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温度5 約束1※ (理央)

最近、雪広が食べたいと言い出したのは、『約束』という名前のミルクブレッド。 ふわっと軽く、噛むと、ミルクのやさしい甘さがじんわりと広がる。発酵管理が難しく、一度にたくさん焼けない、少し気難しいパン。 焼きすぎれば、ただ硬くなってしまう。 そうなった瞬間、『約束』は壊れてしまう。 だから、このパンは、いつも数が少ない。 今日は、雪広のために__店に出す前に、そっと確保しておいた。 コンシェルジュの前で小さく会釈をして、足早に進む。専用エレベーターに乗り、迷いなく最上階のボタンを押した。 ひとりで鍵を使うことには、まだ少しだけ抵抗がある。でも、最近は、ほんの少し慣れてきてもいた。 カチャッと玄関を開けると、ふわりと暖かい空気が流れ込む。人の気配がして、理央は自然と足を早めた。 リビングを覗くと、ソファに座っている雪広の姿が目に入る。 「雪広さん……? 帰ってたんですね」 「ああ。行き違いになるよりいいと思ってな。だから、待っていた」 そう言って立ち上がったかと思うと、距離は一瞬で詰められる。 ぐっと抱き寄せられ、前髪を指ですくわれて、やさしく横へ撫でられた。 「おかえり」 「……た、ただいま……です」 ここ最近は、ほとんど毎日、雪広の家で過ごしている。「おかえりなさい」と言うことの方が多いけれど、こうして逆になる瞬間が、少しだけ、くすぐったい。 チュッと小さな音を立ててキスをされる。 背の高い雪広に抱きしめられると、身体がすっぽり包まれる。それが、少しだけ怖くて、でも、安心する。 キスが深くなる前に、理央はそっと腕の中を抜け出した。 「……えっと。今日は『約束』、持ってきました」 少しだけ、声が弾んでしまう。 「雪広さん、食べたいって言ってたでしょう?」 そう言いながら冷蔵庫を開ける。 中を確認して__昨日と、同じ。 「……よかった」 増えていない。 それだけで、胸の奥がほっと緩んだ。 思わず振り返ると、雪広と視線が合う。 「……じゃあ、何か作りますね」 そう言って、エプロンを取ろうとした瞬間だった。手首を、やさしく捕まれた。 「今日は」 低い声。静かだけど、逃がさない響き。 「え……?」 振り返るより先に、距離が詰まる。 雪広の指が、理央の手から紙袋へと視線を落とした。 「それがあるだろう」 『約束』 理央が持ってきた、数の少ないパン。 「そのパンを……一緒にベッドで食べよう」 そう言って、今度は迷いなく腰を抱かれる。心臓が、どくんと鳴る。 「ゆ、雪広さん……」 抗議のつもりで名前を呼んだはずなのに、声は思ったより弱くて、途中で消えてしまう。 雪広は、理央の額にそっと額を寄せた。 「最近な……」 低く、落ち着いた声。 「君と、初めてのことをするのが、楽しい」 囁くように続ける。 「料理も……ベッドでパンを食べるのも、一緒に風呂に入るのも」 ひとつひとつ確かめるみたいに、言葉を選ぶ。 「全部、君とだからだ」 逃げ場を塞ぐ言い方じゃないのに、 理央の胸は、きゅっと締めつけられた。 気づけば、抱き上げられていた。 足が床を離れる感覚に、小さく息を呑む。 「ちょ……」 「落とさない」 短く、即答される。 そのまま寝室へ運ばれて、ベッドに下ろされる。すぐ隣に、雪広も腰を下ろした。 「理央……」 名前を呼ばれるたび、胸の奥がきゅっと鳴る。雪広の声だからだと思う。 首筋に、くぐもった息と一緒にキスが落ちる。噛みつくみたいに、でもどこか確かめるようで、その距離が、心地いい。 こんなふうに求められるのは、正直、嬉しい。ただ同時に、雪広が気を遣っているのも、分かってしまう。 理央が無理をしないように。 負担にならないようにと…… それは優しさで、愛情で、だからこそ…少しだけ、もどかしい。 恋人になる前は、もっと激しかった。 遠慮なんてなくて、抑えることもなくて、触れられるたびに、理央のほうが息が追いつかなかった。 その頃を思い出すと、胸の奥がむずむずして、この前、思わず口にしてしまった。 「……もっと……求めて…」 言った瞬間に、はしたなかっただろうか、と不安になったけれど。 結果は、散々だった。 翌日、足に力が入らなくて、立ち上がろうとしても、ぺたんと床に座り込んでしまった。自分でも驚くくらい、身体が言うことをきかなかった。 雪広に求められるって…… こういうことになるんだと、身をもって、思い知った。 さすがの雪広も、そのときは本気で心配したらしく、ベッドの上で、理央は世話をされる羽目になった。