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刃の夜3
男たちの影が一斉に動いた。私は即座に体をひねり、迫りくる刃を受け流す。剣のぶつかる音がする。
「アーゼンハイツ卿、改革のつけを払って貰うぜ」
怒号とともに3人が同時に斬り掛かってくる。重い衝撃が腕に伝わる。多勢に無勢だ。相手は3人。こちらは1人。相手は短剣とはいえ刃は3本。こちらは1本。相手は私を囲み、じわじわと間合いを詰めてくる。貴族で護衛がつくとはいえ、一応子供の頃から剣の鍛錬してきた。それがこんなところで役に立つとは思わなかった。それでも3対1では不利だ。私は歯を食いしばった。読み通りか。この手口、狙いの粗さ。恐らく仕掛けたのはヴァルター侯爵……いや、それにくっついているオマンド子爵か。形式上、侯爵は手を汚さない。代わりに忠義を売りたい小貴族が動く。偶然事件に巻き込まれたとして死を装う。ならば、この襲撃は本気だろう。生きて帰すつもりなど毛ほどもない。
「タクヤ、伏せろ!」
叫ぶと同時に振り向きざま、横から振り下ろされた刃を弾き飛ばす。金属音が響く。だが、背後が甘い。すぐに次の斬撃が迫る。くそ! 守りに徹すれば、いずれ押し切られる。攻めるための隙がない。それでもなんとか隙を見つけなければやられる。こんなことで死ぬのはごめんだ。そのとき、すぐ後ろで鈍いドサリと重い衝撃音がした。振り返ると、タクヤの体が大きく弾き飛ばされ、石畳に倒れ込んでいる。乾いた鈍音。怪我はしていないだろうか。駆けつけたいけれど、自分も3人相手にしているので行くことができない。
「邪魔だ、坊主!」
覆面の男が短剣を逆手に構え、タクヤへと歩み寄る。刃先が月光にギラついた。
「やめろ!!」
なんとか駆け寄ろうとするけれど、別の男が私を横から押さえつけた。剣が弾かれ、体制が崩れる。間に合わない! 剣が弾かれ、体勢が崩れる。間に合わない。胸が凍った。
「……ふざけるな!」
低く、絞り出すような声が聞こえた。タクヤが震える声で叫んだ。なんとか立ち上がり男を睨みつけていた。恐怖は見てとれる。しかしそれ以上に強い光が宿っていた。
「……ただ見ているだけなんて、ごめんなんだよ!」
そう叫んだ次の瞬間、タクヤは地面を蹴り、体を回転させるように振り上げた。鋭い上段蹴りが男の手首を正確に打ち据える。男の手から短剣が弾かれ、地面に跳ねた。タクヤは迷わなかった。勢いのまま短剣に手を伸ばし、掴み取る。蹴り上げた足に震えはないけれど、短剣を持つ手は若干の震えが見える。剣など持ったことはないのだろう。それでも逃げるでもなく、刃先を男へ向け、立った。その姿に男の1人が言った。
「こいつ……異界の奴か?」
その言葉に背筋が凍った。なんでわかった? オマンド子爵は屋敷に来たことすらない。ヴァルター侯爵は屋敷に来たことがあるので、タクヤを見かけただろうが、話をしたわけでもないし、私も言わなかったから異世界人だとはわからないはずなのに。それとも他のなにかで知ったのだろうか。なんにせよ、これは単なる権力闘争ではない。異界の存在を利用し、私を失脚させるつもりだ。異世界人を保護することはステータスになる。それが面白くないということもあるのか? どちらにせよ、タクヤが戦う必要はない。
「タクヤ、やめろ! お前は戦う必要は――」
「あります! 俺だって男です!」
強い言葉に、思わず言葉を失った。
「俺は、帰る場所も、家族も、友人も、なにもなくして、それでも生きたいんです。ここで死ぬなんてごめんです! それに、あなたを失いたくない!」
その叫びは、普段の穏やかな彼からは想像できないものだった。けれど、共に立つものとして目の前にいる。
「愚か者が……」
私は剣を握り直し、前へ踏み込んだ。
「来いよ! 伯爵様の護衛が坊主1人だなんて哀れなもんだ!」
男たちは再び動いた。刃がギラつき、私は全身の力をこめて受け流し、弾き、斬り返す。1人を薙ぎ払い、2人目の刃を腕で受けた痛みが走る。血の匂いがする。もうすぐ……。もうすぐ護衛がくるはずだ。それまでなんとか時間稼ぎができれば……。だが、3人目がタクヤの背後に迫る。
「やらせるか!」
怒号とともに私は全力でその男を蹴り飛ばした。骨の軋む音が響き、男は塀に叩きつけられて崩れ落ちる。
「お前たちに……彼に指1本触れさせはしない!」
自分でも驚くほどの声が出た。その声に男たちが一瞬、たじろぐ。そのとき――。
「お前たち、なにをしている!」
護衛の者たちの声が聞こえた。良かった。これ以上はきつかった。
「ちっ! ひとまず退くぞ!」
男たちは焦り、懐から煙玉のような魔道具を取り出した。白い煙が爆ぜるように広がり、視界が奪われる。手で煙を振り払うけれど、すでに姿は消えていた。白い煙が薄れると、タクヤの姿が現れた。短剣を握る手が震えていた。そして腕からは血が流れていた。
「タクヤ!」
「だいじょ、ぶ……」
笑おうとしたのだろう顔はうまく笑えず、歪んでしまう。私は軽いかすり傷ひとつなのにタクヤが傷つくなんて……。
「これくらい、だいじょうぶ、です」
タクヤの血を見て私は初めて誰かを失う恐怖に心臓が掴まれた。
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