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第133話
*132話を二回投稿してしまっておりました。申し訳ありません。
134話は本日正午に更新致します。
ジュセルの言葉を受け、ヤーレは少し目を見開いた後両手でガシガシと頭を掻いた。綺麗に編み上げられていた髪が半端にほどけて、ぴんぴんとはみ出してしまっている。
「‥確かにそうだな‥あいつの能力の凄まじさにばかり目がいっていたが、ハリスだとて力素切れは起こすはずだ。一日にあいつがシンリキ操作できる上限、を推し量っておくのは重要なことかもしれねえ」
ヤーレの言葉を聞きながら、一同は頷いた。ジュセルは痛む腰を無意識にとんとんと叩きながら続けた。
「その‥逃げたときに操作されたヒトが何人かとか、精神操作の影響がどのくらいのものが多かったか、とか、そういうことでも推量できるんじゃねえかな、と思ったんだ」
「‥だな。わかった、とりあえずやつが脱獄した時の詳しい現場状況を知らせてもらえるよう、カズリエに鳥を飛ばしてみる。難しそうなら俺が直接大国議会警察に出向いてみるわ」
そう言ってすぐにヤーレは席を立った。
「‥すまんが、しばらく俺もこの屋敷に詰めさせて欲しいんだ。どの部屋だったら使える?」
そう訊かれてジュセルは考え込んだ。意外と今、部屋は埋まっている。
アニスの部屋、スルジャの部屋、‥サイリとナジェルは同じ部屋でもいいのだろうか。しかしそれでもう客室の三つは埋まってしまう。後は使用人用の、ごく狭い個室が三つあるだけだ。
「えっと‥今客室は全部埋まってて、寝台を入れられるのが一階にある使用人向けの小部屋しかないんだよね‥」
「ああ、それで全く問題ない。あー、その代わり作業で団欒室を使っていいか?あそこで色々書きものをしたり人と会ったりしたい」
ジュセルが横にいるケイレンを見た。ケイレンは、ふう、と小さな息を吐くと頷いて言った。
「構わない。ただ使用人部屋にはマジでなんもねえ。カーテンもかかってねえから、カーテンと、それから寝台も入れなきゃ使えねえぞ。調達できるか?」
「それも含めてカズリエに言っておくよ。何、いざともなりゃあ、俺は吊り網(=ハンモック)でも構わねえしな」
そしてケイレンはジュセルの方を見た。
「ジュセル、さっきティルガが言ってたtけど‥もし、ティルガが警備をしてくれるならそれはかなりありがたいから、頼みたいと思うんだ。でも、俺達の都合で頼むのに、ちゃんとした部屋がないのは悪いから‥」
「うん‥うん?」
ケイレンはジュセルの手を握りながら言った。
「‥俺の、個人の寝室をティルガに貸そうと思う。だからその‥寝るときは、あの、真ん中の部屋で寝ようと思うんだが‥いいかな?」
ジュセルは一瞬、何を訊かれているのかわからずきょとんとした顔をして‥ハッと思いついて顔を赤くした。
つまり、伴侶用の大きな寝室にケイレンが寝る、ということだ。いや別にそれは構わない、はずだ。寝室は確かにジュセルの部屋に繋がっているが、別にジュセルの部屋には寝台はあるんだし。
「いやうん、別に、その、俺はぜんぜん、あの」
自分でもどんどん顔が熱くなっていくのがわかった。顔をあげられないが、なんとなく部屋の中に生ぬるい空気が漂い出したのはわかる。
あ~~~これ多分みんな昨夜俺とケイレンの間になにがあったか知ってるんだよな‥?
‥恥っず!恥ずいことこの上ない!
ケイレンも何だよそんなもじもじした感じ出すな!お前普段もっとつんつんしてるんだろ?!
