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秀隆SIDE 1

俺の好きな人は俺より21歳年上なのに可愛い。 特に 「おはよ、彩愛」 「……ん…ぅ」 寝起き。 「彩愛」 意識的に低くした声を耳許で囁くと 「…うぅ、ん」 小さく震える身体。 そっと指先で触れると無意識に擦り寄る頬。 幸せそうな顔してさぁ、もうなんなの。可愛すぎでしょこの人。 本当に年上? 寝ている彩愛は無防備で幼くて可愛らしい。 でも時々寂しそうに泣いている。 きっと彩愛は夢の中であの人に逢っているのだろう。 敦賀啓史(つるが あきふみ)。 俺の父であり、そして彩愛の愛してやまない人。 俺の名前は敦賀秀隆(つるが ひでたか)。 5歳の時に交通事故で両親を失い、彩愛こと真田彩愛(さなだ あやめ)の養子になった。 彩愛は父の幼馴染みなので、俺は産まれた時から彼を知っている。 凄く綺麗で可愛らしい人だ。 物凄くモテるのにずっと独り身を貫いていて毎日家と職場の花屋位にしか顔を出さない。 正直勿体無い。 でも何故か本人は自分の容姿に完全無自覚で、そんなに皆花が好きなのかな?とか見当違いな事を考えている。 綺麗・可愛いと賞賛されても 「ありがとうございます。そう言って頂けるとこの花も喜びます」 手元にある花を見て顔を綻ばせるばかり。 いや、花じゃなくて貴方に言ってるんですよ皆。 気付いて? 有り得ない位彩愛は恋愛に疎くて鈍感だ。 恐らくそれは彼が父しか見てなくて父しか愛せなかったからに違いない。 彩愛の世界は父中心で形成されていた。 そして父が亡くなって10年以上経過しても尚、未だに彩愛は父に囚われている。 俺の周りはいつも幸せで満ちていた。 優しくて温かい母と家族を見守り支える父。 時折父が逢わせてくれる綺麗な人。 逢うと必ずお菓子をくれて一緒に遊んでくれた。 笑顔が可愛くて、男の人なのにいつか大きくなったらこの人と結婚したいなんて小さいながらも考えていた。 その人が彩愛。 最初は憧れの人で、手の届かない存在だった。 だが、人生何が起きるか分からない。 俺は彩愛の養子になった。 両親が亡くなったからだ。 事故の前日、父は俺と母に彩愛を好きな事を告げた。 ずっと好きだった。けれど認めるのが怖くて逃げていたと。 その翌日俺達は母の実家に向かった。 車の中で、母は父を許した。 というより気付いていた。 父が彩愛を好きな事を。 でもそれを知りながら尚一緒に居たいと願った。 俺もそれで良いと思った。 彩愛と父は互いに想いあっているが、きっと一生このまま変わらない距離感を保っていくと感じたからだ。 二人共家族を壊す事を望んでいない。 母の願いに父が口を開いた時だった。 俺達は事故にあった。 家を出る前から怪しかった雲行き。 進むにつれ、それは小雨から本降りになった。 前方で耳慣れない不快音と凄まじい音がし確認すると、何故かバスが横転していた。 衝突を避ける為俺達の車を含めた殆どの車はスピードを落としたり停車した。 バスの横転なんて初めて見た。 乗客は大丈夫だろうか? 前方ばかり見ていたら突然後方から聞こえた大きな音。 なんだろう? 振り向くと、後ろの車が凄い勢いで迫ってきていた。 「お父さん、後ろっ!!」 叫んだ時にはもう逃げようがなかった。 ガシャーンッ!破壊音と衝撃に襲われた。 多分前方不注意の車がスピードを落とさず前の車にぶつかり、追突しても殺されなかったスピードが玉突き事故を発生させたのだろう。 俺達は事故に巻き込まれてしまった。 恐怖に目を瞑った瞬間、何か柔らかなのに包まれた。 そして気が付くと意識は消えていた。 目が覚めると病院の処置室。 ズキズキとした激しい痛みと怠さが全身にある。 ゆっくり身体を起こし隈無く確認する。 頭と左足首に包帯があるが、それ以外は擦り傷や打撲位で大した事はない。 ベッドから降りると 「まだ寝てなさい」 慌てて看護師さんに止められたが、気になる事があった。 「お父さんとお母さんは?」 父と母が傍に居ない。 自分が怪我をしているのなら二人もしてる筈。 大丈夫なのか不安になったんだ。 だから尋ねたら、その人は何とも言えない表情で 「二人は今手術中だよ」 告げ、手術室の前迄案内してくれた。 取り敢えず二人が出て来るのを待っていたが、待てども待てどもなかなか手術室の扉は開かず、時間だけ無駄に過ぎた。 長時間一人で待つのは寂しいし怖い。 彩愛に電話した。 その日、母が亡くなった。 母は俺を庇った為重体だったらしい。 手術をしたが無理で、一度も意識を戻す事なくこの世を去った。 父は術後奇跡的に意識を取り戻したが、全身に包帯を巻かれ動かせない身体になっていた。 父は彩愛に何かあったら秀隆を頼むと言い、微笑んだ。 そしてその3日後、そのまま帰らぬ人となった。 俺は父の遺言通り彩愛の養子になった。 それから彩愛は笑えなくなった。 どんなに微笑んでも作り笑顔にしかならない。 いつも父に見せていた可愛らしい笑顔と二人の時だけにしていた甘える様な仕草。 父だけを見て父だけを想い、愛していた彩愛。 彼の世界は父だけで形成されていた。 人前では父の生前と何も変わってない様に振る舞うが、家で一人になると静かに涙を流す。 時折父の名前を呼び、悲しそうに 「逢いたいよアキちゃん」 呟く。 父は恐らく彩愛の後追い自殺を防ぐ為に俺を養子にしたのだろう。 俺が居る限り彩愛は父の約束を守る為死ねない。 父は俺にとって家族で大切な存在だが恋愛面では敵でしかない。 父に勝てないのは理解している。 だけど彩愛への想いだけは父に勝てる。 俺は彩愛への恋心から逃げない。 家族も子供も要らない。 彩愛だけ居れば良い。 父の遺品を抱き締めている彩愛に気付かない振りをしながら 「ただいま」 まるで今帰宅したばかりを装いながら俺はリビングに足を踏み入れた。 今迄泣いていたのを隠す為涙を手の甲で拭うと 「おかえりなさい」 彩愛はふわり微笑んだ。 必死に何もなかった風を装う姿に、嗚呼俺が守ってあげなきゃ。 俺は彼を全身全霊で支える事を誓った。

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