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第二章 それは突然に
月日の流れはとても早く、大学受験が終われば、キャンパスライフが待っていて。今しか出来ないからと、学びも遊びも恋愛も、一生懸命だった。
だから、おだっちとの突然の別れと、それの悲しみは、いつの間にか『思い出』になっていた。
そんな軽い友人関係だったとは思ってはいない。でも大学生になった僕は、志望大学に合格出来て、憧れていた都会で暮らすようにもなって、それが僕の全てになっていた。地元で暮らしていた頃の僕は、そこには居なかった。
就職も上手くいって、それなりの暮らしを自分で手にする事ができると、更に『思い出』から『過去』になっていた。
そんなある日、その『過去』が目の前に現れた。
◇◆◇◆
いつものように、早めに出社した僕は、オフィスラウンジでボーっとしながらコーヒーを飲んでいた。ボーっとしているといっても、その日の就業に向けて気持ちを作っているだけなのだが。就業時間ギリギリに出社すると、なんだか一日そわそわして、ケアレスミスを起こしそうで嫌だった。
「すみません」
突然声を掛けられて、僕はコーヒーを零しそうになった。
声の方を見ると、男性が立っていて、ゲスト用のパスを首から下げていた。来客にしては早いし、そんな予定あったかな、と思ったが、
「失礼致しました」と、応接コーナーに案内した。
「私、総務部の青田 と申します」と、僕は名刺を差し出した。
名刺を受け取った、その来客の反応がとても驚いているようで、僕は少し怪訝な顔をしてしまった。すると、
「敦 ……」と、呼び捨てられた。
失礼だなと思っていると、
「俺だよ。裕晴。織田 裕晴 だよ」と言ってきた。
『おだっち』なんだこの人は、と頭では理解していても、本当に予想もしていなかったので、僕は驚いた表情のまま、何も言えずにいた。
「まさか、敦にまた会えるなんて、思ってもいなかったよ」と、おだっちは微笑んだ。
それでも僕はまだ信じられなくて、
「あの……本当に、『おだっち』ですか?」なんて聞いてしまった。
おだっちは笑いながら、
「そうだよ、『おだっち』だよ」と、言った。
◇◆◇◆
おだっちは、僕が勤めている会社と技術提携の契約に来たらしい。
確か、そんな話、同僚の営業部の奴が言っていたな、と思った。
「おだっち、営業職なの?」
「そうじゃないんだけどさ、うちの会社、小さいから技術があっても限界があってね」
「おだっち、社長なの?」と、僕は驚いて聞いた。
「違う違う。色んな業務を一人で熟 してるだけの平社員」と、苦笑いするおだっちだった。
総務の僕は、余り関係がないので仕事の件では交われなかった。
退社しようとエントランスを抜けようとしたら、
「敦!」と、おだっちに呼び止められた。
「おだっち、まさか待ってた?」
おだっちは、ニコリとして頷いた。
せっかくだからと、近くの居酒屋に行く事になった。
八年の空白が嘘のようだった。
酒が入ったせいか、僕は少し気が大きくなってしまった。
「おだっちさ、今更だけどさ、謝れよ」
「……黙って引っ越した事か?」と、おだっちは少し俯いて言った。
「そうだ!『また明日な』って言ったのに、引っ越してんじゃねぇよ!」
「……悪かった。本当に、ごめん」
ちゃんと話を聞くと、おだっちの親御さんの仕事の都合ではなく、離婚が原因だった。母方の実家に行く事になってしまい、そうなると高校に通える距離じゃなくて仕方がなかったという。
そんな事を聞かされて、僕は酔いも醒めたし、逆に悪い事聞いたなと思ってしまった。
「それは……しゃあないよな……でも、引っ越す事は分かってたんだろ?教えて欲しかったよ」
「そうだよな。すまん……」
何だか盛り下がってしまったし、明日も仕事なのでお開きにする事にした。
駅に向かう途中、ぽつりぽつりと話をした。
「で、明日には地元に帰るわけ?」と、僕はおだっちに聞いた。
「いや、明日も打ち合わせがあるからさ、帰るのは月曜だよ」
「おっ、土・日こっちで羽伸ばす気か?」
僕は茶化して言ってみた。
「そう。なかなか上京する機会ないからな」と、おだっちは穏やかに言った。
おだっちが泊まるビジネスホテルの前に着いて、
「じゃ、また明日な」と、僕はそう言って駅に向かおうとした。すると、
「敦、もう少し時間くれないか?」と、おだっちが僕を引き留めた。
時間が時間だったが、久々の再会だったし、
「終電までだぞ」と、言ってコンビニで酔い醒ましのコーヒーを買って、近くの公園のベンチに並んで座った。
少し間をおいて、おだっちが話し出した。
「あの日も、こんな感じで暑かったな」
「え?あぁ、夏休み……」と、僕も当時の事を思い出してきていた。
「俺さ……」と、おだっちが言いかけて止めた。
何だか様子が変だなとは思ったが、
「どうした。悩み事でもあるのか?」と、僕は軽く聞いてやるか程度でいた。
すると、
「俺さ……ずっと敦の事が好きだったんだよ……」と、おだっちが小さな声で言った。
『好き』の意味が分からなくて、僕はキョトンとしてしまった。
「俺、敦にずっと片想いしてて……」
おだっちは、僕が思いもよらぬ事を話しだした。
自分は恋愛対象が男性である事。
僕の事は、中学くらいから意識していた事。
高校進学はもっと偏差値の高い所を勧められていたが、僕と一緒に高校生活を送りたくて同じ高校に決めた事。
あの夏の日は、もう二度と僕に会えなくなるから、受験勉強を口実として毎日会いに行っていた事。
引っ越す事を教えなかったのは、僕への想いを吹っ切るためだった事。
そして、まさか再会する事があるとは思ってもいなかったから『好きだ』という気持ちが、今また溢れてきてしまっているという事。
淡々と、おだっちは僕に説明しながら、気持ちを伝えてきた。
正直、思考が追い付かなかった。どう返せばいいのか分からなかった。ただ、僕はその気持ちには応えられないのは確かだった。
「おだっち……僕は……」
「分かってるよ……」
僕の親友としての『好き』と、おだっちの僕に恋をしている『好き』のすれ違っていたなんて、そんなの想像できるわけないじゃないか。と、僕は混乱していた。
そして、おだっちは、
「最後のお願い……帰るまでの残り三日間を俺にくれないか?」と、言ってきた。
「……どういう事?」
僕は、おだっちの言う事に理解が追い付かなかった。
「あの頃のように思い出を俺にくれないか?あの時ちゃんと出来なかった『サヨナラ』をしたいんだ」
おだっちが、今にも泣きだしそうな顔をしながら言うもんだから、意味を理解していないのに、
「……分かった」と、僕は言ってしまった。
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