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第四章 ガラスに映る、もの言いたげな彼
スマホのアラームで目が覚めた。
土曜日は、いつも昼頃まで眠っている。世間では『朝活』が流行っているようだけれど、僕はいまいち理解出来なかった。平日は、あくせく働いて、繁忙期は仕事を持ち帰る事もある。休みの日ぐらい、のんびり何も考えないで休みたい。まぁ、それが原因で恋人が出来ても長続きしないんだけれど……彼女居ない歴半年の僕である。
時計を見ると、八時半。眠い目をこすって、おだっちとの『水族館デート』のために支度をする。
洗面台の鏡に映る自分を見て、あの夏に比べれば僕も大分変わったよなと思った。おだっちは、今の僕を見て、どう感じているんだろうか?
『好きだという気持ちが、今また溢れてきてしまっている』
なんて言っていたけれど、あの頃の僕では、もうないわけで……
『がっかりさせたかな……』
「何考えてんだ……」と、自分を見つめながら赤面してしまった。
◇◆◇◆
あいにくの雨。待ち合わせの場所を、水族館の入り口に変えた。
まだ、おだっちは来ていないようで、中に入るわけにもいかないから、雨宿りする形で、その付近で待つ事にした。
雨脚が悪いせいか、客の数も少ない気がする。
地元には水族館なんて、あるわけがなくて。市民会館で、まぁまぁ大きめの水槽に熱帯魚がいたっけな、と思い出した。本当に何もない所だった。思えば去年も地元に帰らなかった。親は何も言わないけれど……何か不孝者だな、と心がチクっとした。
そう俯いていると、
「ごめん、遅れて」と、おだっちが傘も差さず走って来た。
思いの外、物思いに耽り自己嫌悪に陥っていたようで、びっくりしてしまった。
「あれ、どうかしたか?」と、おだっちが心配そうな顔をした。
「違う違う……何でもない。何もない」と、僕は苦笑いで答えた。
チケットを買って入場する。
水族館デートなんて、意外と初めてだったと今更気が付いた。とりあえず、『順路』の矢印の方向に行けばいいんだろうと歩き出した。
「おだっちは、水族館好きなの?」
沈黙が嫌で、何となく声を掛けた僕。
「何となくさ……」
「ふーん……」
何だか盛り上がらず、二人の間に変な空気が流れだした。
するとガラス越しのペンギンの一羽が、仲間を追いかけるのに羽をパタパタさせながらピョコピョコ慌てだしたと思ったら、つまずいて盛大に転 けた。
それが唐突過ぎて、二人で大笑いしてしまった。
「なんだアイツ」
おだっちは、腹を抱えて笑いながら言った。
「『置いてかないでぇ~』って、感じで転けたな、アイツ」と、僕も笑いながら言った。
あのペンギンのお陰で、二人の間に流れた変な空気が和んだ。
順路通りに進んで、いつの間にか大水槽の前に来ていた。色んな魚が泳ぎまわっている。
近くのベンチに二人で腰掛けて、しばらく大水槽を見つめていた。
「敦は彼女、居るの?」
おだっちが、今更な事を聞いてきた。
「居ないよ、今は。おだっちは……」と、僕は言いかけて、どう訪ねたらいいのか考えてしまった。
「俺は、居るよ」
「えぇ?」
僕は、おだっちをまじまじと見てしまった。
付き合ってる人が居るのに、何してんだよ……って。
「何となく、体の関係からずるずると……付き合ってるっていうのか、どうなのか……」と、おだっちが俯いて言った。
「好きじゃないのか、その人の事」
「……分からない。体の相性が、いいだけなのかも……」
そう、おだっちに言われて、僕は何だかモヤモヤしてしまった。おだっちが、好きかどうかも分からない奴とセックスしてるのかと思うと、少しムカついてしまった。でも、だからって、僕がそれを咎める事は違うのかなとも思って……
「僕と二人きりで会ってるってバレたら……」と、僕が言いかけた時、
「あぁないない、怒らないよ。向こうは、俺の事セフレだと割り切ってるから」と、おだっちが言った。