ジュセルがぐるぐる考えている間にも、その周囲で大人 たちは若者 二人を見守りつつニヤニヤしていたのだったが、幸いにもジュセルは気づいていなかった。
ん”ん”、とわざとらしいヤーレの咳払いがあって、話が続けられた。
「じゃあ、俺は一階の小部屋を一つもらうな。んで、団欒室の小机も一つ占領させてもらう。そのへんに速信鳥紙とかも置いておきたいし‥」
「食糧の調達はどうする?交代で買いに行ったっていいんだけど‥」
そういったスルジャに、アニスがう〜んと唸った。
「大丈夫だとは思うけど‥相手の出方がわからないのって、本当に厄介だなあ‥」
その時、何となく空気がゆらりと揺らいだ感覚が一同を襲った。そして次の瞬間には応接室の隅にティルガが姿を現していた。
「何とかなったぞ。しばらくこの屋敷でケイレンの警護ができる。それでいいか?」
ケイレンは思わず立ち上がった。伝説級とまで言われるこの光級請負人 が、自分のために何かをしてくれるなどということが起きるとは思ってもみなかったのだ。
「ありがとう、ございます!俺よりも‥ジュセルの身を守ってもらえたらもっと嬉しいです」
「何言ってんだよ、ケイレンだって狙われる理由充分あるんだぞ!ケイレンが連れて行かれちまったら‥」
ジュセルはそう言って喉を詰まらせ言葉をなくした。ケイレンは優しくその頭を撫でてやる。大きいとはいえ、一人用の安楽椅子に二人でぎゅうぎゅうに座っているから、すぐにジュセルの身体を引き寄せることができた。
「俺は、ジュセルがいなかったら‥生きてる意味を見出せないから‥」
「そんなこと言うなよ!」
「‥‥ん”ん”っ!、とりあえず‥君たち二人を守れんばいいんだな?」
ティルガにまで大きく咳払いをされてそう言われた二人は、揃って真っ赤になって俯いた。
「お願いします‥」
結局ケイレンの屋敷には、二階の客室にスルジャ、アニス、ナジェルとサイリ、そしてケイレンの部屋だったところにティルガが案内されたのだが、「寝るだけなんだから俺もヤーレと同じ小部屋で十分だ」と固辞されて、一階の使用人向けの三つある小部屋の二つにヤーレとティルガがしばらく住むことになった。
ヤーレはカズリエに鳥を飛ばし、当面必要な寝台やこまごまとした家具、連絡用の各種道具などをこの屋敷まで運んでくれるように頼んだ。さすがにカズリエは人脈もかなり持っているのか、その日の夕方には大きな荷物が次々とケイレンの屋敷に運び込まtれた。ケイレン達が警戒しないように、以前屋敷の周りを警備したことのある顔見知りの請負人 達をつけてくれたので、安心して受け取ることができた。
そしてさすがにカズリエで、ちゃっかり『力素回復薬』の原材料などもふんだんに荷物の中に入れられており、『生成よろしくね♡』という手紙までつけられていてスルジャをげっそりさせた。
また、ヤーレの要請に応えてカズリエは、大国議会警察から脱獄現場の詳しい報告書を取り寄せてくれていた。夜遅くにはなってしまったが、簡単な夕食を済ませたジュセル以外の一同がまた応接室に集まって話し合っていた。ジュセルはやはり疲労が色濃く、早めに休んだ方がいいと全員に諭されてしぶしぶ床に就いたのだった
ジュセルが寝台に入って目を瞑るまでを見届けてきたケイレンが、最後にやってきて扉を閉めた。
「‥脱獄当日、ハリスがシンリキ操作をしたと思しき人数は、おそらく八人だ。記憶に齟齬のある者が五人、未だ意識不明の重度後遺症のある者が三人いる。重度のものは、直接牢獄内を管理・警備していた者達だから、遠慮なしにちからを全開にして操ったんだろう」
サイリが痛ましそうな顔をした。
「‥シンリキ操作の後遺症は‥治療法がないからね‥」
ティルガはそれを聞いて頷く。
「時間の経過とともに回復するものもいるが‥意識不明の状態が二日以上続けば、回復の見込みはないと言われているからなあ‥」
ケイレンはぎりっと拳を握った。
あの、人当たりだけはよいシンリキシャ‥ハリスの目が、いつも気味悪かった。自分を見ているときも、何かにつけ身体に触れられるときも。
ハリスの手や視線を避けるような動きをすると、いつも微笑まれていた。しかしその微笑みにはいつも、ケイレンの神経を逆なでするような気持ち悪さを含んでいたものだ。
あれは、他を傷つけることを何とも思っていないやつの笑い方だ。
あいつは、自分の欲しいものを手に入れることに何の躊躇いもない、そして相手の心情や状況などを斟酌するような配慮など持ち合わせていない。
異常者なのだ。
「‥少なくとも、八人をシンリキ操作して逃げるだけのちからはあるってことだな。後遺症の軽いもの全員に聞いたが、やはり皆、目を見つめられてから意識が薄くなっていったらしい」
「視線を合わせないようにするのが肝要か」
「‥難しいけどな‥」
サイリがそっと言葉を添えた。
「同じシンリキシャなら少しは影響を受けにくいよ。高能力者 ならほぼ、操作はされないと思う。私は高能力者 じゃないけど、みんなよりは影響を受けにくいと思うから、誰か訪ねてきたときは私が出た方がいいと思う」
「サイリ!そんな危ない目には遭わせられない!」
ぎょっとしてサイリにそう言うナジェルを見て、サイリは手を出して制した。それを見て仕方なくナジェルは口を噤む。
サイリは続けた。
「ハリスの抑制腕輪を解錠したのは、十中八九、カルカロアのグンデじゃないかって思ってる。あれほどの腕の持ち主をハリスが一度利用しただけで手放すとは思えない。だからグンデの行方を追えば、どこかでハリスに繋がるかもしれない」
「サイリが請負人協会 に出してくれていた手配書の確認を、カズリエがしたそうだ。手配書にあった写像を、様々なところに配布するようにしたと言っていた」
サイリがにこっと微笑んだ。
「そこから足がつけばいいけどなあ」
「‥‥ハリスは異常に用心深いやつだからな‥そういえばヤーレ、協力してくれたあの、カラッセ族のザイダ、だっけ?そいつの身柄は大丈夫なのか?警護はついてる?」
ケイレンにそう問われたヤーレの顔が曇った。ぼつぼつと言葉をこぼすようにして応える。
「あいつには‥議会警察も、警備についてる、し‥正式に次代になったから、シンリキ遮断|頭環《とうかん》も持ってる筈だ‥大丈夫だ」
アニスがヤーレの顔を覗き込んだ。
「‥心配なんだな、ヤーレ」
ヤーレはぐっと喉を鳴らし、息を引いた。そして静かに答えた。
「心配、だが‥俺にできることは、今のところねえからな」
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