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第22話

それは、話し合いの結果ではなかった。確認も、約束もない。 ただ、誰も止めなかった。それだけ。 翌朝、絢聖は、いつも通り目を覚ました。目覚ましは、鳴っていない。 でも、時間は分かる。生活は、まだ、壊れていない。その事実が異様だった。 悠は、キッチンにいた。 「おはよう」 声は、平ら。悠は、夜の熱を朝に持ち越さない。それも、いつも通り。 「おはよう」 絢聖も、同じように返す。 何も、起きていないみたいに。現実味がない、日常。それが、ここにある。朝食に響く箸の音。皿の触れる音。 どれも、変わらない。悠は、絢聖を見ている。だが、見抜こうとはしない。見ないという選択。 現実を維持するための行為。それが、はっきり分かる。 「今日、休もうと思って」 悠が言う。理由は、言わない。聞いてはいけない。聞かないことが、優しさになる段階に入っている。 「分かった、僕は休まないけど。在宅に切り替えようと思ってる」 ——この人は、もう、知っている。間に合わないことを。 ——でも、確かめない。 確かめなければ、選ばなくて済むから。それが、悠の選択。 昼過ぎ、秋頼から連絡が来る。短い。 「身体は大丈夫か?」 それだけ。あの日、行為があったことをなかったことにしていない一文。 「はい」 一言だけ返す。それ以上、続けない。言葉を重ねたら、合意になる。それを、二人とも避けている。 悠は、家から一歩も出ない。話しかけてもこない。しかし、その沈黙は、責めではなく、配慮だ。考える時間を与えてくれている。それが、痛いほど分かる。 夜、秋頼の家へ行く。それが、逃げだと分かっていながら。 用事は、ない。理由が要らなくなった時点で、関係は変質している。 「……来たか」 秋頼は、それだけ言う。驚かない。拒まない。 「こんばんは」 絢聖は、靴を脱ぐ。いつもと同じ動作。でも、意味は違う。二人で向かい合って座る。 距離は、この前より少しだけ遠い。続けるという選択は、近づくことだけじゃない。離れないことでもある。 「……この前のことは」 秋頼が言いかけて、止める。 「言わなくていい」 絢聖が先に言う。声は、落ち着いている。合意を言語化しないための選択。 秋頼は、小さく息を吐く。それ以上、踏み込まない。ここに、留まるために。それが、二人のやり方。 帰宅すると、悠はリビングにいた。ソファーに座って、灯りもつけずに。  「おかえり」 声は、静かだ。 「ただいま」 その二言で、十分だった。問いがない。答えも要らない。 その夜、三人は、それぞれ別の場所で眠った。 だが、関係は一つだった。誰も、終わらせなかった。誰も、修正しなかった。だから、続いてしまった。 翌日も、その次の日も、同じように時間が流れる。 日常は、崩れない。崩れないことが、一番の 地獄だと、まだ、誰も口にしない。 三人は、理解している。言葉にした瞬間、選ばなければならなくなる。選べば、必ず誰かが壊れる。だから、選ばない。 続けてしまう。それが、この関係の合意だった。

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