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『6日目 或いは後日談』
** 六日目 或いは後日談 **
目を覚ますと、壁掛け時計は十一時を過ぎていた。レースのカーテンを通して、夏の陽射しが射し込んでくる。
「……寝過ぎだろ」
ベッドの上に半身を起こして、うーんと伸びをする。
(自覚しているよりも体力使ったのかもな)
昨日東京には夕方前に着いた。それぞれの家近くまで送り、夜になってやっと詩雨と遥人は自分たちの同居している『STUDIO SHIU 』の三階の自室に落ち着いた。二人とも食事をする元気もなく、軽くシャワーを浴びたあとベッドの定位置で眠った。
非日常、五日間。
普通に過ごすことの幸せを噛み締めながら。
(詩雨さん、いない)
隣に眠っていた詩雨は既にそこにはいなかった。遥人は寝る時に穿いていたハーフパンツに、Tシャツを着ただけの格好で部屋を出た。
二階のミニキッチンがついた事務所には姿がなく、一階のスタジオに下りて行く。
スタジオの衝立の手前にあるソファーに座っている詩雨の姿が見えた。テーブルの上を見つめ、何か考え事をしているようだ。
「詩雨さん、おはよう」
「あ、遥人、おはよう。良く眠れたか?」
「ええ――何見てるんです?」
テーブルの上にあったのは、現像された写真だった。
「これ、あの洋館で撮った写真なんだよ。デジタル、アナログ両方」
「え? でも」
遥人が首を傾げるのも無理はない。その写真には何も写ってないのだ。全体が白かったり、黒かったりしている。プロカメラマンの詩雨がそんなミスをするはずもないし、どうミスしてもこんなふうにはならないだろうという状況だ。
「そうなんだよな。デジタルのほうは、毎回その日に確認してたんだけど、ちゃんと写ってた。それなのに、今朝見たら何も写ってなくて。試しにプリントしてみたんだけど……。フィルムのほうも現像してみたけど、やっぱり同じ」
「あの空間にいる間だけの……」
遥人は思いついたことを口にしてみた。詩雨も「ああ」と同意する。
「ただ、この二枚だけが」
詩雨は手に持っていた二枚を遥人に見せた。
一枚は、沼の写真。
「これはあのお嬢様が、沼で絵を描いていた時に後ろから撮った写真……なんだけど。その時にはいなかった人物が写っている」
桜色のワンピースの後ろ姿から少し離れたところに、軍服を着た男が立っている。
「これって」
「そう、元旦那だろ。そして、これ」
もう一枚を指差す。
館の応接間で、手を取り合って微笑む男女。
「あの時、光が消えて行く瞬間に撮ったんだ。あの時のオレの目には光しか見えなかったんだけど」
二枚のセピア色の写真。
「セピア色にする設定とかはしてなかったはずなんだけど。まるで、古い写真のようだろ」
「心霊写真ですね」
感動的な話だろ、そう言おうとしたのを、バッサリと遥人に断ち切られる。
「……まあ、そうかもだけど。この男ずっと傍で桜乃さんを見てたのかもな。怖かったけど……幸せそうな姿が見られて良かったよ」
「ですね」
そこは詩雨に同意した。
「そういえば、俺のやった指輪どうしました?」
そう問われ、詩雨は左手を上げた。その薬指にはきらりと指輪が光る。
「ここだけど?」
「それ、一旦返してくれます?」
「え?」
意味がわからないという顔になる。
「なんだよ。オレにくれたんだろ」
「あれは仕方なく! 本当はもっといいシチュであげるつもりだったんだ!」
取り上げようと手を伸ばすと、さっと遠ざけられた。
「いいじゃん、このままで。オレ嬉しいよ」
「お願いしますっ」
土下座しそうな勢いで頭を下げるので、詩雨はふっと息を吐いた。指輪を外して、いかにも惜しそうに遥人に渡した。
「じゃあ……ちゃんといつか、オレに渡してくれよ。そのいいシチュとやらがきた時に」
「勿論です。約束します」
遥人は、詩雨の左手を取ると、その薬指に約束の口づけをした。
二人の攻防の煽りを受け、二枚の写真はふわりとテーブルの下に落ちた。その写真から人物が消え、他の写真同様白くなってしまったことに二人が気づくのは少しあとの話だ――。
fin.
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