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第9話

「黒瀬、マジで言ってる?」  上田の声が僅かに上擦る。茶色のローファーがリビングのフローリングを踏み、小さく音を立てた。目の前のゲージの中では、スノーボールが慌ただしく餌を頬張っている。 「だからごめんって」  俺は理由もなくラグを踏みにじり、くしゃくしゃと縒れていく様を眺めていた。見慣れてしまったけど、この白いラグ、なんか気に入らないな。新しいものに変えようと言ったら、筑紫さんは二つ返事で了承するに違いない。   「でも、話だけでも……」 「悪いけど、忙しいんだよね。言っただろ。俺は今の環境で頑張りたいって」 「頑張りたいって、お前……」  最後まで言えない上田に少し腹が立つ。無職でゲームばっかりしているくせに、何を頑張るつもりなのか、そう言いたいんだろう? 言いたいのなら言えよ。俺のことを見下しているんだって。俺のことを、都合のいい使い走りにしたかったんだって。 「そっか。わかった。……なぁ、黒瀬。元気でな」  だけど上田は何も言わなかった。何も聞かなかった。あいつは最後まで俺の前でいい顔をしていたけど、一体何の意味があるのか。俺たちの夢は、大学を卒業したと同時に終わっていたんだ。そんなこともわからずに、何がビジネスパートナーだ。  右耳に当てていたスマホの背面を爪で叩くと、コンと耳障りな音が鼓膜を揺らした。それと同時に、スノーボールが顔を上げて鼻先を俺に向ける。 「ごめん、ごめん。びっくりさせちゃった?」  小さく怒ったような声を出し、気まぐれな小動物は自分の寝床に引っ込んでしまった。俺は罪滅ぼしのためのひまわりの種を餌箱に落とす。嫌われていなければいいんだけど。  スマホをポケットにしまうと、寝室へ向かって歩き始めた。大きめのカーディガンの肩を少し引き下げ、ゆるく結んだネクタイをわざと曲げる。ワックスで作ったふわふわのヘアスタイルをもう一度整え、扉を開いた。 「お待たせ。いい子にしてた? せんせ」  ベッドの上に散らばるバインダー、名札、マーカー類。今日の設定は先生と生徒だ。 「はっ、も、しぬっ……勘弁、してくれ……」  俺が用意した小物に囲まれながら、筑紫さんはM字に開いた足の間をもどかしそうに動かした。黒の貞操帯に覆われたチンコは、ローターでゆるい刺激を与えられ続けている。 「死ぬ? 大袈裟ですよぉ」  的のように主張している秘部を蹴りつけると、「アヒィ」と情けない声が出た。俺は靴のままベッドの上に立ち、筑紫さんの髪を掴む。 「それに、先生には死ぬ権利なんてないんだよ。俺に死ねと命じられるまでは」  涙で濡れた睫毛の下、黒い瞳が真っ直ぐ俺を見上げた。言葉はなくても、乞い求めるものが何なのかはっきりとわかる。 「く、黒瀬…………」  乾いた唇がひび割れるように開いて、掠れる声を絞り出した。事前に決めたシチュエーションの通り、俺を呼ぶときは苗字で。 「どうしてほしいか言ってみなよ。筑紫先生?」  カチャカチャとわざと音を立てながらベルトを外すと、剥き出しの喉仏が大きく上下に動き、両手の拘束具が僅かに軋む。  ほらやっぱり。この人は、俺が、欲しくて欲しくて堪らないんだ。  俺はその甘えた吐息を掻き消すために、大きく振り被り頬を叩いた。  今日、このベッドの上を支配するのは、この俺だ。 <了>

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