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[バク] 1.彼らと出会う前には
ウトウトと夢を見ていた……。
昼寝で見た夢も、初夢と呼んでいいのだろうか?
わからないけれど、今年初めて見た夢であることは間違いない。
でもそれは、見たことを恥じるような、とてもイヤらしい夢だった。
愛おしく感じる大きな手が巧みに動き、僕に性的なことを施す。
僕は呼吸を乱し、その手によって追い詰められていった。
昂って、登り詰めて、解放へと向かおうとする。
導くのは男性の手だ。
でも、夢の中の僕は少しもイヤだとは感じていない。
そんな経験ないくせに、それは妙にリアルで。
味わったこともないくせに、酷く気持ちよく幸せだった。
それだけじゃない。
夢の中の僕には、ちゃんと居場所があって、自分の役割があった。
そして現状とは違って一緒に暮らす仲間がいて、僕はにこやかに、楽しそうに笑っている。
初夢は正夢になるのだろうか?
ならないのであれば、ずっとずっと夢の中にいたいと思った。
—
浅い眠りから目が覚めた。
色褪せたカーテンの向こうは「夕焼け小焼け」が鳴る前だろうに、陽が落ちて真っ暗だ。
僕は子どもの頃から使っている二段ベッドの下段で、布団にくるまって丸くなっている。
平均身長より背が低く痩せている僕が収まるには、この狭さでちょうどいい。
部屋の中は子どもの頃のまま。
八畳間に、学習机が二つ。
奥には、埃をかぶった地球儀と何種類もの動物図鑑。
一目でその机が何年も使われていないと分かる程、物置と化していた。
目線の先にあったドアノブがゆっくりと回転し、部屋のドアがノックもなく開く。
八つ年上の兄・孝志(たかし)が、暖かそうなダウンジャケットを羽織り、マフラーを巻いた姿で声を掛けてきた。
「洸(こう)、俺仕事行くから。後で電話すると思う。支度しておいて」
「うん」
小さな声で返事をする。
兄は一度閉めかけたドアを再び開けた。
「冷凍庫に色々あるから。ちゃんと食えよ。リビング、エアコン入れっぱなしにしておくから」
僕が頷くのを確認して、ドアが閉まった。
程なくガチャリと玄関から鍵の掛かる音が聞こえ、僕は重い身体をのっそりと起こす。
手も足も、怠い……。
中学に入った頃からずっとこんな調子だ。
当時、母親が色々な医者に連れて行ってくれたが、原因は分からないままだ。
それでも年末年始はずっと家にいたから、比較的気分は良いほうだった。
年が明けた今月、僕は誕生日を迎え二十歳になる。
今はこの生まれ育った2DKのマンションで、兄に養ってもらい暮らしている。
部屋の中には少しの正月らしさもないし、来週の成人式に出る予定も全くない。
リビングは照明が付いていて明るく、エアコンのお陰で暖かかった。
冷凍庫を開け、凍った炒飯を皿に盛り、電子レンジで温める。
リビングのテーブルも子どもの頃のままで、両親と兄と僕用の、四脚の椅子が置かれていた。
父と母はもうこの家にはいない。
僕は子どもの頃からの定位置に座って、美味しいとも感じない炒飯を飲み込んだ。
兄は以前両親が使っていた、十畳の和室を使用している。
その部屋の畳も、すっかり日焼けし擦り切れてしまっていた。
兄にとっては寝に戻ってくるだけの家だから、気にはしていないだろう。
家中の家具は全て幼少期のままなのに、笑顔が絶えなかった頃の雰囲気は、もうどこにも残っていない。
炒飯の皿とスプーンを洗い、兄から呼び出しの電話が掛かってきませんように、と願いながらシャワーを浴びた。
そう思いながらも、電話が来たらすぐに家を出ないと兄に迷惑を掛けるから、最低限の身支度をする。
鏡の前に立つと髪が全体的にだらしなく伸びているのが、気になった。
このまま行ったら綺麗好きの叔母を、嫌な気持ちにさせてしまう。
だから文具バサミで摘まむようにしながら、襟足、もみあげ、前髪も切った。
自分で髪を切るようになってもう五年が経ったから、最近では結構上手く切れている。
真っ黒くストレートで柔らかい髪は、母親譲りだ。
父親似の兄は、腰のある太い髪をしている。
兄は身長も平均より高く、僕は平均より低い。
女の子のようだと言われるパッチリした眼の僕と、切れ長の眼の兄。
僕らは顔も性格もあまり似ていない。
ただ耳の形が似ていて、そこだけが兄弟であることを裏付けていた。
二十一時を過ぎた頃。
テーブルに置いていたスマートフォンが震える。
深く息を吸い込んでから手に取り「はい」と出た。
「洸、今から来れそう?」
「うん」
「寒いから、暖かくして気をつけて来いよ」
「うん」
兄の電話からは、背後にガヤガヤと賑やかな声が聞こえていた。
高校生の頃から着ているダッフルコートを羽織り、その頃から持っているマフラーを巻く。
そしていつから使ってるかも思い出せない斜め掛け鞄を掛けて、家を出る。
この家にちゃんと帰ってくる気になるように、僕はあえて、照明とエアコンを付けたままにした。
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