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第5話

第5話|嘘を脱いだあとで 夜は、静かだった。 音がないわけじゃない。 ただ、余計なものが削ぎ落とされている。 界は、シャワーを終えて戻ってきた。 髪は乾ききっていない。 スキンケアの匂いが、薄く残っている。 スカートも、ウィッグも、今日はない。 ソファに腰を下ろすと、 翔吾は何も言わずに、距離を詰めた。 触れない。 でも、逃げ場を消す。 「……緊張してる?」 界がそう言うと、 翔吾は小さく首を振った。 「界さんが、  どこまで“素”で来るか、  見てるだけです」 視線が、喉元に落ちる。 指は、まだ動かない。 界は、ゆっくり息を吐いた。 女としての癖が抜けきらないまま、 男としての輪郭が、夜に馴染んでいく。 「……見られるの、苦手なんだよ」 「知ってます」 即答。 それが、優しさでも免罪でもないことを、 界はもう分かっていた。 翔吾の手が、 ようやく、界の腰に触れた。 撫でる、というより、 位置を確かめるみたいに。 「ここまで、いいですか」 問いは、低い声で。 逃げられる速度で。 界は、一瞬だけ目を閉じてから、頷いた。 触れる。 近づく。 重なる。 キスは、深くならない。 代わりに、長い。 唇が離れるたび、 間が伸びる。 その間に、界の理性が削れていく。 「……ずっと、  こうされるの、計算?」 「半分」 翔吾は正直だった。 「半分は、  界さんが逃げなかったから」 それだけで、 界の背中に、熱が走る。 服の上から。 指先だけ。 それ以上は、まだ、しない。 “今日は、ここまで” その線が、はっきりしているからこそ、 越えたい気持ちが、濃くなる。 界は、翔吾の肩に額を預けた。 「……負けたよ」 「何にです?」 「年下」 翔吾は、笑わなかった。 代わりに、囁く。 「勝ち負けじゃないです」 唇が、耳に近づく。 声が、低く落ちる。 「選び直しただけ」 その言葉で、 界の中の何かが、静かにほどけた。 女でもなく、 嘘の中でもなく、 “選ばれた自分”として、ここにいる。 翔吾の手が、 ぎゅっと、腰を引き寄せる。 強くない。 でも、確定。 「次は」 「……次は?」 「逃げないって、  もう一回、言ってください」 界は、短く笑った。 「……言わせるの、ほんとずるい」 それでも。 「逃げない」 その瞬間、 翔吾の目が、初めて揺れた。 欲が、はっきり浮かぶ。 抑えたままの、約束。 「じゃあ」 翔吾は、ゆっくり離れる。 「今日は、終わりです」 界は、目を瞬かせた。 「……は?」 「続きは、  嘘が完全にいらなくなってから」 夜は、まだ、長い。 でも、焦らない。 界は、その背中を見送りながら思った。 ――捕まったのは、  身体じゃない。 覚悟だ。 そしてそれは、 もう、逃がしてもらえない種類のものだった。

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