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マスカレード(1) 司視点 性描写有

「2,500円です」  受付の乾いた声に促され、(つかさ)は慣れた手つきで財布から2,500円を取り出した。すぐにロッカーの鍵とタオル、バスタオル、そしてヴェネチアン・マスクが渡される。よく舞踏会で着ける、目元を覆うマスクだ。  ここはハッテン場「マスカレード」。男同士の肉体関係を求める仲間が集まる。雑居ビルの2階にあり、建物に看板は無い。とある一室の扉に書かれた名前を見て、初めてこの店がそうだと分かるくらいだ。もちろん、何も知らない人間が迂闊に入り込まないよう、扉には「会員制」というプレートも貼られている。  司は、受付の隣にあるロッカールームに入った。一つひとつがカーテンで仕切られており、その中で服を脱げるようになっている。荷物をロッカーに入れ、バスタオルを腰に巻き、顔に仮面を着けると、司はカーテンを開け、奥にあるもう一つの扉を開けた。  中は暗くて、足元だけが淡いオレンジ色のLEDライトで照らされている。扉の上にある非常口を示す緑色の明かりが、やけに眩しく感じられた。通路には3人の先客が立っており、司が入ってくるなり一斉に視線を向けた。しばし舐めるように値踏みした後、興味をそそられなかったのか、誰もが再び前を向く。  司は歩みを進めて、通路の奥の壁に凭れた。横目でチラチラと先客をうかがう。特に、この人に抱かれたいと思える相手はいない。誰もが大柄な司よりも背が低く、痩せていた。もしかしたら、通路沿いにいくつかある個室の中にも誰かいるかもしれなかったが、わざわざ扉を開けて覗き込むのは気が引けた。  司がこの店の存在を知ったのは数ヶ月前。勉強の合間にインターネットで検索して偶然見つけた。店内にいる時は、仮面で顔を隠すというルールを気に入り、勇気を出して行ってみた。年齢を聞かれたら追い出されるかもしれないと覚悟したが、そんなことも無かった。そして、意気投合した相手と交わることができた。  それ以来、月に1回はこの店に足を運んでいる。本当はもっと行きたいが、限られた小遣いではこれが限界だった。  平日の夕方。まだ賑わうには早すぎるのかもしれない。今日も妥協して、この中の誰かと軽く済ませるのだろうと、諦めかけたその時だった。  扉が開いて、一人の男が入ってきた。暗がりに慣れた目で見ると、ずんぐりとした体つきをしている。男は、通路に立っている一人ひとりに対し、無遠慮に顔を近づけた。誰もが露骨に顔を背けたり、ルール違反だと言わんばかりに咳込んだりする。  誰にも相手にされなかった男は、通路の一番奥にいる司のところにもやってきた。まん丸い顔が間近まで迫ってくる。よく見ると、口元も輪郭も豊かな髭に覆われていた。香水なのか、森の中にいるようなツンとした匂いが漂ってくる。  司は逞しい男が好みだが、目の前にいる男には致命的な欠陥がある。司よりも5cmくらい背丈が低いのだ。近づくほど、司の視界には男のつむじやおでこが見えて、残念に思うのだった。  男はそんな司の気持ちを知る由もなく、見つめるのを止めない。やがて、ニカッと満面の笑みを浮かべると、唇を重ねてきた。逃げる間もなく、がっしりと太い腕で体が押さえつけられ、口の中に舌が入ってくる。司は戸惑いながらも、男の舌を吸い返した。  唇が離れるなり、男は「気に入ったぜ」と甲高い声で囁き、司の手を引いた。これ以上は拒もうと思ったが、皆がいる前で声を出すのは憚られたし、力負けして男の手を解けない。そのまま近くの個室に連れ込まれてしまった。  個室の中は、布団が一組敷かれており、枕が二つ並べられている。男は司を仰向けに横たえると、バスタオルを剥ぎ取り、向き合うように重なった。 「兄ちゃん、可愛いな」  体の重みがずっしりと伝わってくる。横になってしまえば、背丈の差はあまり感じない。司は男の背中へ両手を回し、その逞しさを手のひらで堪能してみた。男の口づけはやがて司の体へと下り、感じるところを確実に捉えてゆく。そのたびに固く結んでいた司の唇から声が漏れた。 「もっと喘いでくれよ。俺、興奮するんだ」  男の頭は司の股間へとたどり着いた。そして、何の躊躇もなく屹立した一物を口に含む。これまでになく大きな声が出て、司は思わず口元を両手で押さえた。 「へへへ、元気だな」  男は舌と指を巧みに使って、司に刺激を与え続けた。まだ若いこともあり、あっという間に絶頂へ達してしまう。「口を離して!」と声に出す代わりに、司は男の頭を除けようとした。けれども、逆らうように吸いついてくる。  