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第三章 命令の形 3-2 微差の観察
朝の庭は、
昨日より静かだった。
静かだと判断する基準が、
少しだけ変わっている。
水鉢は、
やはり運ばれてこない。
誰も待っていない。
待っていないことが、
手順に混ざる。
黒い布を広げる。
端は揃えない。
揃えない配置が、
もう手に馴染んでいる。
短刀に、
触れない。
触れないという行為が、
選択になりかけている。
弦は、
影の中にいる。
だが、
影の濃さが一定でない。
光のせいだと、
思える範囲を越えている。
私は、
声を出さない。
出さないが、
昨日と同じ沈黙ではない。
弦が、
一歩だけ位置を変える。
私に近づいたのではない。
影が、
そう見せただけだ。
「……今日は」
言っていない。
だが、
言われたかのように
弦が止まる。
止まった理由を、
私は与えていない。
それでも、
止まる。
言葉が、
まだ形を持たないまま、
届いている。
私は、
その様子を見る。
見るが、
修正しない。
修正しないことで、
弦は待つ。
待つという動作が、
昨日より明確になる。
待っている理由は、
命令ではない。
だが、
命令を想定している。
私は、
筆を取る。
書かない。
書かない時間が、
昨日より短い。
短くなった理由を、
分析しない。
弦の視線が、
私の口元に留まる。
視線は、
言葉を探している。
私は、
何も言わない。
だが、
何も言わないことが
「続きがある」という前提で
受け取られている。
その前提を、
否定しない。
均衡は、
まだ崩れていない。
だが、
保つために必要だった沈黙は、
もう独占されていない。
言葉は、
使われなかった。
それでも、
使われたものとして
関係の中に置かれる。
私は、
それを戻さない。
戻さないという選択肢が、
ここでも
見えなくなっている。
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