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第46話 結人の覚悟

 結人が本宅へ来て四日が過ぎ、書斎の片付けも終わり、今日の合格発表を待つばかりになっている。 「今日は玲くんも来るの?」 「ああ、午後から姉貴と一緒に来る。あいつ待ちわびてたから張り切って来るぞ。今日はお前の合格祝いだから益々賑やかになる」 「合格祝いって、まだ発表されてないのに」 「合格だろ」  まあ、多分大丈夫とは思っている。そもそも落ちる人間はごくわずかの試験だ。それでも発表は緊張する。  考えたら中学入試、大学入試、司法試験の予備と本試、今回の試験数々の試験を受けてきたが、これが最後になる。  最後の合格発表を、結人は淡々と受け止める。  皆の期待と予想通り、結果は合格。  側にいた祥吾と喜びを分かち合った後、二人で会長である東吾へ知らせに行く。 「おーっ、その顔は合格か?」 「はい、おかげさまで合格しました」 「ああ、良かった、おめでとう。これでお前も正式に弁護士か」 「はい、合格したので早速弁護士登録されます。登録がすめば弁護士業務につけます」 「そうか、いよいようちの顧問弁護士の誕生だな。実にめでたい。今日は合格祝いだ。後から燁子と玲も来る」 「はい、ありがとうございます」 「そうだ、玲のことは祥吾から聞いているか?」  結人は祥吾を見てから頷く。 「はい、聞きました。僕が親として相応しいのかとは思いますが」 「それは大丈夫だ。何より玲がお前に懐いている。直ぐにではない。先ずはお前が軌道に乗ってからだ。だがその後はよろしく頼むぞ」  東吾に頭を下げられ、結人は恐縮する。弁護士としても、そして玲の親としても期待されている。  自分の持てる力精一杯頑張らねばならないと、気持が引き締まる結人であった。  そのまま東吾の部屋に留まり穏やかに談笑に講じる。顔を出した幹部たちから祝いを告げられ喜びを分かちあったりもする。  皆の喜びが直に伝わってきて、結人も心から良かったと思える。  和やかに過ごしていると、子供の足音がたたたっと聞こえてきた。あっと思ったら、玲が飛び込んできて、結人に抱きついてくる。 「おにいちゃん!」 「玲くん!」 「おにいちゃん、ここですんでるひとになったの?」 「そうだよ。僕のおうちもここになったんだよ」 「やったー! ぼくもここにすむ!」  玲の言葉に、大人は皆苦笑交じりに顔を見合わせる。子供の無邪気な言葉が、将来を暗示している。 「結人さん、合格おめでとうございます」  玲のあとから入ってきた燁子に言われる。 「ありがとうございます」 「おにいちゃん、どうかしたの?」 「結人さんは難しい試験に合格して、弁護士っていう偉い人になるのよ」 「おにいちゃん、きれいだし、えらいんだね」  そう言って更に抱きついてくる玲に、結人は面映ゆい気持ちになる。この子はどうしてこんなに、僕を高く評価するのか、未だに分からない。きれいで、偉いって……だが嬉しいのは確か。  ここまで懐いてくれているんだから、親子として一緒に暮らしても大丈夫じゃないかと思える。  祥吾と自分と玲。そうなれば、祥吾が父親だから、自分が母親の役割になるのか、不思議な気持ちにもなる。  祥吾と自分。当然子供は出来ない。ならば玲はありがたい存在。ただ、三角と燁子には罪悪感は感じる。大切な一人息子を取り上げることになるのでは? 二人共承知のこととは聞いたが……。  今は難しく考えても仕方ない。東吾の言葉通り自分が軌道に乗るのが先。この環境に、完全に馴染まなければ先はない。  ――――  結人の弁護士登録がされ、証としての弁護士記章を受け取った。 「ほーっ、これが弁護士バッジってやつか。見たことはあるが手に取るのは初めてだな」 「そうだよね、僕も初めて手にしたから。