ。ハリスの親 は、その時は子どものしたことだからと大きな騒ぎにはしなかったらしい。その代わりきっちり抑制腕輪をつけさせて半年近く、家の中に軟禁して言い聞かせたらしいんだが‥ハリスの親 ‥現カラッセ族長のゼーダ様自身は人格者で知られた方だ。だからこそ、ハリスに対する期待も大きかったんだが‥」
スルジャは鼻息荒く、ふんと言い捨てた。
「親 が立派だからといって、子どもも立派だとは限らないよ!その逆だってね!」
そう言いながら横でケイレンに抱えられているジュセルの腕をそっと撫でた。それを見たケイレンがひったくるように腕を取り、ジュセルを抱えたままスルジャに背を向けた。
「黒剣心が狭い!あたしとジュセルの友情の間に入ってくんなよ!」
「うるさい、俺とジュセルの愛の間に入ってくんな」
そのやり取りを聞いていたジュセルが、さすがに呆れてぐいとケイレンの胸を押した。
「ケイレン、俺座るだけなら大丈夫だからおろして」
「‥でも」
「おろして」
強い調子で言われたケイレンは、しぶしぶ腕の中からジュセルを開放して隣に座らせた。ここぞとばかりにスルジャが抱きついて、ケイレンの方を見て舌を出した。
「スルジャてめえ」
「ケイレン、黙ってて‥あの、スルジャありがとう、心配してくれて‥それから皆さん、昨日はすぐに寝ちゃってごめんなさい」
ヤーレ、スルジャ、アニス、ナジェル、サイリの顔には、なまぬるい笑顔が浮かべられそれぞれ(うんうん、忙しかったよな‥身体は大丈夫かな‥?)という気持ちが滲み出ていた。
それを悟ったジュセルは、顔を赤くしながらも頭を下げた。
「‥いつも、みんなに世話になりっぱなしでごめん。‥それと、今の話を聞いてて思ったんだけど、ハリスだってちからを使えば回復するまでに時間がかかるだろ?一日にどのくらい、その‥シンリキによる精神操作?ができるのか‥どこかから割り出せないかな?って思ったのと、そんだけばんばんシンリキ使ってたら、そのうち力素回復薬のことが耳に入って、手に入れに来るんじゃないかな、って思ったんだけど‥」
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