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[サーバル] 3.サーバルへの勧誘

洸は、スプーンみたいな嘴をしたヘラサギから目を離し、俺をじっと見つめてきた。 無になった者がどういう状態なのか当事者の話を聞くのは、初めてなはずだ。 「思い出は曖昧でも、何か大切なことがポッカリ抜けているって感覚だけはあるんだ。この人に何かされたんだって、それだけはわかった。だから俺は和樹さんに食ってかかったよ。「何したんだよ、俺に」って。「さぁ?」すました顔でそう答えた和樹さんを睨みつけた」 「『騙し討ち』は、英語の先生の依頼だったの?」 「まぁそういうことだよ。今でこそ、組織は口コミで依頼が途切れないけれど、始めたばかりの頃は相談者を見つけるのに苦労してたみたい。バーとかで「別れたいんだよー」なんて話をしてる人に、サーバルが声を掛けて営業していたらしいよ。その第一弾が俺ってわけ」 俺は、できるだけ軽い口調を洸に聞かせる。 「詳しくは知らないんだけど、「草上カウンセリング」を事業化する前にも、和樹さんはバクと仕事をしていたらしいんだ。でも複数のバクや従業員を雇って事業化するとなると、勝手は違う。相談者を見つけなきゃ、増やさなきゃって必死な時期だったんだろうよ」 洸と二人、鳥ばかりの分園を出て、本園には寄らず、帰路に着く。 「それ以来、和樹さんはなぜか時々会いに来てくれた。突然ふらっと。思えばあれは組織としての追跡調査だったんだろうな。それでも縁が繋がって「サーバルにならないか」って声を掛けてもらったんだ」 バクである洸に話せるのは、ここまで。 こうして時々現れるこの五つ年上の上品な男に、俺のポッカリ空いた心の一部が補填され、いつしか好きになっていたなんて、彼の前ではできない話だから。 「それで大学を出た二十二才の時、草上カウンセリングに就職した。今は二十一もあるチームだけど、まだ十二チームしかなかった頃だよ。一年間は先輩サーバルに付いて学び、二十四才の時に、初めてチームを持たせてもらったんだ」 「そのチームはどうしたの?誰かとサーバルを交代したの?」 当然の疑問だろう。 「そのチームはね、一年で解散したよ」 「解散?」 「そう。バクとディンゴが愛し合うようになってしまったんだ。そして互いに思いを告げて、無になってしまった。二人とも、もう一緒に暮らすのは無理だって言って、別々に家を出て行ってしまったよ」 立ち止まって洸を見ると、その顔は強張っていた。 「だからね、洸くん。君も気を付けて。絶対にディンゴなんか好きになっちゃダメだよ。もし好きかもしれない、と思っても、それは俺が英語の先生に思っていた気持ちと同じだ。最初に性的な接触をした人だから、好きな気がしてるだけ。まやかしだよ。俺の言いたいこと分かるだろ?」 洸は、泣きそうな顔でコクリと頷いた。 酷いことを言ったと思うが、もう二度と同じ失敗をしたくない。 洸にも辛い思いは、させたくない。 洸が少し震える声で質問してきた。 「ディンゴがバクに「好きだ」って言って、言われたバク自身がそれを食べちゃったってことだよね。互いにってことは、バクもディンゴに「好きだ」って言って、それを自分で食べちゃったの?」 「うん、そうだよ。自分で自分の愛を無にしてしまうんだ。だからね、絶対に口にしてはいけないよ」 強い口調でそう告げたら、コクリと神妙に頷いてくれたけれど、洸は食い下がってくる。 「でも、もしももしも、僕が誰かを好きになっても、口にしなければ消えないんだよね?」 縋るようにそう聞かれた。 確かにそうだ、その通り。 それも禁止したら、バクに一生誰のことも好きになるなと、言っているようなものだ。 「洸くん。バクの愛は諸刃の剣だよ。覚えておいて」 洸の眼を見れば、誰かを思い浮かべているのが一目瞭然だった。 だから「ディンゴは若くない男にしてほしい」って和樹さんにお願いしてあったのに。 よりによってあんな美男を、連れてくるなんて。 機会をみて、洸のディンゴである了也にも、釘を刺しておかねばならない。

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