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沈黙の婚約6
夕食後、レオニスさんと2人で書斎へと行った。レオニスさんと話すのは辛い。一度部屋へ戻っていたら顔をあわせるのが怖くて言い訳を見つけて断っていたかもしれない。レオニスさんはそれを見越したのか、食事が終わったらその足で書斎へと連れて来られた。
話すことなんてない。あるとしたらこの屋敷を出るということだろうか。ただ、仕事を見つけるまではいさせて欲しいけれど。
「タクヤ。タクヤも知っての通り、リシア嬢とは形だけの婚約だ。それが証拠に何ヶ月もここを訪れることもないし、私も彼女の元を尋ねることはない。リシア嬢も私も一切の気持ちは持ち合わせていない。私の心はタクヤにしか向いていない」
向かいのソファーから真っ直ぐに俺を見てレオニスさんが言う。確かにリシアさんは俺がここに来てから2ヶ月。一度もここを訪れることはなかった。きっと今回来たのだって、異世界人の俺がいると知ったから来てみただけだろう。そして、レオニスさんの心は俺だけを思ってくれているのかもしれない。結婚にしたってヴァルター侯爵の手前、形だけの結婚をするのだろう。それでも、今みたいなわけにはいかないだろう。リシアさんが俺を歓迎していないのは確かだ。なのに、俺が一緒にいるわけにはいかないんだ。
「でも、結婚するんでしょう? そうしたら俺は出ていきます」
「タクヤ!」
「リシアさんは俺のことを歓迎していませんよね? それなのに俺がレオニスさんに世話になっていたらリシアさんは面白くないでしょうから。それに、俺にはルナがいるから。黒猫、嫌いみたいだったし……」
「タクヤ……。もし私が……彼女と結婚しなければ、これからも私と一緒にいてくれるか?」
レオニスさんがリシアさんと結婚しない? そんなことできるのか? ヴァルター侯爵の紹介なんだろう。そうしたら無理に決まってる。レオニスさんをリシアさんと結婚させることでレオニスさんを押さえつけようというんだ。結婚しないなんてヴァルター侯爵が許さないに決まってる。
「私が領地に戻って貴族院議員であることを捨てれば彼女と結婚する必要はない。それに彼女は田舎に引っ込むような女性ではない。それともタクヤも貴族院議員の私でなければ嫌だろうか?」
貴族院議員を辞める? そんなことできるのだろうか? いや、できるからこそレオニスさんは言っているんだろう。貴族院議員を辞めてレオニスさんの領地へ戻る? 俺はレオニスさんが貴族院議員でも、そうでなくても関係ない。レオニスさんがレオニスさんだから好きになったんだ。貴族院議員だなんて後からついてきたものだ。でも、それを言ってもいいのだろうか。別に貴族院議員を辞めて欲しいとは思わない。でも、貴族院議員にこだわっているわけでもない。
「レオニスさんが貴族院議員でも、そうでなくても俺は関係ありません」
「ありがとうタクヤ。それなら貴族院議員を辞めよう。そうすればリシア嬢と結婚する必要はなくなる。そして2人で領地に戻ろう。少し田舎だが、小さな街はあるし、何より王都と違って空気が綺麗だ。田舎暮らしは嫌だろうか?」
「いえ。それは関係ありません。でも……」
「でも?」
「ほんとにそんなことできるんでしょうか?」
「できる。それに私は革新派だ。いなくなればホッとする人間は多いだろう」
「だけど、貴族院議員を辞めたら、庶民の暮らしを楽にするということを推進する人がいなくなるのでは?」
「それは私が辞めても後を継ぐ者がいる。私1人が戦っているわけではない。ただ、筆頭にいるだけだ」
「でも、それで後悔はしませんか?」
「後悔……。それはわからない。それでもタクヤを諦めることはできない」
そうきっぱりと言い切ってくれることが嬉しくないはずはない。それでも、そう簡単に庶民の暮らしを楽にするという思いを捨てられるものだろうか。たかが俺のためにそんなことをしてもいいんだろうか。俺は田舎に行くのは構わない。だからと言って、そんなに簡単に返事をしてもいいものだろうか。そう考えるとどう答えればいいのか迷ってしまう。
「……あの……。簡単に答えることはできません。庶民を救おうと戦って、庶民の声に真摯に耳を傾けるレオニスさんが好きだから。だから、どう答えたらいいのかすぐには答えられないです。でも……わがままを言ってもいいのなら、もう少しここにいさせて貰えたら嬉しいです」
「少しだなんて言わずにずっといてくれ。それが私の望みだ」
そう言ってくれるレオニスさんに、嬉しくないはずはない。それでも、その言葉が痛くて、俺は涙がこぼれた。
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