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庶民街の灯9
レオニスさんはそのあと八百屋さんで足を止めた。
「リズ、アルド。店の方はどうだ」
「伯爵様!」
「ああ、硬い挨拶はいらない」
「はい。店の方はうちは大丈夫です。果物はちょっと売れ行きは悪いですけど、野菜は食べないわけにはいかないので、変わらず売れています」
「そうか。それは良かった。しかし果物は残るのか」
「野菜と比べるとどうしても」
そうだよな。果物はどうしても高いし、野菜と比べてどうしてもという食べ物でもない。
「そうか。それではレモンとオレンジをくれ」
「はい? 先ほどお屋敷には野菜をお届けにあがりましたが……」
「ああ、それとは別だ。私が欲しくなった。水はレモン水にすると美味しいし、私はオレンジが好きなのでな」
「はあ……」
八百屋のリズと呼ばれたおばさんとアルドと言われたおじさんは顔を見合わせている。うん、屋敷に持っていったのならそうだと思う。それでも、くれと言われたのに売らないわけにはいかないので、レモンを数個とオレンジを数個紙袋に入れてくれた。
「ありがとう。もし市場で困ったことがあったら私に言ってくれ。話くらいは聞く」
「そんな! 私たち庶民のために戦ってくれていることはわかっています。もう、それだけでも十分です」
「いや。暮らしが楽にならなくてはいけないのだ」
「ありがとうございます」
そう言って頭を下げる2人にレオニスさんは小さく笑っていった。
「これからも新鮮な野菜を頼む」
「もちろんです!」
アルドさんは頭をあげ、そう返事をした。肉屋や魚屋のような売れ行きが冷え込んでいるわけではない八百屋さんではレオニスさんの表情は柔らかい。
「これが、レモンとオレンジの代金だ」
そう言って金貨を出した。
「これでは貰いすぎです!」
「そんなのは気にするな。いつも新鮮な野菜を届けてくれる礼だ」
八百屋さんがそれ以上なにかを言いそうだったが、レオニスさんはそれだけ言って八百屋さんをあとにした。そして、その後も市場中を歩いて回った。そして街頭夫が街頭に灯りをともし始めたのをレオニスさんは見ていた。街中の建物にも灯りがひとつ、またひとつとついていく。薄暗かった街が明るくなっていく。
「この灯りをいつか増やそう」
レオニスさんはそう言ってしばらく街を見ていた。俺もなにも言わずにレオニスさんの隣に立って街を見る。そして、肉と魚を買ったけど、どちらから食べようかと悩んだ。肉は和食以外でも使えるからアベルさんに渡して、俺は鯵を焼くかな。そんなことを考えていると、帰ろうかと横から聞こえてきた。
「今日は視察に付き合って貰って悪かったな」
「いいえ。街への道も覚えたし、店主さんも何人か覚えたので、今度屋敷で足りない食材があったりしたら俺が買いにこれます」
「タクヤ。君は客人であって使用人ではないのだぞ」
「それでも、皆いつも忙しそうだから、暇な俺が動いた方がいいです」
俺の世話をやいてくれるクララさんもニコラスさんもいつも忙しそうにしている。それに、ここまでくれば目で見て買える。そう話してもレオニスさんは納得はしてくれない。それでも街への来かたを覚えて困ることはひとつもない。距離だって、歩いてこれそうな距離だったし。まぁ、ここで馬車には乗らないなんて言ったら大変そうだから言わないけれど。
それにしても、美味しそうな鯵を買えたから明日にでも焼かせて貰おうかな。さすがに今夜の料理はもうアベルさんが準備しているだろうから、明日なら大丈夫だろう。ルナも久しぶりに好物の鯵を食べられるから喜ぶだろう。
帰り道は静かだった。きっとレオニスさんは市場でのことを考えているのだろう。そう思って俺は黙って窓の外を見ていた。するとポツリとレオニスさんが言葉をこぼした。
「前回来たときよりも景気は悪そうだ」
そう言うレオニスさんは辛そうな表情をしている。それに俺はなんと言っていいのかわからなかったし、返事が欲しいというふうではなかったので俺は黙って聞いていた。
「やはり妥協案は飲んではいけないな。妥協案では庶民のくらしは少ししか楽にならない。せめて子供が腹いっぱいは無理だとしても腹を空かせることがないくらいには立て直してやりたい。それをするのは私の義務だ」
他の店の言葉も心にあるだろうけれど、やはりあのパン屋の少年のことが一番ショックだったのだろう。あれには俺もショックだった。
「頑張ってください。俺はなにもできないけど、今日のことは共有できるし、応援して和食を作ることくらいはできますから」
「ありがとう。今国会で通らなくても諦めないよ」
そう言うレオニスさんの目は前をしっかりと見据えていた。この優しい人の手助けをしたい。俺はそう思った。
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