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第三章 スクリーンに照らされた彼の横顔

 朝起きて、昨夜の出来事は夢だったのではないか、と思いたかった。でも現実で、去り際の悲しそうな微笑みを浮かべた、おだっちがずっと頭に残っていた。おだっちの、あんな表情を見た事がなかったから、ちょっと焦ってしまった。  気を取り直して、支度をして職場に向かった。  ラウンジでいつものように一人でコーヒーを飲んでいると、おだっちが現れて僕の横に座った。 「おはよう」と、おだっちが声を掛けてきた。 「おはよう」  しばらく沈黙が続いたが、 「昨日の事、突然あんな事言って悪かった。でも……」  おだっちはそう言いかけて、下を向いてしまった。 「まぁ、びっくりしたけど……三日間、おだっちは僕と何がしたいんだ?」  僕はそう言って、おだっちが言い淀んでいるのを後押ししてみた。  おだっちは、僕の方を向いて、 「簡単に言えば、敦とデートがしたい」と、照れくさそうに言った。    デートがしたい……デート……  僕は性的マイノリティに理解がある方だと思っていたが、いざそれを目の前にすると、自分は身を引いてしまい何とも言えない気持ちになるんだなと知った。ちょっと自己嫌悪に陥った。 「何処か、行きたい所でもあるのか?」  僕は自分の気持ちを隠すように、おだっちに聞いた。 「今日は、仕事終わりに映画を観に行きたい」と、おだっちが言った。  本当に普通のデートがしたいんだな、と僕は思った。 「今話題の映画?」 「うん、それでいい」  仕事中も何だか落ち着かなかった。ミーティングルームには、おだっちが技術提携の契約締結のための最終確認をしているのであろう。関係ないのに、そっちばかりに気を取られて、自分の仕事が手につかなかった。  昨日の件から、ずっとおだっちの事が頭から離れなかった。それは僕にも恋愛感情が湧いたわけではない。ただ、どう接していいのか……『三日間を俺にくれ』だなんて。もしかしたら、なんて事を想像しては、また自己嫌悪に陥ったりしていた。  僕が昼飯から戻ったら、もうミーティングルームは綺麗に片付けられていて、同僚に聞いたら、お昼休み丁度に契約もまとまって、そのまま食事会に出かけて行ったらしかった。何かちょっと拍子抜けしてしまった。    気づけばもう夕方になっていた。スマホを見ると、おだっちからメッセージが届いていた。 『映画館で待ってるから』  じっとそのメッセージを見つめていると、 「今日はデートなんですね」と、女子社員に見られてしまった。  僕は慌ててスマホを隠して、女子社員に、 「まぁ、うん。当たってるようで違うかな」と、意味不明な事を言ってしまった。  女子社員も、明らかに頭の上にクエスチョンマークが出ている感じだった。  定時になり会社を出て、映画館に向かった。向かう途中に、おだっちに『今から向かう』ってメッセージを送っても良かったんだけれど、何かが僕にブレーキを掛けていた。すっぽかす気はない。気持ちの整理がついていない事が、ストッパーになっていたんだと思う。  ◇◆◇◆  映画館に着くと、入口付近で壁に寄りかかってスマホを見ている、おだっちが居た。傍目から見ても、高身長で清潔感があり、通り過ぎる女性がチラッと見る気持ちも分からなくもなかった。 「悪い、待たせた」  僕は慌てて来た風を装ってしまった。 「適当に時間潰してたから」  発券を済ませ、座席に着く。 「定時で上がれたんだな」と、おだっちが言った。 「まぁ、意外と忙しくなくてね。このご時世、無駄な残業は悪だから」  僕は映画館の空調で涼むために、ネクタイを外した。    映画が始まるまで、たわいもない会話をしていた。  おだっちは契約も無事済んで、ほっとしているようだった。 「でも、帰ればまた忙しくなるなぁ。こんな大企業と技術提携出来て良かったけどさ」と、おだっちが言った。  実は僕は、多分おだっちの勤めている会社が吸収されちゃうんじゃないかと心配になっていた。すると、 「敦は昔も今も全然変わらないな」と、おだっちが苦笑いしながら言ってきた。 「は?どういう事?」 「全部思ってる事が顔に出てるって事」  僕はハッとしたが、丁度照明が落ちてくれて、ちょっとホッとした。  映画が終わるまでの時間、何を考えるでもなく、映画に集中するわけでもなく、スクリーンを見つめていた。  今思えば、おだっちとは幼馴染だったけれど、仲が良くなったのは高三の夏休み。あの一カ月半くらい。おだっちは、あの時何を思って僕と受験勉強していたんだろうか……引っ越してしまうまでに、僕との思い出を作りたかったとは言っていたけれど、好きな相手を前にして、その気持ちを隠して、平然と親友の振りをするのって、本当は凄く辛かったんじゃないかな、と僕は考えていた。  ◇◆◇◆  映画館から出て、ぶらぶら歩きながら『飯でも食うか』と誘ったけど、おだっちは『ホテルで残りの仕事を片付けたい』と断って来た。 「忙しいのに、映画なんて、良かったのか?」と、僕は気を遣ってしまった。 「俺がお願いしたんだから、気にするなよ。一つ、お前としたかった事が叶ったから、今日は満足してる」  そうおだっちに言われて、凄く照れてしまった。本当に、僕の事を想っていたんだな、と。 「明日は、どうすんだ?それこそ飯でも行くか?」  おだっちは少し考えていたが、 「うーん……敦と……水族館に行きたい」と、言った。  僕は思わず、おだっちを見てしまった。映画の次は、水族館デートか…… 「敦が嫌じゃなければさ」と、おだっちも微笑みながら、こっちを見た。  思わず目を逸らしてしまったけど、 「嫌じゃないよ。水族館な。いいよ、行こう」と、僕は言った。  『じゃあ、また明日』と、別れて電車に乗り込んだ。金曜日なのに、意外と空いていて、車窓から見える夜景を眺めていた。  なんだかんだと約束の三日間のうち、一日目が終わった。あと二日。それが過ぎたら、おだっちはどうするんだろう、なんて考えていた。  その時は、さっきみたいに『じゃあ、またな』って言って、たまに連絡取り合って、年一くらいで会ったりするのかな、と漠然と考えていた。

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