正式には弁護士記章って言うんだけど、通称はバッジだよね」 「そうか。これはいつも付けておくんだろ」 「そうだね。弁護士としての業務につく時は、これが証になるから、付けるのがきまりだね」 「警察手帳みたいなもんだな」  その後二人で東吾の部屋へ行き、東吾にも弁護士記章を見せる。反応は祥吾と同じである。 「ほーっ、これが弁護士バッジってやつか。弁護士が付けているのは見たことあるがな、成程。そうだ、結人の名刺も出来たようだな」  名刺? 何それ? と思うと、三角から名刺を手渡される。    鬼神法律事務所所長 鬼神結人 鬼神一家専属顧問弁護士とある。 「こっ、これは……このマーク」 「うちの代紋だ。わしとの親子固めが済めば、お前はうちの人間だ。この代紋はその証だ」  成程、要するに極道の証ってことか。弁護士には名刺いるけど、皆もこんな名刺持ってるのかな。 「あっ、あの、皆さんも名刺持ってるんですか?」 「幹部は持っている」  えっ、それは、じゃあ僕も幹部の扱い? いや違う弁護士だからかと混乱する結人。 「浩貴教えてやれ」  結人の戸惑いを察した東吾が三角に命じると、三角が結人に一枚の紙を見せる。 「正月にお見せした組織図です。これに若は載っていません。跡目として別格、位置づけとしては会長のすぐ下、ナンバーツーの若頭と同格と考えて下さい。そして結人さん、貴方は若と同格です」  えっ、えーっ! それって、つまり一家のナンバーツーと同格ってこと? 自分が!?  驚きに目を見張り祥吾の方を向く。 「驚くことはない。俺の伴侶なら当然だ」  当然って、弁護士に成り立ての新社会人の自分が、祥吾の伴侶ってだけでこんな大きな組織のナンバーツーと同格。驚くに十分なことだ。 「結人、いいか。わしと親子固めが済めばお前もこの代紋を背負うことになる。そして祥吾と共に会長であるわしを助力する。それがお前の役割だ。分かるか?」  それは分かる。理解は出来るが、結人には荷が重い。覚悟はしたが、改めて逃げ出したくなる。 「結人、いいか。一家の構成員は皆わしと親子の盃を交わす。つまり皆わしの子。一家は家族なんだ。親は子を守り、子も親を守る。お前もその一員になり、その立場は時代の親の伴侶。祥吾と共に親の立ち位置だと言えば分かるか?」  結人は無言で頷く。  結人の顔に悲壮感を感じた祥吾が宥めるように言う。 「そう思い詰めることはないぞ。お前には俺が付いている。俺は、命かけてお前を守る。そしてお前は、俺の力になる。お前が側にいてくれるだけで、俺には力になるんだ」 「そうだな、二人で助け合うことが大事だ。二人で先ずはわしを助け、そして祥吾の代になったら二人で一家を盛り立てていくんだ」  結人が祥吾を見てから頷くを見て、東吾は続ける。 「わしには伴侶がいない。まあ、いたのだが早くに別れて、以後はそのままここまできた。だがな、やはり伴侶は必要だ。共にたち、支えてくれる伴侶がな。幸い祥吾はお前と言う良き伴侶に出会った。これは一家にとっても実にめでたいことだ。結人、祥吾と共に一家を頼む。わしが心血注いで守ってきた子供らじゃ」  東吾の言葉に、結人は胸の奥が熱くなり、ぐっとこみ上げてくる。ここまで言われて、嬉しいのと同時に責任も感じる。逃げ出すわけにはいかない。自分も男だ。そして何より人として受け止めなければならない。 「この世界、親が子を守る度量と情を示せば、子は命かけて親を守る。つまりな、皆お前を守る」  結人は無言で頷く。そして、顔を上げ東吾を見つめる。  その眼差しは強く、光っている。 「はい、僕も覚悟してまいります。どうかご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」  東吾、そして祥吾も満足気に頷くのであった。

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