そして、短い悲鳴を上げて、司は男の口の中で大量に漏らしてしまった。恥ずかしさに顔が紅潮しているのが分かる。男は最後の一滴まで飲み干すと、自分の顔を司の顔まで近づけてきた。ニヤニヤと笑みを浮かべながら、唇を重ねてくる。途端に生臭い匂いが口の中に広がった。 「兄ちゃんの美味かったぜ」  満足げな表情。自分のことでこんなに喜んでくれるなんて、この店では初めての経験だった。じんわりと胸の中が温かくなり、つい笑みが零れてしまう。男は慈しむように唇を重ね続けた。  司の手が、男の硬くて熱いものを握る。自分がいかせてもらったのだから、相手をいかせるのも礼儀だと思った。男を隣の枕に横たえて仰向けにする。そして、自分から含みに行った。 「しゃぶってくれるのか。嬉しいな」  司が頭を上下させるたびに、男は声を上げて派手によがってみせた。喜んでくれるのは嬉しいが、通路まで響いていないか気になって仕方ない。 「兄ちゃん、上手いぞ。もう俺、出ちまいそうだ」  その言葉を合図に男は体を強張らせ、司の口の中へ大量に漏らした。粘り気を伴って司の喉に絡みつく。顔を上げた司に、男はタオルを差し出すが、目の前で吐き出すのは悪いような気がして、そのまま飲み込んでしまった。 「おいおい、無理しなくていいんだぜ?」  男は起き上がり、気遣わしげに司を覗き込む。司は笑顔を見せて安心させた。そのまま再び寝床へと押し倒される。 「本当は兄ちゃんと一つになりたかったんだけどな。それはまた今度だ」  男は真上から司をじっと見下ろす。他の客たちは事が終わったら、さっさと離れてしまうのに、いつまでも執着する男に司は戸惑った。  愛おしむように頬を撫でていた男の手が急に司の仮面へと伸びる。どこか思いつめたような表情。そして、そのまま外されてしまった。司の隠れていた目元が露わになり、LEDライトに照らされる。 「可愛い顔してるじゃないか。仮面で隠すのがもったいないな」  男も自分から仮面を外した。強面な風貌とは裏腹に、つぶらで優しさを湛えた眼差し。見つめられているうちに吸い込まれそうだった。けれども、今はそれどころじゃない。 「ル、ルール違反ですよ」  少し怒ったような声で、司は外された仮面を身に着けた。男は申し訳なさそうに頭をポリポリ掻く。 「ごめんごめん。兄ちゃんの顔が見たくなったから、つい……」  それでも、自分の仮面はつけようとしなかった。 「また会いたいな。今度はいつ来る?」  男の問いかけに、司は何も答えられない。声を出したくないというのもあるし、本当に次はいつになるのか自分でも分からなかった。 「そうだよな。でも、次に会った時は兄ちゃんの中に入れたい」  そう言って、男は司に自分の小指を差し出す。司も釣られて小指を差し出した。 「約束だ」  男の小指が司の小指に絡む。タイプではないはずなのに、司はなぜか心が躍るのを感じた。指が離れると長めの口づけ。やがて、男の体が離れた。身軽になった司は、なぜか体が寒いと感じた。室内には暖房が入っているはずなのに。  男に礼をして、司が先に個室を出ていく。そのまま脇目もふらず、ロッカールームへと移動した。カーテンを閉め、男が出て来ないうちに慌てて着替える。そして、身だしなみをろくに整えないまま店の外へ出た。  何故だか分からないが、早く逃げなければいけないと思った。雑居ビルのある裏通りを小走りで駆け抜け、賑わう表通りへと出る。そこでようやく、司は歩みを遅くして大きく息を吸った。  このまま男を待っていたら、帰り道も一緒になって、連絡先を交換したり、そのまま付き合ったりすることができたかもしれない。けれども、今の司にはそれができない事情があった。何よりも、あの男は司より背が5cmほど低い。一緒に並んで歩くのは恥ずかしかった。  司は、駅前にある立派なビルにたどり着いた。5階に上がって扉を開けると、そこは彼が通う進学塾である。司を見るなり、教室にいた講師が声をかけた。 「ずいぶん服が乱れているな。何かあったのかい?」  そこで司は気づく。セーターは後ろ前だし、シャツはズボンからはみ出しているし、ズボンの裾は折れていた。こんな格好で街中を歩いてきたと思うと顔が赤くなった。 「遅刻しそうになったので、慌てていたんです」  咄嗟に嘘をついたが、まだ授業が始まるまでには余裕がある。講師は怪訝な表情を浮かべたが、それ以上の追及はしなかった。  やがて生徒たちが集まり、授業が始まる。科目は数学IIIだ。黒板に書かれた計算式をノートへ写しているうちに、司は先ほどの男のことを忘れていた。

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