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第47話 鬼神一家の姐
三月最後の日曜日の今日、結人と祥吾の夫婦固め、続いて結人と東吾の親子固めの儀式が執り行われる。
結人が正式に鬼神一家へ嫁ぐ日でもある。
結人は朝から緊張していた。昂る気持ちをなんとか抑え込んでいる、それがかえって緊張に繋がっているのだ。
「褌付けてやるから、裸になれ」
「いいよ、自分でするから」
「自分でやって途中で解けたらどうするんだ? 困るぞ」
それを言われたらちょっと困るかも……まだ慣れていないから付け方のコツが分からない。結人は渋々裸になる。
正月にも思ったが、別にパンツでもいいだろうと思う。誰の陰謀か? と疑う気持ちもある。とにかく違和感がある。どうも褌は慣れない。まだ二回目だからか、段々となれるのだろうか。
祥吾のにやついた視線が癇に障る。にやついた顔を見ると、やはり祥吾の陰謀かと思う。
「なんでにやついてるの?」
「可愛いと思って。お前、常も褌にしたらいいぞ」
「はあーっ、何言ってるの! 絶対にいやだよ!」
益々にやつく祥吾に腹がたちパンチを繰り出す。
「おっと、また猫パンチだな」
何が猫パンチだよと、更に繰り出すと、燁子が入って来たので、慌てて手を引っ込める。
「あなたたち、またじゃれ合ってるの。仲が良いわね。さあ、着付けるわよ」
いや、じゃれ合うって、結人は気まずくて祥吾を睨む。祥吾はそれさえも可愛いくて、小さく、くくっと忍び笑うのだった。
燁子がテキパキと着付けていく。前回と同じく立っているだけの結人だが、着付け終わると、なぜか身の引き締まる思いになる。これが、正装だからだろうか。
「うん、凛々しいわ。イケメンはお得よね。何着ても似合うけど、和服はまた格別よね」
「ああ、そうだな。良く似合っている。端正な美しさが際立つな」
いやいや、二人で勝手に納得しないでくれ。自分がイケメンとか、美形であると全く自覚のない結人は思う。結人にしては、未だ七五三感が拭えないのだ。
三人で東吾の部屋へ行くと、玲が東吾の隣にちょこんと座っている。玲も紋付袴の正装な事に驚く。
「玲くんも今日は正装なんだね」
にっこりと頷く玲。年相応に七五三だが、可愛いらしい中に、凛々しさもある。この子も中々の美形だと、自分のことは棚に上げて結人は思う。
「今日は一家の大切な日だ、玲も一家の一員として座を用意した」
東吾の言葉に成程と思う。幼い頃から、こうしてこの世界に触れていく。そして自然とこの世界の常識を身に付けていく。祥吾もこうして成長してきたのだろう。
多分、これが世襲の根源的な要因なのだ。後から身に付けるのは、簡単ではない。一般庶民の人間が馴染むのは大変だ。祥吾の母親が逃げ出した気持ちも分かる。
しかし、自分は逃げるわけにはいかない。ここまできたのだ、立ち向かっていくしかない。
「それでは皆様方、そろそろ大広間へ移動願います。全て整っております」
三角の声掛けで、皆が立ち上がる。
いよいよ本番だ。大丈夫、儀式の流れは、昨日までに何度も祥吾と練習して、叩き込んである。結人は決意を込めて、ぎゅっと手を握りしめる。
「結人行くぞ。大丈夫だ、俺が付いている」
祥吾が結人の背中に手を当てて言う。その手は大きく、着物を通しても温かみを感じる。この人と共に歩む道、何処へ行くのだろうか……今それは分からないが、一緒に歩いていこうと思う。
うん、大丈夫と言うように結人は、強く頷くのだった。
大広間で居並ぶ幹部たちの前で、先ずは祥吾との夫婦固め。続いて東吾との親子固めの儀式が執り行われる。
緊張しながらも粛々とこなす結人は、凛として美しい。皆、その壮絶なまでの美しさに、釘付けになる。
一家の跡目の祥吾の伴侶が男とは、正直皆が驚いた。しかし、今は納得できる。この人に若が惚れ込んだことに。
儀式が終わり、東吾と祥吾、そして結人が正面に並ぶ。会長である東吾が、皆を見渡し満足気に頷く。
「榊結人は、祥吾と夫婦となり今この場で、鬼神結人になった。そして、わしと親子となり鬼神一家の一員として受け入れた。皆もよろしゅう頼むぞ」
一家の会長の力強い宣言に、皆が一斉に「承知しました」と応える。結人には嵐のような響きを感じる。
東吾が結人に視線で促す。
結人は頷き、そしてその美しい顔を上げ、居並ぶ皆を見つめる。
この場にいる全員の視線が結人に集まる。
「私、榊結人はただ今より、鬼神結人となりました。若輩者ではありますが、これより鬼神一家の一員として精一杯精進してまいります。皆さま方、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」
頭を下げる結人に拍手が沸き起こる。皆が結人を受け入れた瞬間だった。
鬼神一家の姐の誕生である。
「誠にめでたい。待望の姐さんの誕生だ」
叔父貴と呼ばれる重鎮の言葉に皆が「そうだ、そうだ」と賛同する。
若頭の久城が立ち上がる。
「結人さんは若のご伴侶、本来姐さんとお呼びするのが筋だが、承知の通り、大変きれいな方だが男性だ。男性に姐さんと言うのも若干の違和感があるのも事実。結人さんは、一家にとってやはり待望久しい顧問弁護士でもある。弁護士の先生として、先生とお呼びするのが相応しいと思う。皆、それで良いか」
久城の言葉に皆が賛同する。
結人自身も安堵する。さすがに、男の自分に『姐さん』はない。新米弁護士に『先生』も面映ゆいが、それは受け入れよう。ほんとは『結人さん』のままでいいと思うけど、妥協も大切だと思うのだった。
「それでは、先生よろしくお願いいたします」
久城の先導で、皆が一斉に発して、頭を下げる。中々壮観だ。結人は頭を下げて応えた。
その後、ホテルに場所を移して、盛大なお披露目式が繰り広げられる。正に、披露宴といった規模のもので、結人は圧倒される。
何これ……どっかの政治家のパーティーみたいじゃないの、そんなの行った事ないけど。
しかし、驚いている暇はなかった。東吾と祥吾の二人から、次々と招待客に紹介されるからだ。
改めて、鬼神一家の規模の大きさに驚かされる。
全く、とんでもない人と一緒になったものだと思う。
大学出て一年。新人弁護士が、極道の跡目の伴侶で、顧問弁護士。何の冗談かと思うが、全て自分で選んだ現実。
確かに祥吾は強引な人だけど、結人も合意してここまできた。
結人は半ば開き直るように思う。
僕は鬼神祥吾の伴侶で、鬼神一家の顧問弁護士なのだと。
鬼神一家若様の初恋――完結しました。
お読みいただきありがとうございました。
結人が鬼神一家の姐になった後の、日常を続編として書けたらいいなと思っています。
その時はまた、お読み頂けると嬉しいです。よろしくお願いいたします。
それでは、皆様方の幸せを心から願っております。 梅川ノン。
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