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第3話
第3話|それ、最初から知ってた
界が「おかしい」と気づいたのは、
ほんの些細な違和感だった。
いつもと同じように、
いつもと同じ距離で、
いつもと同じ声で話していたはずなのに。
翔吾の視線だけが、
少しだけ、深かった。
見ている、というより、
確かめている目。
「……なに?」
界がそう聞くと、
翔吾は一瞬だけ迷ってから、笑った。
「ううん。なんでも」
その“なんでも”が、
一番信用ならない言い方だと、
界は知っていた。
カフェを出て、夜道を歩く。
界はヒールの音を意識する。
歩幅を、わずかに狭める。
――大丈夫。
――まだ、バレてない。
そう思おうとするほど、
不安は輪郭を持ちはじめる。
界の部屋に着いた。
鍵を閉める音が、やけに大きく響く。
「今日は、泊まってく?」
先に言ったのは、界だった。
逃げる余地を、自分で潰すために。
「うん」
翔吾は即答した。
その夜、
界はいつもより饒舌だった。
無意識に、空白を埋めている。
ベッドに座り、
界がメイクを落とす。
鏡越しに、翔吾の視線を感じる。
――やめて。
――見ないで。
そう言いたいのに、
言えない。
沈黙が落ちた、そのとき。
「界さん」
翔吾が、初めて
“界”を名前で呼んだ。
「……なに」
「ずっと、聞かなかったことがあるんです」
心臓が、一拍遅れる。
「界さんって、
自分のこと、どこまで女だと思ってました?」
空気が、止まった。
冗談にする余地は、ない。
逃げ道も、ない。
界は、ゆっくり振り返った。
「……なに、それ」
笑おうとして、
口角が引きつる。
「バレてないって、思ってたんですよね」
翔吾は、静かだった。
責める声じゃない。
確認する声。
「最初からです」
界の喉が、鳴る。
「初めて会ったときから」
――終わった。
そう思った瞬間、
翔吾は、はっきり言った。
「それ、最初から知ってました」
頭が、真っ白になる。
怒られると思っていた。
拒絶されると思っていた。
軽蔑される覚悟もしていた。
なのに。
「……なんで」
声が、震える。
「なんで、言わなかったの」
翔吾は、少しだけ目を伏せた。
「界さんが、
嘘をついてる顔より、
選ばれたって安心してる顔のほうが、
ずっと本当だったから」
言葉が、刺さる。
優しいのに、逃げられない。
「だから、待ってました」
界は、息ができなくなる。
「俺が、
界さんを捕まえてもいいって、
思えるまで」
年下のくせに。
大学生のくせに。
――主導権は、もう、ここにない。
界は、笑おうとして、失敗した。
「……ずるいね」
「知ってます」
翔吾は、そう言って、近づく。
女装も、嘘も、
すべて脱がされたあとで。
それでも、
翔吾の手は、界を選ぶ。
「これからは、
嘘つかなくていいです」
低い声。
「その代わり――
逃げるのも、なしで」
界は、
何も言えなかった。
ただ、
初めて“女じゃない自分”のまま、
抱きしめられた。
それで、十分だった。
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