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第1話
見た目平凡。中肉中背…、否、低身長ガリガリ。
能力も平凡。陰キャ。挙句、ゲイ。
それが俺、中林 有(ユウ)のステータスだ。
Fランでは?と言われている私立4年制大学を卒業し、正社員の採用には恵まれず、契約社員として大手企業の…、地方支店で働いている。
ステータス的に日陰者の俺にとっては、比較的過ごしやすい職場だ。
10年勤めても契約のままだけど。
〇月1日。
月初は、月末締めの仕事で引くほど忙しい。
契約社員の俺でも、膀胱炎になるんじゃないかってくらいトイレに行く暇もない。
だから、朝礼で長々と話す支社長にも、月初ばかりはイライラしてしまう。
「え~、今日から一人、社員が増えます。
本社から来た長谷係長だ。
ここで研修を積んだら、彼は本社に戻って昇進する優秀な人だから、皆、彼の働きを見習うように。
じゃあ、長谷係長」
そう言われて前に出てきたのは、高身長イケメン。
立ち姿からも自身が溢れ出ている。
「おはようございます、ご紹介いただいた長谷 尚文(ナオフミ)です。
支社長がとんでもなく話を盛ってくださったので緊張してますが、全然普通の人間なので、ぜひご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」
そんな風にへりくだって照れたように挨拶する姿に、好感度が上がらない人間はいないだろう。
とにかく、見た目・スペックは勿論、性格まで良い人が来てしまった。
女性社員を始め、フロア全体が浮足立っている。
かくいう俺も、なんとなくそわそわしてしまった。
この人が、毎日この職場に来るのか…
長谷係長は営業部の様で、その日一日は他の営業と外周りをしていたため、社内にはいなかった。
契約社員は基本的に残業をしないので、まだまだ月末締めの仕事はあったけれど正社員の人にいったん受け渡して、俺は帰り支度をする。
事務所を出て、エレベーターのボタンを押し、待っていると、着いた箱には長谷係長が乗っていた。
無人だと思っていた俺は、早く乗る為に足を進めていたため、彼に突進しかけた。
「おっと。大丈夫ですか?」
さっと肩を掴まれて支えられ、顔を覗き込まれた。
「あっ、あ…、えっ、すみません!」
あまりの顔の綺麗さに、俺はどもってしまった。
「お疲れ様です!お先に失礼します!」
顔も見ずにそう言うと、彼の手が離れた。
「そうか。もう定時なのか。
名前、なんて言うんですか?何歳?」
矢継ぎ早に訊かれて焦る。
今までの俺の言動が、何か彼の逆鱗に触れてしまっただろうか?
本社に報告されて、クビにされたり…?
と、青くなって震えていると、「あ、ごめん。俺から名乗るべきだったよね」と彼は謝った。
「俺は長谷尚文。今年で32歳。君は?」
そう柔らかく訊かれ、俺も思わず口を開く。
「え、えっと、中林有です。俺も今年で32歳です。
あ、あの、契約社員なので定時で帰ってるだけで、決して誰かに仕事を押し付けているわけではなくて…」
俺がしどろもどろにそう言うと、彼は「責めるために引き留めたんじゃないよ!」と手を振った。
「なんとなく歳が近いかなって思って、仲良くなりたいなって思ったんだ。同い年だし、敬語じゃなくていいよ」
と、人好きのする笑顔で言った。
こんなイケメンに仲良くしたい、なんて言われたらそりゃめちゃくちゃ嬉しいけれど…
きっと、彼はノンケだ。
俺が万が一、ゲイだなんてバレたら、どうなるか…
そう考えると、恐ろしくて「俺も仲良くしたいです」とは言えなかった。
「えっと…、でも、長谷係長は係長ですし…、俺、話しても面白くないですよ?」
卑屈っぽくも聞こえるそんな俺の言葉に、彼は「そんなの話してみないと分からないよ!」と彼は食いついてきた。
「今度、飲みに行こう?
歓迎会を開いてくれるらしいけれど、正社員だけみたい。
俺は有さんと話したいんだ」
しょぼんとした感じで彼が言う。
っていうか…、有さん!?
家族以外から下の名前で呼ばれたのなんて、小学校ぶりなんだが!?
「ゆ…、ゆっ?」と俺が焦っていると
「あ、ごめん。急に馴れ馴れしいよね」と彼は苦笑する。
「でもさ、中林さんってちょっと長くない?
