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第5話 「味のする、味」
Milanが部屋に入ると、米が炊ける匂いとにんにく、生姜の香りがした
テーブルの上には皿に盛り付けられた"カオマンガイ"
「…カオマンガイか」
「はい、お好きですか?」
「…そうだな、好きだ」
Milanの脳裏に忘れられない光景がよみがえった。
ーー20年前ーー
夕方と夜の境目だった。
店先の灯りが入り混じって、
通りはまだ完全には暗くなっていない。
腹が鳴る、胃がひきつる。
音が出ないように、歯を食いしばる。
鼻先をかすめた匂いに、足が止まった。
炊いた米と、油のない鶏の匂い。
それだけで、喉がひくりと動く。
手を伸ばす。
ほんの一瞬。
盗るつもりはなかった――
そう言い訳する暇もない。
「おい」
低い声。
肩が跳ねる。
逃げようとした腕を、掴まれた。
強くはない。
でも、離れない。
振り返ると、
店の前に立っていた男がこちらを見下ろしていた。
怒ってはいない。
困っているようでもない。
ただ、まっすぐにこちらを見ていた。
「……」
何も言えずにいると、
男は手を離し、短く言った。
「来い」
抵抗する理由が見つからなかった。
店の中は、外より静かだった。
鉄の鍋が火にかかり、
湯気がゆっくり立っている。
男は何も言わず、
椅子に座るよう促す。
逃げ道はあった。
でも、動かなかった。
いや、動けなかった。
しばらくして、
皿が置かれる。
白い米。
その上に、切り分けられた鶏。
派手さはない。
でも、
匂いが、はっきりと「食べろ」と言っていた。
「腹減ってるなら、食え」
それだけ。
フォークを持つ手が、震える。
喉が鳴る。
一口。
味はしなかった。
でも、
胃の奥に、すっと落ちていく。
二口目で、
もう、周りの音が遠くなる。
男は向かいに座らず、
カウンターの向こうで、
別の作業をしていた。
視線は、来ない。
ただ、
食べ終わるまで、
何も言わなかった。
最後の方で微かに梅の味を感じた記憶だけが脳裏にこびりついている。
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