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第15話

 瑠生はふく里に戻ると、スマホを眺めてため息をついた。  メモを読み返し、頭を抱えて座卓に突っ伏した。  神楽が教えてくれた、これまでの沖の実績は完璧だ。  冷静沈着で、どんな複雑な案件もスムーズにまとめ上げる。交渉から契約締結まで、隙のない仕事ぶりは業界でも一目置かれている。そう、神楽は言っていた。  無理だ……相手が立派すぎる。  高校生の自分でも、すごい人だと分かる。どうしたらいいんだ。  座卓の端にスマホを追いやり、腕の中に顔を埋めた。  たけだ屋を狙っているのは、神楽坂にある老舗旅館『九重』。  一般客は予約が取れないほど敷居が高く、花柳界では名高い店らしい。  客のほとんども政治家や、財政界、芸能関係の偉いさんだなんて、向島と全然違う。  芸者仕事が減っている今でも、九重は勢いがあるらしい。  向島では有名なたけだ屋でも、沖って人相手じゃ太刀打ちできないかも。  九重でも、贔屓にしている置屋や芸者はいるはずだ。もし、買収されれば、ふく里の芸者に声なんかかからない。 「神楽坂だけで商売してればいいのに、どうして向島にまで手を伸ばすんだっ」  ドン、と座卓をこぶしで叩いた。  湯呑みが倒れ、お茶が溢れる。慌てて布巾を取る手も虚しく、悔しさだけが胸に残った。  梅ちえの言うとおりだ。このままじゃ、たけだ屋も、ふく里も終わる。  まずい。非常にまずい。──何が何でも阻止しなきゃ。  溢れたお茶を拭きながら、何か手立てはないかと考える。  動物園のクマみたいに部屋をウロウロしていると、ふと目に入ったのは沖の名刺だった。  頭をよぎる。神楽のときと同じ方法── 「……こうなったら、直談判に行くしかないか」  名刺の住所を確認すると、ここから小一時間の場所。  居間のふすまに手をかけたところで、ふと、胸の奥に不安がよぎった。  ……神楽さんに話してしまってよかったのか?  もし、彼が沖と組んでたけだ屋を買収しようとしていたら?  自分は、敵に手の内を明かしたも同然だ。  勝手なことをして、桔梗が悲しむかもしれない。  姐さんたちにも呆れられるかもしれない。  考えれば考えるほど、悪い方へと気持ちが傾いていく。  不安はある。けれど、行くしかない。直接、沖に会って頼んでみるんだ。  瑠生は壁のカレンダーに目を向け、縁起のいい日を探した。 「二週間後……か。でも、本当にいい日なのか?」  小さく息を吐き、こぶしを握る。 「よし。今度はお参りしてから行こう」  一縷の望みを胸に、瑠生は二週間後の『決戦の日』を心に刻んだ。

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