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第50話 悪魔
そして七月の中旬になった。
俺はレセプトの試験を受けに行った。
朝から三時間。
内容はびっしりで、正直かなり難しかった。
どうなんだろう。自信はない。
結果は九月に届く。
今更バタバタしても仕方がない。
それよりも、夏休みに入ってからバイトがめちゃくちゃ忙しい。
親子連れが次々と注文に来るし、ネット予約もどんどん入ってくる。
汗びっしょりになる。
これが曲者で、すごく体力を消耗するんだよね。
でも、目一杯シフトを入れたのは自分だ。
やるしかない。
何も考えず、ひたすら仕事に集中した。
考える暇なんてない。
時々、友子からメールが届いた。
どうやら俺と遊びに行きたいらしいけど、
バイトがぎっしりだから無理と返信した。
俺は年中忙しいから、遊ぶ暇なんてないんだよね。
でも友子は、どうやらどこかのお嬢様らしい。
ふ、この大学らしいな。
幼稚園からずっとここなんだって。へえ。
俺には関係ない世界だ。
母から「夏休みは帰って来るか?」とメールが来た。
毎年、夏休みと年末だけは必ず連絡が来る。
分かってはいるけど、俺はいつも勉強とバイトで手一杯だから
「無理」と返信するしかない。
考えてみれば、入学してから一度も実家に帰っていない。
一番の理由は、お金がないこと。
それから、勉強とバイトに追われていることだ。
病院に就職したら、連休でもあればその時に帰ろうと思っている。
母にもそうメールした。
ついでに、病院に就職が決まっていることも書いた。
少しは喜ばせないと、と思った。
そして八月が終わり、九月一日。
今日から自動車教習所に通う。
無事に代金を払った。
でも夏休みのバイト代が入るのは来月だから、
とりあえず分割払いにしておいた。
そしてここで、思わぬ障害にぶつかることになった。
座学は簡単に終わったんだけど、
仮免前の運転教習が問題だった。
ここの教官は毎回変わる。
建物に併設された運転場は、学校の運動場みたいで、
大して広くはない。
いろんな障害物や踏切がある。
二回目の実習は女性の教官だった。
最初の挨拶はにこやかで、
「あ、いい教官だな」と安心した。
ところが、出発した瞬間に豹変した。
目を吊り上げて、まるでサディストみたいになった。
「はい、何やってるの! 車が壊れるでしょ! どうするの!」
金切り声で怒鳴り続ける。
この人、突然悪霊でも憑いたの?
俺はビクビクして、本当に漏らしそうだった。
一言怒鳴られるたびに身体がびくっと震えて、
耳の中がキンキンに響く。
それだけで身体が固まってしまうのに、
さらに罵詈雑言が飛んでくる。
なんで?
俺、ここでは“お客さん”じゃないの?
義務教育でもあるまいし……と泣きそうになった。
その教官が三回続いてしまい、
俺は完全に自信を失った。
もう免許は諦めようか――
そう思うほど暗くなった。
でも、考えた末に事務局に泣きついた。
「なんとか、あの女性の教官に当たらないようにしてもらえませんか?」
すると、事務の人はにこやかに、
「いいですよ。どの教官が苦手でした?」と聞いてくれた。
名前を答えると、
“ああ、やっぱりね”という空気で、
「はい、分かりました。組み直しますから大丈夫ですよ。続けてください」
あっさり解決した。
本当にホッとした。
それからは一度もその女性教官に当たらず、
他の教官が担当してくれた。
でも、あの恐怖が身体に染みついてしまって、
修了検定でとうとう一回ミスをした。
そのせいで、初めての場内運転(仮免技能)は落第だった。
俺の一生の恥だよ。
もう絶対に誰にも言わない。
墓場まで持っていく秘密だ。
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