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第4話
第4話|逃げないって、言ったよね
界が最初に気づいたのは、
距離だった。
近い。
触れてはいないのに、近い。
ソファに並んで座っているだけなのに、
翔吾の体温が、輪郭を持って伝わってくる。
「……さっきの、冗談だと思ってる?」
界がそう言うと、
翔吾は首を振った。
「本気です」
声が低い。
いつもの柔らかさが、ない。
「嘘つかなくていいって言ったのも、
逃げないでって言ったのも」
界は、無意識に背もたれへ身を引いた。
逃げ道を探す癖が、出る。
翔吾は、それを見逃さない。
「ほら」
手首を取られた。
強くはない。
でも、外せない。
「……乱暴」
「乱暴にしてないです」
指先が、界の手首の内側をなぞる。
そこは、女装しているときほど、無防備になる場所。
「界さんが、
どこまで許すか、聞いてるだけ」
視線が、絡む。
界は、喉が鳴るのを感じた。
年下のはずなのに、
完全に、見下ろされている。
「……どこまで、って」
「キス」
即答だった。
界の心臓が、跳ねる。
「それ以上は?」
翔吾は少し考えてから、言った。
「今日は、しない」
界は、拍子抜けしたように目を瞬かせた。
「……は?」
「でも」
翔吾は、ゆっくり近づく。
「界さんが逃げないって、
ちゃんと分かるまでは、
ここまでです」
唇が、触れる。
深くはない。
軽い。
確かめるみたいなキス。
それなのに、
界の背中に、ぞくりとしたものが走った。
「……ずるい」
「さっきも言われました」
もう一度、キス。
今度は少しだけ、長い。
手は、腰に置かれるだけ。
撫でない。
掴まない。
でも、
選択権を奪う位置。
界は、息を整えるのに必死だった。
「……ほんとに、
年下?」
「年下攻めって、
そういうもんです」
翔吾は、平然としている。
「界さんが“女”じゃなくても、
嘘をやめても、
逃げなくても」
額を軽く合わせる。
「俺は、
そのまま捕まえます」
界は、観念したように笑った。
「……今日は、ここまで?」
「はい」
翔吾は、すっと離れる。
名残惜しいくらいが、
一番、逃げにくい。
それを、分かってやっている。
界は、深く息を吐いた。
――負けた。
完全に。
女装を脱ぐより、
嘘をやめるより、
この年下に主導権を渡すほうが、
ずっと、怖い。
でも。
「……次は?」
界がそう聞くと、
翔吾は、少しだけ笑った。
「逃げなかったら」
その一言で、十分だった。
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