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第三章 命令の形 3-3 行動のズレ

今日は、 言う内容を決めてから 庭に入った。 決めたというほど、 具体的ではない。 言わない選択肢を 外しただけだ。 水鉢は、 置かれていない。 その事実が、 もう確認にならない。 黒い布を広げる。 端は、 石畳の継ぎ目に触れる。 触れたまま、 動かさない。 短刀に、 視線を落とす。 落とすが、 手は伸ばさない。 弦は、 影の中にいる。 影は、 境目を持たない。 境目を数えないことが、 距離になる。 私は、 一度だけ息を止める。 止めた理由は、 言葉の前に置くためだ。 「今日は」 声は、 はっきりと出た。 濁らない。 命令の形でもない。 弦が、 動きを止める。 止める速さが、 昨日より早い。 私は、 続ける。 「……そこで」 指先で、 石畳の一点を示す。 影でも、 私でもない場所。 「待て」 言い切らない。 だが、 曖昧にもしていない。 待て、という言葉は 命令に近い。 だが、 私は命じたつもりで 置いていない。 弦は、 その場所を見る。 見て、 動かない。 動かない理由を、 確認しない。 確認しなくても、 成立している。 均衡は、 保たれている。 だが、 保たれ方が 昨日までと違う。 言葉が、 関係の中に 位置を持った。 位置を持った言葉は、 回収できない。 私は、 それを知っている。 だが、 撤回しない。 撤回という動作が、 もう浮かばない。 弦は、 影の中で待つ。 待つ姿勢が、 昨日より明確だ。 命令ではない。 だが、 従属が形を持つ。 その形を、 私は直さない。

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