それがまた、どうしようもなく恥ずかしかった。 求めて……なんて、簡単に言うものじゃない。 でも、優しすぎるのも、激しすぎるのも、 どちらがいいのかは、まだ分からない。 ただひとつ確かなのは、こうして触れられて、名前を呼ばれるだけで、理央はもう、簡単にほどけてしまうということだった。 ベッドに横たえられ、服をたくし上げられる。唇を吸われ、抱きしめられる。まるで、このまま食べられてしまいそうな勢いだ。 「はあぁぁ……っっ、う……んんっ」 首筋から乳首に唇が移り、ためらいなく声を上げた。抑えようとして、唇をきつく結ぶ。 「理央……声を上げてくれ。響くくらいがちょうどいい」 「……や…です」 抵抗しても、雪広の愛撫は止まらない。 「ダメだ…君の声がどれだけ腰にくるか…」 お腹や腰に口づけられ、そのまま、抵抗する間もなく服をすべて奪われた。 「は、はっ…ゆ、雪広…さん、」 理央の後ろの窪みに…雪広の手が回る。くちゅくちゅとジェルを手に含み、雪広の指は少しずつ、確実に理央の奥に入れ進む。 「……今日も君が欲しくてたまらない」 雪広が、低く問いかける。 視線を上げることもできないまま、雪広の身体に顔を埋める。 後ろをほぐされる。 二人が繋がるため、それは必要な行為だ。 わかってはいるのに、そうされると気持ちがよくなる自分が、はしたない。 雪広の指が奥に当たるたび、ピクピクとペニスが震え、蜜を滴り落としてしまう。 身体は素直だから仕方がない。だけど、雪広にそれを知られてしまうのは、恥ずかしい。いやらしいと思われたら、どうしようって、少しだけ不安になる。 「理央……こっち向いて」 低い声に呼ばれて、閉じていた目をゆっくり開いた。雪広のペニスが目に入り、慌てて目を逸らしたが、目を逸らすなと、責める気配もなく優しく言われた。 「君に触れると…抑えが効かない…」 理央よりはるかに大きなペニスの亀頭から、だらっと濃い蜜が流れ出している。 雪広は、ペニスの根本を握り、ゆっくり二、三回扱く。その蜜が理央の身体に流れ落ちた。 堪えられないと、無言で言われた気がして、その姿に興奮してしまう。蜜がまた、理央の上に垂らされ、流れる。 「はっ…うぅ…っ、ん…」 ぐちゅと指を奥まで入れてから、引き抜かれた。次は、何が来るのか知っている。 ゆっくりと湿った音を立てながら、雪広のペニスは理央のうしろを広げた。 雪広の先端は大きいから、初めは少しだけ時間がかかる。だけど、硬くて太いそれで 擦られるのは、気が遠くなるほど気持ちがいい。 ズズッと粘着する音を立てて、奥まで入ってくる。雪広は奥まで腰を押し付けた後、動きを止めた。どくどくと雪広のペニスが、理央の中で波を打つのがわかる。 「はぁっ、ああ、き…もち…いい…」 思わず声が漏れた。口に手を当てるが遅い。不意に漏れた言葉を、雪広に聞かれてしまった。 「素直でいてくれると……俺は、嬉しい」 理央は、すぐに言葉を返せなかった。 胸の奥がきゅっと縮んで、喉が詰まる。 「……や、はずかしい…」 声は小さく、震えてしまう。 雪広を身体の中で感じてしまう。 理央の額に、そっと雪広の唇が触れた。 「恥ずかしいままでいい。君がそうやって伝えてくれるのが……俺は、好きだ」 そう言い、雪広は理央の足を掴み直し、ゆっくりと腰を動かし始めた。 「ああっっ…っ」 ぐりっと雪広の亀頭で奥を弄られる。少しずつ腰の動きが大きくなる。 「……加減が難しいな」 苦笑まじりの声。 けれど、その声音はどこまでも優しい。 「どっちにしても、君が可愛いから困る」 「ああっ、はあっ、ゆ…きひろ…さん…っ」 大きく腰を回して、揺すぶられる。身体が仰け反り、ペニスから先走りが溢れるのを感じる。 「だ…め、雪広さん…」 雪広の熱い吐息を肌で感じる。 荒々しくなる息づかいに肌が泡立つ。 理央を抱きしめる腕に、甘えてしまう。 雪広が好きだ。 声も、匂いも、激しさも… 自分を包むこの腕ごと、全部。 こんなふうに誰かを想うのは初めてで、 同時に、もう二度と手放したくないと思ってしまう。 理央はぎゅっと、指先に力を込めた。 伝えなくても、きっと伝わってしまうくらいの気持ちで。 雪広が好きで、好きで、たまらない。 「……もっと……」 消え入りそうな声で、続ける。 「……求めて……」 言った瞬間、耳まで熱くなった。 あとは…ただ感じるばかりで、言葉にする余裕なんてなかった。

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