あ、俺の事も尚文って呼んでいいけど」
「は、はぁ…
え、でも、長谷さんの方が短いですよね?」
「えー…、有さんって意地悪だね」
そんな言葉とは裏腹に、長谷さんの顔は嬉しそうに笑っている。
ひ、ひぇぇ…、眩しい(泣)
泣きたくなった俺は「すみません、お疲れ様でした!」と言い捨てて、エレベーターに乗り込む。
急いで”閉”ボタンを押す。
締まる間際、長谷さんが「あ!連絡先!」と携帯を掲げているのが見えたが、エレベーターは止まることなく、俺を一階まで運んでくれた。
それから家に帰っても、長谷さんの事がふわふわと浮かんできて、大好きなゲームも推しの配信も全く集中できない。
ダメなことだと思いつつもXで”長谷尚文”と検索する。
ああいう陽キャはフルネームでSNSをやりがちだ。
が、Xではそれらしいアカウントを見つけられなかった。
次にFacebookで検索する。
見事にヒットした。
が、そのアカウントの更新は10年前くらいで止まっている。
投稿も、大学のサークルや行事の報告で彼の個人情報らしいものはあまりない。
まあ、大学名は書いてあるし、学生時代の彼の顔写真も載っているけれど。
それにしても…、俺の大学生時代とは全く違っていて悲しくなる。
しかも、有名私立大。
何もかもの次元が違いすぎて、それこそ仲良くなんてしたら自分がいかにつまらない人間か露呈してしまう。
飲みの話は断ろう、社内でも極力喋らないようにしよう、俺はそう決意してスマホを放った。
ふわふわが一気に解けて、ちゃんと眠れそうだ。
翌朝、少しだけ早く来て、正社員の上司から仕事を預かる。
他の事務員たちも同じように早めに出社しているようだ。
全員が、鬼気迫る勢いでPCをカタカタと操作している。
朝礼の5分前に長谷係長が「おはようございます」と爽やかに出社してきた。
数人の事務員の手が止まる。
分かる。分かるよ。
イケメンってとても癒しになるよね。
俺も見たい。
でも、昨日の事もあって俺は目を合わせたくないため、PCの画面をガン見していた。
すると、「おはよう、有さん」と彼が俺のすぐ後ろに立った。
「あ、え、あっ…、はざます」と蚊の鳴くような声で呟く。
「あ、寝ぐせ」
そう言って彼が、俺の後頭部をすいっと触った。
俺は肩を跳ねあげて、彼の方に振り向いた。
「あ、目が合った。ふふ」
花が綻ぶような笑顔見せられて、俺は口をパクパクさせた。
え、なにこれ?恋愛ドラマ??
周りの事務員たちからの視線で、俺ははっと我に返った。
「すみません、寝ぐせ直してから出社するようにします」
なんとかそう絞り出す。
「うん。可愛すぎるから直した方がいいと思う」
「ア…、ハイ…」
きっと相手を怒らせないために”可愛すぎる”という文言を付けたに違いない。
良かった、俺の自認がブサイクで…
あと10歳若くて、自分のビジュアルに自信があったら騙されてた。
こうやって数々の女性を手玉に取って来たに違いない。
長谷尚文…、恐ろしい男。
そう思いながらカタカタとPCを打つ。
数秒して、彼が「ふっ」と息を漏らすように笑って俺の背後から立ち去った。
陽キャの距離感、近すぎないか?
お昼。
他の社員たちは皆食堂に行くので、自席で弁当を広げる俺の周りはとても静かだ。
ほとんどの社員が出払っている。
1人で節約飯を広げながら、Xを見る。
休憩時間が終わりかけ、ぞろぞろと女性の事務員たちが戻ってくる。
どうやら、食堂に長谷係長が来たらしく、その話題で持ちきりだった。
「あ~、長谷係長のインスタ訊いておけばよかった」
「アカウント自体は見つけられたけど、勝手にフォローしたらキモイよね」
「えー、でも、訊いたところでいいよって言うかな?なんか一線引いてそう」
などという声が聞こえてきてハッとする。
そうか、インスタか!
インスタというSNSの事がすっかり頭から抜け落ちていた。
帰宅したら、アプリをインストールして調べてみよう。
その日も定時で帰宅し、早速俺はインスタをDLした。
アカウントの設定がめんどくさい。
とりあえず”中林”で作った。
”長谷尚文”で検索するとすぐにアカウントが見つかる。
でも、投稿自体は5~6件で少ない。
どれも同窓会や何かのイベントの集合写真のみだ。
隣のタブのおそらく紐づけされた投稿には、長谷さんと飲んだり遊んだりした人たちの投稿があった。
それでも10件くらい。
インスタっていったい何をするSNSなんだ?
俺のXの100分の1よりも投稿が少なくないか?
それに、インスタの長谷さんからは女の香りが全くしない。
今はフリーで、元カノとの投稿は全て消すタイプの人間なんだろうか…?
俺は首を傾げつつ、アプリを閉じた。
陽キャってSNSはそれほど使わない生き物なのか?
と、悶々としながら眠りについた。
翌朝、ふとインスタで彼を監視すると、アイコンの枠がピンク色に光っていた。
な、なんだこれ?
ディスコードと一緒で課金したらフレームが買えたりするのか!?
そう思いつつ、アイコンをタップすると画像が飛び出す。
『帰り道に猫居た』という文字が、ぎりぎり野良猫だと判別できる距離感で取られた写真に書いてあった。
え、なんだこの仕様?
これがもしや、”ストーリー”という奴か!
と、半ば感動しつつ、間違えてもいいねやフォローをしないように気を付けながらアプリを閉じた。
出社し、帰宅して寝る前に確認したら、長谷さんのアイコンの枠はもう光ってなかった。
調べたら、24時間で消えるらしい。
これがインスタか…
自動で消える投稿をわざわざするような陽キャの気持ちは分からないし、分かり合えないだろうなぁと悲しくなる。
それからの職場での長谷さんは、毎朝挨拶してくる。
目を合わせないと目を合わせるまでちょっかいをかけてくるので、俺も目を合わせて挨拶するようになった。
帰宅後はひたすら長谷さんのインスタを監視する日々。
長谷さんの”ストーリー”は数日おきにぽろっと投稿される。
どれも、”この県のこれが美味しい”という外食の投稿や、”またあの野良猫。似てる笑”という野良猫との邂逅の投稿といった、まじでどうでもいい投稿ばかりだった。
どれも長谷さんの可愛らしさが溢れていて、俺はそっとスクショしている。
だって24時間で消えてしまうから。
時々書いてある”野良猫に似てる人”っていったい誰なんだろう?
どうやら野良猫に似ているらしい。
彼の意中の人なんだろうか…、そう思うと少し胸が痛んだ。
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