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第24話

最初は、違和感だった。はっきりとした欠落じゃない。何かが足りないという感覚だけが薄くある。 生活は、驚くほど整っている。悠は、変わらない。朝は起きて、仕事へ行き帰ってくる。声も、態度も、距離も。何も、崩れない。それが、一番、不思議だった。 「今日、早いな」 「色々片付いてきた」 それだけの会話。穏やかで、摩擦がない。安定している。昔なら、望んだはずの形。 でも、胸の奥で小さく乾いた音がする。 夜、ベッドに横になる。悠は、隣にいる。触れない。でも、離れてもいない。 守られている距離。それが、今の二人の形。 目を閉じると、別の沈黙が思い浮かぶ。秋頼の家の静けさ。解決されないままの沈黙。揺れを問題にしない空気。それが、恋しくなる。 「恋しい」 そう、はっきり言葉にしてしまうと、胸が軋む。 失ったわけじゃない。でも、そこにはもう、行けない。 その事実が、乾きを増幅させる。 悠が寝返りを打つ。微かな布の音。現実の音。それが、確かにここにある。でも、生きている実感はない。 ——揺らしたい。 ——確かめたい。 ——まだ、影響を与えられるのか。 その思考に、ぞっとする。安定が、不安に変わり始めている。 「……絢聖」 悠が、呼ぶ。 「最近、静かだな」 心配でも、詰問でもない。ただの事実。 「そう?」 とぼけた返事。 悠は、それ以上踏み込まない。踏み込まないことが、もう、優しさじゃないと感じてしまう。その自覚が、悠への気持ちを表してしまっている。 昼間、一人でいるとき、スマートフォンを何度も手に取る。 連絡先を開いて、閉じる。送らない。でも、消さない。それが、答え。 安定は、僕を守ってくれる。でも、満たしてはくれない。むしろ、不安が押し寄せる。 その事実を、もう、否定できない。 夜、シャワーを浴びながら、鏡を見る。映っているのは、落ち着いた顔。 疲れていない。不安定でもない。でも、欲している。その目だけが、嘘を吐いていない。 ——このまま何も起きなければ、壊れない。 ——でも、削られながら生きる。 その二択が、はっきりと見えてしまう。 ベッドに戻る。悠は、すでに眠っている。安心しきった寝顔。信じ切っている人の顔。愛おしさを感じるのに、胸が痛む。 ——この人は、揺らさない。揺らされない。 ——だから、壊れない。 歪んだ、安心感。 天井を見つめながら、僕は思う。 乾きは、不幸じゃない。生きている証拠だ。そう、自分に言い聞かせる。 そして、気づいてしまう。この乾きは、また、誰かを巻き込む。それでも、止められない。乾きは、兆しじゃない。すでに、次を呼んでいた。

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