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第1話 シンデレラストーリー①

 自分が受かったのは、何の間違いだろう。  ジェラルドは『スキャンダル』と書かれた脚本を片手に、ため息をついた。  もともとは一緒に受けた姉の方がやる気だった。ジェラルドは、たまたま暇にしていたその日に、彼女の付き添いでオーディション会場へ足を運んだにすぎない。  そこで監督らしき人に、 『君、オーディションを受けてみないか?』  と誘われた。  何故、監督が自分を選んだのか、ジェラルドはわからない。  その時の姿は何日も洗っていないジーンズに、襟のヨれたTシャツと、着古して内側のフリースがヘタってしまったパーカーという、休日だからといっても外出にはあり得ない程ひどい私服だったのだ。  二〇歳の頃からテレビ番組を本業にしてきていたが、この八年の間に主人公クラスでやったことは一度もない。エンドクレジットに出る多くのエキストラの片隅に、名前が載る程度の知名度しかないと自覚している。今はどちらかというとバイトでやってる地下鉄の駅のサンドイッチショップの方が本業よりも稼ぎは良かった。  それに対して、その場に居合わせた出演希望者たちは、ジェラルドだってテレビや映画でよく知っている顔だった。  受かるはずはない。  基本的に、ドラマの配役というのは監督や脚本家が既にオーディション前に確固たるイメージを決めている。そうして自分のイメージにあった俳優を、職人の目を通して集めてきた俳優データベースから探し出し、こっそりオファーをかける。そんなものだ。  だから、その時はただ気まぐれでジェラルドに声をかけただけで、すでに監督のお眼鏡にかなった人物がいるのだろう。そう、思っていた。  ところが、最終選考に残ったのは姉ではなく、ジェラルドだった。それも主人公エドベリー・サンダース役の。  テレビドラマの初主役。当然、ジェラルドが主人公ということで、姉がヒロインのカレン・ティモシーを務めることはなく、その役はキャシー・レーモンという、若いがそこそこに知られた美人女優が選ばれた。  棚から落ちてきた幸運か。全てが順風満帆! ……に思われた。  ジェラルドは端が擦り切れ、丸まってしまった紙の束で軽く肩をたたく。  クランクインの予定日はとっくに過ぎていたが、主人公であるはずのジェラルドは、その撮影を待って、未だ保留の状態にあった。彼の座るベンチの横に、古びたタブロイド紙が置かれている。開かれているのは芸能面だ。そこには、 「『スキャンダル』にスキャンダル?」  という笑えないタイトルが躍っていた。  それをちらりと眺め見て、ジェラルドはタブロイド紙をくしゃっと握り潰し、ゴミ箱に力任せに叩きこむ。  本当に笑えない。  まさか未婚のはずのキャシー・レーモンが、妊娠しているということが発覚するとは。  実は、顔合わせをしたその夜に、身の覚えがあったジェラルドなので、まさか、と内心ひやひやした。だがキリストでもあるまいし、出会って三日で妊娠三ヶ月の胎の子の父親が自分などとはあり得ない。  キャシーには事実婚状態の男がおり、どうやらその相手との子であるらしい。その存在は今の今までひた隠しにされていたので、ここにきての妊娠騒動は、それなりに波紋を呼んだ。  当然キャシーはヒロイン役を降り、再度オーディションが行われた。今度はジェラルドの姉は名乗りを上げなかった。  話題性の面から言えば宣伝効果はばっちりだったが、逆にその高すぎる宣伝効果は、女優の代わりを如何にするか、という難題を突き付けた。  中途半端な女優にさしかえれば、その女優も前の女優と同じじゃないか、と心ないメディアに痛くない腹を探られる事になる。かといって作品の概要は出来上がっているのだから、犯人役のイメージや役どころをがらっと変えることも難しい。  お蔵入りか、一から作り直しか。  制作側は大きな選択を迫られ、当然、主人公に内定していたジェラルドもその余波を受けることになったのだ。  