思わず溜息をついてしまった僕。『セフレ』ってなんだよ……と、更にムカついてしまった。
「昔の俺の面影何て、一ミリもないだろ」と、おだっちが苦笑いしながら言った。そして、
「俺は好きかどうかも分からない男と寝てる。そいつと関係を断ち切れないのは、どうしてかな?」と、自虐的な事を言い出した。
せっかくペンギンが体を張って、僕たちを和ませてくれたのに、また重苦しい空気が流れ出した。
そんな事言われて、僕はどう反応したらいいんだよ……と。
「僕だって、昔の面影何てないだろ」と、ボソッと言った。
「まぁ、あの頃のように、ひょろくはないな」と、おだっちが微笑みながら言った。
「一応、ジム通ってるんで」と、僕はわざとらしく言う。
「でも……」と、おだっちが言った。
「でもさ、敦は、俺からしたら……何も変わっていないよ」とも。
そう言われて、僕はおだっちを見た。
おだっちは大水槽を見つめながら、
「敦は、昔と変わらず、少しクールで、でも思いやりがあって優しくて、一緒に居て安心する」と、言った。
「思いやりって……」
「適当な理由つけて断る事も出来たのに、ちゃんと俺に付き合ってくれてるじゃんか」
「そうかもだけど……」
おだっちは、立ち上がって大水槽に近寄り、水槽の中を見上げた。
僕も少し遅れて、その後ろに立って水槽の中を見上げる。
おだっちは、ずっと僕を引きずっているのかな?と思った。僕の事をずっと忘れられなくて、それを好きか分からない相手で穴埋めして……
「おだっち……」
「敦、売店で何か買って出よう」
おだっちは、そう言うと、さっさと歩いて行ってしまった。
『おだっち……お前は、今幸せじゃないのか?』
◇◆◇◆
「何で、これなん?」
おだっちに、ペンギンのキーホルダーを買ってもらった。
「何となく、これかなって思ってさ。今日の思い出」と、おだっちは笑って言った。
まだ夕方だったが、早めの夕飯を食べに、イタリアンレストランに入った。
さっきまでの重苦しさが嘘のようで、いや、お互いにそれを避けるために、全く関係のない事を、あーだこーだ言い合っていた。
酒が入ったのもあって、お互いやっと緊張が解れた感じになっていた。
よく見ると、酒が入ったおだっちは、色っぽいな、と感じた。
高校の時は、僕よりも背が高くて、がっしりしていて、イケメンだから女子からモテまくってて。でも、今のおだっちは、線が細くなっていて、色が白くて……これが本当の、おだっちなのかな?あの頃は、周りの目を気にして男らしくしてたのかな?
また僕は頭の中で、考えても仕方がない事で悶々としだしてしまった。
「敦、何?」と、おだっちに言われて我に返る僕。
「ん?」と、誤魔化した。
「酔って来たから、そろそろ帰ろうか」と、おだっちが席を立つ。
今気づいたけれど、そういえば彼は昔からこんな感じだったな、と思った。空気を読んで、僕との間に変な空気を作りたがらなかった。そうだ、だから喧嘩をした事は一度もなかった。
◇◆◇◆
夜風に当たりながら、何となく家路の方へ向かう僕ら。
「今日は、僕の家の方が近いから」と、交差点で僕は言った。
「そうか、俺はホテルまで二駅先だったな」
何となく、お互いこのままで別れたくなかったんだと思う。
「僕の家、行く?」
「いいの?」
「いいよ。幼馴染なんだぞ、ダメなわけないだろ」
僕は、タクシーを拾おうとした。
すると、おだっちが、上げた僕の手を掴んで降ろした。
「やっぱりダメだよ……」と、おだっちが小声で言う。
理解していても、何でダメで、何でそんなに悲しそうなのか、僕は辛くなってきてしまった。
「おだっち……僕はお前の気持ちには応えられない。でもさ、だからって、友人としても居られないのか?」
そう言っている間に、タクシーが止まってしまった。ドアが開く。僕は少し間を置いてタクシーに乗り込み、
「来るなら乗れよ」と、おだっちに言った。
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