監督は、今日、その返事を出すという。 「また……サンドイッチ屋に逆戻り、か?」  こつんと、壁に額をつけて、ジェラルドは深くため息をつく。  サンドイッチ屋の時ですら、七割方、同業で売れている妻に家計を頼っていたのに、この仕事に専念したくて、他の仕事を控えている現在、ほぼ百%家計は彼女の稼ぎのみだった。この仕事がうまくいけば、少しは彼女を楽にしてやれるし、彼女の願いだって叶えてやれるだろう。そう思っていた、のに。  ジェラルドは眼を閉じる。  降って沸いた幸運だったために、それを失う落胆は予想外に彼を打ちのめした。 「ジェラルド、入ってくれ」  会議室の扉が開き、監督がジェラルドを呼ぶ。とぼとぼと中に入り、どかっと椅子に座る。どうにでもなれ、という気分だった。 「結論から言おう。ドラマは続行だ。多少の変更はあるが、その変更点の中に、君はいない。主人公として、このドラマで頑張ってもらいたい」 「よかった。交渉代理人、雇わないとな」  監督の言葉に、ジェラルドは両手を広げ、肩をすくめた。 「契約書類は後日郵送する。ただし、その前に二、三の変更点について理解してもらいたい」 「わかりました。なんです?」 「第一に、脚本が多少変わる。大筋では変わらないが、パートナーが変わるので、それに伴ってセリフや、流れに変更が生じた」  監督はジェラルドが手にしていた丸まった脚本を預かり、新しい脚本を与えた。  ジェラルドはそれをぱらぱらとめくる。少なくとも、キャラクターの名前に変更は無いようだった。セリフが二、三変わっている気がするが、おおむね前のものと似た感じだ。この程度の変更なら、アメリカのドラマ撮影ではむしろ気にする方がおかしい日常茶飯事だった。  パタンと、脚本を閉じた。 「問題はない。他には?」 「パートナー役のカレンだが、女優ではなく、俳優に変わった」 「え?」  ジェラルドは問い返し、もう一度脚本を読みなおす。 「名前は……カレンですよね?」 「男にだってつける名前だ。問題ないだろう。だがさすがに視聴者へのサービスカットを、男同士でやるわけにはいかないから、そこは削除させてもらった」 「でもセリフに変更ないですよ。なんか、これは、微妙に、友情とか信頼を超えてる感じが……」 「ゲイテイストがある方が、視聴率が維持できるのが昨今でね」 「エドベリーはゲイに変更ですか?」 「いいや。エドベリーは君が思うエドベリーでいい。優秀だが、掴みようのない、冷静だが、熱さを失わない。そういう様々な側面をもっているのが君の選ばれた理由なのだから」 「はあ、まあ…ありがとうございます」  ほめられたことは嬉しかったが、ジェラルドは脚本をめくりながら不安だった。  ゲイテイストを漂わせることが昨今の人気維持に一役買っていることは知っている。  ジェラルドはゲイフォビアではないし、ゲイを公言している友人もいる。問題はない。  ただ、その相手と疑似恋愛をするとなると、一抹の不安がないわけではない。アメリカドラマ界には、ゲイテイストが人気の一因を担うというジンクスよりも古く、根強いジンクスがある。  奇抜なサプライズ。  とにかく、先が読めてしまう、一話目からあっと驚けない、そんなドラマは打ち切られるのが落ち。  そうなってくると、相手がドラッグクイーンちっくな巨漢ゲイで、実はかつての敏腕のFBI調査官、そして名前はカレン、というキャラクターになる可能性もある。  ちょっと受け入れるのに時間がかかりそうだ。  脚本をぱらぱらと眺めながら、胸中に広がる不安をジェラルドは落ち着かせようとした。 「それで、カレン役についてだが、これもオーディションで決まった」  それが巨漢のドラッグクイーンが似合いそうな、海兵隊風のアクション俳優で無い事を願う。 「名前くらいは知っているかな。ユアン・ルイスだ」  監督はそう言った。

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